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勇者様の忘れ物  作者: 時岡継美


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ドンサール海にて(2)

 勇者たちがすぐ近くにいるのに、ローゼリンデは崖の上から祈ることしかできない。

 これでは王城の礼拝堂で祈っているのと何ら変わらないではないか。

 ローゼリンデは忸怩たる気持ちを抱えてヤキモキしていた。


 勇者たちは善戦しているが、船がクラーケンを振り切って先に進めそうな気配はない。

 完全に足止めを食らっている上にマストも一本折られて、これ以上のダメージを受ければ航行が困難になりそうだ。

 とにかく少しでも早くクラーケンを倒すしか対岸に渡る術がない。


 降伏して一旦港に戻り陸路で先へ行く方法もあるけれど、興奮して暴れ回っているクラーケンに白旗を上げても話が通じないだろう。

 ということは、この状況になった以上やはり倒すしかないのだ。


「勇者様! 頑張ってくださいまし!」

 何度励ましの声をかけても、風と雷にかき消されて届かない。

 ローゼリンデはもどかしさに地団太を踏んでいる。


 その時、船体が大きく右に傾いだ。

「危ないっ!」

 ローゼリンデが崖から身を乗り出す。


 ついにクラーケンの体が海面に現れた。

 体表はヌメヌメしていて赤い。ギョロリとした大きな目で勇者たちを見つめている。

 体重をかけて一気に決着をつけるつもりかもしれない。


(マズいですわ! このままでは船ごと勇者様たちも海に引きずり込まれてしまいますわ……!)


 海に飛び込んで助太刀するしかないだろうかと考えたローゼリンデは、首を横に振った。

 聖剣を背負ったままでは海に沈んでいくだけだ。

 精霊の泉でもそうだったのだから、まちがいないだろう。

 しかもこの悪天候だ、ローゼリンデが飛び込んだところで何もできはしないのはわかりきっている。


「どうすれば……!」

 頭を抱えるローゼリンデの背中を、マーブルが鼻先で小突いた。

「え?」

 

 もう一度、マーブルの鼻先は聖剣を触った。

 ローゼリンデが聖剣を鞘から引き抜くと、赤い宝玉が光っている。


「そうでしたわ」

 ローゼリンデは大事なことを思い出した。

「わたくしは、聖剣を勇者様に届けに来たのですわ!」


 勇者に直接手渡さなくったっていい。

 盾とロッドだって、ちゃんと彼らのもとへ届いたではないか。


「投げろってことですわね?」

 ローゼリンデが真顔で問うと、宝玉が激しく点滅しはじめた。

「かしこまりましたわ、エクスカリバー様。やれってことでよろしいのですね!」


 横でマーブルがギョッとしたような顔をしているがかまわない。

 聖剣の許可なら取った――ローゼリンデはそう解釈した。


「わたくし、ダーツは得意ですのよ」

 どういうわけか的のボードがすぐに壊れるせいで、兄王子たちから禁止されてしまったけれど。


「ですから百発百中で、エクスカリバー様を勇者様のもとまで投げてみせますわ!」


 助走を取るためにローゼリンデが下がる。

「勇者様、受け取ってくださいまし!」

 

 ピシャアッ!と稲光が辺りを照らす。

 ローゼリンデは片手で聖剣を握り、タッタッタと軽快な足音を響かせて聖剣を思い切り投げた。


 聖剣がクルクル回転しながら弧を描いて落下していく。

 方向も距離感もちょうどいい。

 

 真っすぐに勇者のもとへと届くだろうとローゼリンデが確信したその時だった。

 雷雲からピシャーッ!と大きな稲妻が伸びてきて、あろうことか聖剣を襲う。


「えぇぇっ!?」

 驚くローゼリンデの眼下で、宙を舞っていた聖剣が失速する。


 勢いを失った聖剣は、紫色の稲妻をその身に纏ったままクラーケンに刺さった。

 クラーケンを背後から襲う形で、体と足の付け根付近に。


 クラーケンが勇者たちの船から足を放し、のたうち回って苦しんでいる。

 ほどなくしてその動きがピタリと止まり、クラーケンは海に沈んでいった。

 クラーケンに致命傷を与えた聖剣が刺さったまま――。


「そんな! エクスカリバー様が……!」

 ローゼリンデはドサリと膝をついた。


 聖剣を投げて勇者に届けるなど、あまりにも己を過信していたと猛省してももう遅い。

 聖剣はクラーケンとともに海底に沈んでしまった。

 ローゼリンデが真っ青な顔で全身を震わせる。


 クラーケンが退治されたからだろうか、雨が止み雷雲が散り散りになっていく。

 雲間からは陽光が差し、バランスを取り戻した勇者の帆船を照らした。


 船はぐんぐんスピードを上げて対岸を目指して進んで行く。

「勇者様……」


 ローゼリンデは小さくなってゆく船影を、ただ見送るほかなかった。


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