サナリャの港にて(1)
火山の国タイファス王国は、世界有数の火山地帯を擁している。
常にどこかの山で噴煙が上がり、火山灰が降り注ぐ。
それでも人々は火山と共存しながら暮らしているのだ。
ドンサール海を戻ってゆく船長の船を見送るために波止場にとどまっていただけで、マーブルの白い毛並みがうっすら灰色になった。
「まあっ! いつのまにか灰が積もってますわ!」
ローゼリンデは驚きながら、マーブルの背中を叩くように手で灰を払う。
舞った灰を吸い込んでしまい、ケホッと咳が出た。
「なあに、ドカ灰の日にくらべりゃこの程度、どうってことないわい」
灰に驚いている彼女の様子が珍しかったのか、港を散歩していた老人男性が声をかけてきた。
幸いなことに、この大陸の国々はすべて公用語が使われているため、言葉の壁はない。
「ドカ灰!?」
雪がたくさん積もる様子を「ドカ雪」と表現するのは知っているけれど、まさか「ドカ灰」という言葉があるとは……!と、驚くローゼリンデだ。
「外の世界は、わたくしの知らないことだらけですわね!」
「おまえさん、よそから来たのか?」
「はい! ドンサール海を渡って、ノーランド王国から参りましたの」
「それは珍しいのう」
老人が目を細めて笑う。
クラーケン被害のせいで内海は渡れず、陸路では火山を越えなければならない。
これまでノーランド王国とタイファス王国は、近くて遠い国だったのだ。
「わしらは、火山ともに生活しておる。あのレンガだって灰から作ったものじゃ」
老人が指さす方向には、レンガ造りの立派な倉庫や建物が並んでいる。
「まあ! 素敵!」
ローゼリンデは感嘆の声を漏らした。
「火山からは鉄鉱石もよく採れる。温泉はどこにでもあるし、地獄蒸し料理は絶品じゃ。灰がちぃと積もるぐらい、ご愛敬ってもんじゃな」
誇らしげに語る老人のお国自慢を、ローゼリンデはサファイヤのような目を輝かせながら聞き入った。
「温泉に地獄蒸し……! ワクワクしかありませんわね!」
コロッセオの火鍋に続き、この国にも地獄料理があったのかと感心するローゼリンデだ。
近くに温泉はあるか、観光名所はどこかと矢継ぎ早に質問しているローゼリンデの背中を、マーブルが鼻で押す。
ローゼリンデはようやく、ハッと我に返った。
「ワクワクが上回りすぎて大事なことを忘れておりましたわ!」
ローゼリンデの目的は、勇者が忘れていった聖剣を届けることだ。
「ちなみに、数日前に勇者様たちがこの港を訪れたと思うのですが、なにかご存知ではありませんか?」
ローゼリンデの問いに、老人は頷いた。
「船で渡ってきた、クラーケンを倒したとかいうヤツらのことかの」
「その通りですわ!」
「ヤツらの周りに人だかりができておったのう。ワシは遠目からそれを眺めておっただけじゃ」
ローゼリンデは前のめりになったものの、それ以上の情報は得られなかった。
しかし、このサナリャの港を訪れたノーランド人は久しぶりだったはずだ。
物珍しさから多くの人の記憶に残っているにちがいない。
勇者パーティーの周りに人だかりができていたというのが、なによりの証拠だ。
そしてそれは、ローゼリンデにも当てはまる。
波止場にいる多くの人が彼女をチラチラ見て気にしている。
とはいえ、クラーケンが倒された情報ならすでに勇者からもたらされており、注目度は勇者パーティーよりも下がるため人だかりができるほどではない。
「おじい様、いろいろ教えていただきありがとうございます! 先を急ぐ旅ですゆえ、おしゃべりはここまでにしますわね。では、ごきげんよう」
まだなにか話したそうにしている老人にお礼を言ったローゼリンデは、栗色の髪を揺らしてマーブルに跨った。
「まずは情報収集。そして、地獄蒸しで腹ごしらえですわっ!」
ローゼリンデはグッと拳を握った。




