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勇者様の忘れ物  作者: 時岡継美


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ドンサール海にて(4)

「ところで、対岸への渡船の営業再開はいつでしょうか?」

 聖剣を取り戻し、あとは勇者たちを追いかけるのみなのだが……。

 ローゼリンデが漁港で対岸へ渡る船はあるのかと聞いて回るも、芳しい返答はない。

 

「渡船ギルドはクラーケン被害が増えた二年前に廃業したよ」

「船で渡りたい? しばらくは無理だろ」


 となれば、陸路で大回りしたほうが早いかもしれない。

 地図に描かれた距離感が正しいのなら、一週間あれば行けそうではある。

 ただし、途中に険しい山が立ちはだかっているようだから、一週間というのはかなり楽観した目算かもしれない。


 しばらく無理と言われた理由は、この漁村で今夜から三日間「クラケーン祭り」が開催されることが急遽決まったからだ。

 何をするのかと尋ねるローゼリンデに、漁師の男性が笑顔で言った。


「クラーケンを焼いて食うのさ」

「まあ! クラーケンを?」


 ローゼリンデが目を丸くする。

 と同時に、この漁村の人たちがクラーケンの引き揚げに並々ならぬ意欲を見せていた理由もわかった。

 本で読んだことがある。

 海沿いに暮らす魚介類を多く食べる人々は、海で釣り上げた獲物がどんなにグロテスクな外見をしていても、まず「これは食べられそうか」「どんな味がするだろう」と考えるらしい。

 鮮度が命だ。すぐに引き揚げなければならなかったのだろう。


「すばらしいですわ! まさに漁師の鑑!」

「嬢ちゃん、なかなか話がわかるじゃねーか!」

 よく日焼けした漁師がうれしそうにガハハと笑う。


 ここで船長さんがやってきた。

「よう、嬢ちゃん。沈没船の引き揚げも手伝ってくれねえか?」


 沈没船とは、クラーケンの引き揚げ作業をしていた時に海底で見つけた船だ。

 表面は完全に藻や海藻で覆われ魚や貝の住処となっていたが、積み荷がそのまま残されている様子だった。


 クラーケンの亡骸を曳航しながら港へ引き返す途中、ローゼリンデは船長から沈没船に関する話を聞いた。

「お宝を積んだ沈没船があるって話は昔からあった。だがクラーケンがいただろ? だから、ただの噂話なのか真実なのかすらこれまでわからなかったんだ」

「もしかすると、クラーケンはその沈没船を守っていたのかもしれませんわね」

 ローゼリンデの言葉を船長は豪快に笑い飛ばした。

「嬢ちゃん、あんたロマンチストだな!」と言って。


 たしかにロマンチストだし、キラキラした物が好きな自覚がローゼリンデにはある。

 しかし、沈没船のお宝には別段興味はない。

 だから沈没船の話は、それで終わったと思っていた。船を引き揚げるのはクラーケンよりも時間も手間もかかりそうだ。

 それなのに……?


「わたくしが……ですか?」

 ローゼリンデは戸惑いながら問い返すと、船長は頬を指でポリポリ掻いた。

「祭りに合わせて沈没船のお宝のオークションをやるのはどうかって話になってな」

「つまり、わたくしに潜って取ってこいと言いたいのですね?」

 

 船長が破顔する。

「その通り! 話が早くて助かる! 日が暮れる前に作業を終わらせたいんだ」

「わたくし、先を急ぐ旅をしておりますのよ。急いで対岸まで行かなくてはなりませんの」


 ローゼリンデは事情を説明して断った。

 水の精霊に転送してもらい、崖の上に到着したのは早朝だった。クラーケンを倒し、その亡骸を海から引き揚げを終え、いまは昼過ぎだ。

 勇者たちの乗った船は、明朝には対岸へ到着するだろう。

 陸路で追いかけるとなると、いますぐにでも出発しなければ到底追いつけなくなってしまう。


 しかしここで船長が思いもよらぬ提案をしてきた。

「対岸に行きたいんなら、祭りが終わった後に俺が船で送ってやる。それでどうだ?」

「まあ! よろしいんですの!?」


 今日から三日間クラーケン祭りが開催される。その翌日に出航してもらえるなら、陸路で一週間かけるよりも早い。

 

「もちろんだ。男に二言はねえ」

 ローセリンデは船長の手を握った。

 

「そのお話、お受けいたしますわ!」



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