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勇者様の忘れ物  作者: 時岡継美


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閑話・奇妙な小箱とエドガーの結婚前夜2

 エドガーから聞いたローゼリンデにまつわる隠し事。

 王室が隠し続けていた秘密。

 それは俄かには信じがたい内容だった。


 レティシアは、すべて承知したし、誰にも――たとえ実の親兄弟であっても決して漏らさないとエドガーに誓った。

 王太子妃たるもの、今後はこういったことがどんどん増えていくのだろう。

 

 その衝撃的な告白を聞いてすでに二日が過ぎようとしているのに、いまだに上手く処理しきれていない。

 明日は待ちに待った結婚式だというのに。


 レティシアはベッドの上で寝返りを打った。艶やかなライトブラウンの髪がさらりと揺れる。

 実家の公爵家のベッドで眠るのは、これが最後だ。

 明日に備えて早く寝なければと思いながらもなかなか寝付けない。

 その原因が、結婚式にあるのかそれともローゼリンデのことにあるのか、彼女自身よくわからないままだった。


 王城の庭園にあるガゼボで、緊張した面持ちのエドガーはすべてを包み隠さず話すからどうか受け止めてほしいと言った。

 

『聖剣を抜いたのは勇者ではなくロージィなんだ』

『マーブルは、馬じゃなくてユニコーンだ』

『ロージィは剣術の師匠に最強の弟子だと認められている』


 まるでおとぎ話のような話を聞いて、レティシアは最初冗談だと思った。

 どれもこれも信憑性のかけらもない。

 ロバートと、あるいはバチェラーパーティーで妙な賭けでもして、からかわれた婚約者がどんな反応を見せるか楽しむような、趣味の悪い何かではないかとすら邪推したほどだ。

 

 しかし、エドガーが懐から取り出した大衆新聞の切り抜き記事を見た時、レティシアのその認識は一変した。


 コロッセオで行われた闘技大会の優勝者の姿絵が載っていた。

 副賞の盾を抱え、はにかんだ笑顔を見せている人物は、見紛うことなくローゼリンデだったのだ。


「ロージィが優勝……?」

 レティシアは、コロッセオの闘技大会を実際に観戦したことはないが、噂なら知っている。

 大陸中の腕自慢の猛者たちが集結し、殺し合いをするのだという。

 運やごまかしで優勝できる大会ではないことも。


 王都でこの記事が話題にならなかったのは、ローゼリンデが偽名を使ったことと、彼女の顔が知られていないからだろう。

「どうしてこれまでロージィのことを隠していたの?」


「あまりにも常識から外れていることが知られると、嫁ぎ先がないと両陛下が憂慮していたからだ。それと、死者を出さないために学校にも通わせなかった」

 エドガーが気まずそうに言う。

 ローゼリンデに集団生活を経験させなかったことを、兄のエドガーは後ろめたく思っているのかもしれない。

 それにしても……。


「死者?」

 ローゼリンデは決して乱暴な性格ではない。それとも、剣を持つと性格が変わるタイプなのだろうかとレティシアが訝る。


 するとエドガーが堰を切ったように語り出した。

「ロージィの身体能力は異常なんだ。鬼ごっこをすればこっちが呼吸困難になるまで走らないといけないし、剣稽古では模擬剣で殺されかけたことが何度もある。池の深い所まで泳いでいくものだから助けようとしてこっちが溺れかけたし、キャッチボールで骨折しかけたことまであるんだ!」


 うっすら涙目になっているエドガーの様子がかわいく思えて、レティシアは彼の柔らかい金髪を撫でた。

 学校に通えないローゼリンデの遊び相手になっていたのだろう。

「優しいお兄様ね」


 困ったように笑ったエドガーが、レティシアを抱きしめた。



 目が冴えたまま、レティシアは二日前のあの出来事を思い返していた。

 エドガーが嘘をついているようには見えなかったから、すべて真実なのだろう。

 打ち明けてくれたことを、うれしく思う自分もいる。

 次にローゼリンデと顔を合わせた時、自分はどんな顔をするだろうか――そんなことを考えながら、再度寝返りを打った時。


「あら?」

 と、聞き覚えのある声がして、レティシアは跳ね起きた。


 どうしたことだろう。目の前に首を傾げたローゼリンデが立っている。

 いつものドレス姿ではなく、軽装の冒険服だ。


「ロージィ……?」

「レティお姉様!」


 ふたりは同時に目を丸くして見つめ合う。


「ロージイ、どうしてここに?」

「ここ、どこですの?」


(ロージィに変装した不審者かもしれない……)

 

 レティシアは身構えながら答える。

「公爵家のわたくしの部屋よ」

「ええっ!?」


 驚いて手を口元に持っていこうとしたローゼリンデは、握っている物があることに気づいたようにゆっくり手を開いた。

「レティお姉様! これ、ドンサール海の沈没船から引き揚げたお宝ですの。ぜひ使ってくださいまし!」


 差し出されたのは、貝細工の花のモチーフとパールがあしらわれた髪飾りだった。

 レティシアは、おそるおそるそれを受け取る。


「ロージィはいま、ドンサール海にいるの?」

「そうですの! クラーケンをやっつけて、これから対岸に……あ、クラーケンはとっても美味ですのよ!」


 目をキラキラ輝かせながらローゼリンデがとりとめもなく語る冒険の話を、レティシアは笑顔で頷きながら聞いた。

 ローゼリンデは思いつくままに、ガルーダと仲良くなったとか精霊の泉で泳いだとか、うれしそうに話している。

 その中には、コロッセオで優勝したエピソードもあった。

 

 偽物であるはずがない。

 紛れもなく目の前にいるのはローゼリンデ本人だとレティシアは確信した。

 どんな魔法を使ってここへやってきたのかは、わからないけれど。


 夢中で語っていたローゼリンデが急にしゅんとなる。

「お姉様、わたくし明日の結婚式には参列できそうにありませんわ。申し訳ございません……」

 

 わざわざそれを伝えに来てくれたのかもしれない。

 レティシアの胸がじんわり温かくなる。


「ロージィが元気そうで安心したわ。この髪飾りは、明日の式で使わせてもらうわね」


 途端にローゼリンデの顔がパアッと輝く。

「レティお姉様、おめでとうございます。ご存知かとは思いますが、エドお兄様はとても強くて優しい男性ですのよ。どうぞ幸せになってくださいまし」


 レティシアが目を細める。

「ありがとう。エドが寂しがっているから、なるべく早く戻ってきてね。その時はまた旅の楽しいお話を聞かせてちょうだい」


「承知いたしましたわ!」

 元気に頷いたローゼリンデは、現れた時と同様に突然姿を消した。



 翌朝。

 目を覚ましたレティシアは、昨夜ローゼリンデが訪ねてきたのは夢だったのかと思っていた。

 しかし、枕元に置かれていたパールの髪飾りを見つけると、おかしそうに笑った。


「ロージィったら、もう」


 レティシアは部屋へ入ってきたメイドに告げた。


「至急、ヘアメイク担当の支度係を呼んできてちょうだい。花嫁衣裳の髪飾りをひとつ追加したいの」と。


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