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勇者様の忘れ物  作者: 時岡継美


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エリスの町にて(2)

 相場よりも安い値段でドレスを売ってしまったことなど気づかないローゼリンデは、喜色満面で馬宿へと戻った。

 厩番にお金を支払い、ようやくマーブルにも餌と水を与えることができた。


 マーブルは途中の湖畔でも草を食んでいたが、半日走り続けて空腹だったのだろう。実に美味しそうに、目をキラキラ輝かせながら一心不乱に食べ続けている。

 今日一日なにも食べていないローゼリンデには、干し草までもがご馳走のように見えてきた。

 はしたなくグーグー鳴り続けるお腹の音がうるさかったのか、それとも同情したのか、マーブルが顔を上げてもう行っていいと鼻先で促す。


「ありがとう」

 ローゼリンデは親しみを込めて愛馬の首を撫で、階段を上がっていった。


 馬宿の上階は、食堂と客室になっている。

 夕食時とあって、食堂は大勢の客でにぎわっていた。


 ずっと王城で大事に育てられてきたローゼリンデにとって、大衆食堂は初めての体験だ。

 挨拶はしなくていいのか、どこに座ればいいのか。

 未知の領域を前に、どう振舞えばいいか勝手がわからず入り口で立ち尽くしていると、カウンターの向こうから女将さんに手招きされた。


「そんな所に突っ立ってんじゃないよ。邪魔だろう? 食事しにきたんなら、ここへ座りな」

 女将さんが目の前のカウンターを指さす。

 背負ったままだった聖剣をイスに立てかけ、空席へ腰かけた。


「新人の冒険者さんかい?」

「ええ、まさにそうですわ」

 

 下ろしたての旅装束に見慣れぬ剣。食堂の客たちにジロジロ見られていることに、ローゼリンデ自身も薄々気づいてはいる。

 あまり目立ちたくないのは山々だが、いまは空腹でそれどころではないのだ。

 新人冒険者だろうが、冒険者に憧れて装いを真似ているお嬢様だろうが、好きなように解釈してもらってかまわない。


「おすすめのお料理を、お願いいたしますっ!」

 前のめりになって勢い込んで言うと、女将さんが嬉しそうにニカッと笑う。

 

「はいよ。おまかせ一丁!」

 店内に威勢のいい声が響く。


 ほどなくして出てきたのは、ローゼリンデが見たこともない料理だった。

 衣をつけて油で揚げてあるのはわかる。

 

 周囲にも同じ料理を食べている客がいるが、皆ナイフを使っていない。

 それどころか、指でつまんで口に放り込んでいる者までいることにローゼリンデはぎょっとした。


(覚悟をきめるしかありませんわね!)

 

 意を決した彼女は、邪魔にならぬよう栗色の髪をシュシュでまとめた。

 そして、フォークで突き刺して謎の料理を一切れ食べてみる。


 白身魚だろうか、それとも鶏……?

 食べてみても食材がわからないものの、ふんわりやわらかく旨味もあってとても美味しい。

 

 風味も食感も気に入って次々に口へと運ぶローゼリンデに、女将さんがニヤリと笑って言った。

「美味しいだろう? それ、カエルなんだよ」

「カエル……ですって!?」


 ローゼリンデが思わず驚きの声をあげると、食堂がシンと静まり返った。

 どういうわけか、みんな彼女に注目している。

 それを知ってか知らずかローゼリンデは明るく笑った。

 

「なんて美味しいのかしら! もう一皿追加でくださる?」


 張り詰めていた空気が一気に緩んだかのように、再び喧騒が戻る。

 そこでようやく、先ほどの沈黙が自分に関係していたのではと気づいたローゼリンデだ。

 

 なにか無作法をはたらいてしまっただろうかと戸惑っていると、隣に座る男性が苦笑しながら話しかけてきた。

「いやね、こないだここに勇者様パーティーとやらが来たんだけどよ」


 思いもよらぬところで勇者の名が飛び出して、ローゼリンデの心臓がドキンと跳ねた。

 しかし男の口調には、どこか勇者パーティーを疎ましく思っているようなトゲが含まれている。

 

「その中のメガネのねーちゃんが、カエルって聞いてキャーキャー大騒ぎするわ、こんなものを食べるなんて野蛮だとか言いやがるわでよお」

 メガネのねーちゃんとは、賢者のことだろう。

 ローセリンデは、勇者の後ろに控えめに佇んでいた銀髪銀縁メガネで黒いローブを羽織る賢者の姿を思い浮かべた。


「迷惑な客だったよなぁ!」

「カエルを馬鹿にしやがって、許せねえ」

 と、その場に居合わせたほかの常連客たちが一斉に文句を言いはじめた。


「食文化の違いですわね。郷に入っては郷に従えという諺もありますもの、カエルがこんなにも美味しい食材だったなんて知りませんでしたわ」

 王室の人間が好きなものだけを食べていると思ったら大まちがいだ。

 むしろローゼリンデは、好き嫌いせずなんでも食べろと厳しく躾けられてきた。外国の賓客を迎える晩餐会で、料理が口に合わず吐き出すようなことがあっては外交問題に発展しかねない。


 追加注文した皿が、もう出てきた。

 ほかほかと湯気を立て、スパイシーな香りが食欲をそそる。


「それにしても、カエルって素晴らしいですわね!」


 美味しそうに食べるローゼリンデを、周囲の客が微笑みながら見つめている。

 

(味もさることながら、あの無表情な賢者様をそこまで慌てさせたのがすごいですわ!)


 思わぬ情報が手に入った。

 勇者パーティーがエリスの町を通ったことではない。

 賢者はカエルが苦手であるというプライベート情報のほうだ。

 

 ローゼリンデは勇者パーティー全員を応援している。

 婚約者となった勇者はもちろんのこと、大陸随一と謳われるあらゆる魔法に精通する賢者、どんなトラップでもお見通しのキレ者の斥候、純白の鎧で身を包む高潔なパラディン。

 彼らを一目見た時、彼女の心は鷲掴みにされたのだ。

 必ずや、魔王を討ち滅ぼしてくれるに違いないと確信した瞬間だった。


 そう。 ローゼリンデは、勇者パーティーを「箱推し」している。


(剣を届けて王城へ帰還したら、勇者様パーティーの推し活ノートに『賢者様はカエルが苦手』と書かないといけませんわ!)


 ここでローゼリンデがハッとする。

 ノートを持ってくれば、追いついた時にサインをもらえたかもしれないと気づいてしまったのだ。


 その夜、ローゼリンデは後悔に身もだえ、宿屋のベッドの上でゴロンゴロンしながら眠ったのだった。

 


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