サナリャの港にて(2)
「ああ、ボロボロの船でやってきた人たちのことかい?」
「クラーケンをやっつけたって言ってたよなあ。驚いたぜ」
ローゼリンデがサナリャの港で聞き込みを行ったところ、勇者パーティーの目撃談はたくさんあった。
それもそのはず、これまでクラーケンのせいでドンサール海の航行ができなかったのだから、久しぶりに海を渡ってきて港へ停泊する船がさぞや珍しかったことだろう。
「馬がひどく疲れていてなぁ」
その情報にローゼリンデは大きく頷いた。
クラーケンとの戦闘で船は大きく揺れ、沈没寸前の大打撃を受けた。
精霊の加護がなければ、あの時耐え切れずに海の藻屑となっていたにちがいない。
船内につながれていた馬たちがどれほど怖い思いをしていたかは、想像に難くない。
「あの宿に泊まっていったんじゃなかったか」
男性が、すぐ近くの馬宿を指さす。
「ありがとうございます!」
ローゼリンデはお礼を言って、さっそく馬宿へ向かった。
厩番によれば、勇者パーティーの馬たちが落ち着きを取り戻すまでに丸一日かかったという。
「一泊して翌日の夕方ごろようやく落ち着いた感じだったかな。出発? ああ、昨日の朝イチだ」
「なんと!」
ローゼリンデはサファイヤのような目を大きく見開いた。
勇者パーティーから三日の遅れをとっているから急がねばと思っていたが、どうやらその差が縮まったらしい。
いますぐサナリャの港を発てば追いつけるかもしれない。
とはいえだ。
マーブルだって同じように、初めての船旅に疲れていることだろう。
(焦りは禁物ですわ!)
急いでいる時こそ、ゆっくり堅実に――剣術の師匠からの教えだ。
だからローゼリンデも、この馬宿で一泊することにきめた。
馬房で飼葉を食べるマーブルの落ち着いた様子を見て安心したローゼリンデは、さっそく食事をとることにする。
「地獄蒸しは、どこで食べられますの?」
わくわくしながら尋ねるローゼリンデに、宿のおかみさんが口元をほころばせながらオススメの食堂を紹介してくれた。
『元祖! 地獄蒸し料理専門店』
食堂の看板を見たローゼリンデは、顔をパッと輝かせる。
「元祖……ですって!? なんて魅力的な謳い文句なのかしら!」
期待に胸を膨らませながらドアを開けると、食堂の中は客と蒸気で溢れかえっていた。
食欲をそそるいい香りもする。
メニューのうち「おまかせセット」は、肉セットと魚介セットのほかに……。
「全部載せの『わんぱくセット』でお願いいたしますわっ!」
栗色の髪をシュシュでまとめ、ワクワクしながら待つローゼリンデのテーブルに、地獄蒸しわんぱくセットが到着する。
火山活動で発生した、高温の蒸気を利用して加熱調理された食材が並んでいる。
味付けはされていない。
塩を振ったり、ソースをつけて食べるようだ。
野菜は甘味が増し、肉はホロホロ、魚介はふんわり食感で、どの食材も格段に美味しい。
「んん~~っ! 地獄蒸し、あなどりがたしですわね!」
ローゼリンデは夢中になって、様々な味のソースを試しながら「わんぱくセット」を平らげた。
これで終わりだと思っていたら、なんと最後にデザートが出てきて歓喜する。
プリンはローゼリンデの大好物だ。
「地獄にもこんなに美味しいプリンがありますのね! 降参ですわ!」
こんな地獄があるなら、地獄に落ちたっていい――思わずそんな背徳的なことまで考えてしまう大満足の夕食となった。
食堂を出る時、ローゼリンデがよその国からやってきたと知った女将が耳寄り情報をくれた。
「温泉にもつかるといいよ! ゴクラクだからね!」
「ゴクラク……?」
どうやらゴクラクとは、天国のことらしい。
地獄の次は天国。
「火の国タイファス王国は、とんでもない国ですわ……」
そして半刻後――。
かぽーん。
木桶が石のタイルに当たる小気味いい音が響く。
いまローゼリンデは、ゴクラクの意味を噛みしめながら温泉につかっている。
「て、天国……!」
頬を赤く染めて、ほうっと息を吐く。
体の芯から温まり、凝りがすべてほぐれていくようだ。
勇者パーティーも温泉につかっただろうか。
どんな癒し魔法や回復ポーションも、このお湯に勝るものはないかもしれない。
さらに、ローゼリンデの視界の端に不思議な生物が映っていた。
茶色い毛、黒いつぶらな瞳、長い鼻の下、細い四つ足の――カピバラだった。




