一方、勇者パーティーは(2)
勇者が結界の向こう、精霊の森へ入ってから三日が過ぎた。
あれ?と言いながら、吸い込まれるように向こう側へ行ってしまった勇者を追いかけ、すぐに三人もついていこうとした。
しかし、結界に阻まれ進むことは叶わなかったのだ。
勇者だけが精霊の森へ行くことになるのは想定外だった。
とり残された三人は、ただ待つほかなくなってしまった。
「失敗した。あの時、勇者の手を握っていれば一緒に行けていたかも……」
もう何度目かわからない反省の弁を述べて、賢者がため息をつく。
あまり表情の変わらない彼女だが、勇者をとても心配している様子が伝わってくる。
「いや、どっちみち俺たちは中に入れなかったと思う」
「そうだな」
パラディンと斥候が賢者を励ます。
これももう何度繰り返したかわからない。
勇者は結界の中へ入ったっきり丸三日出てこない。
精霊の世界と人間の世界とでは、時間の流れかたがちがうという噂もある。
ということは、もしかすると中にいる勇者は、まだ数刻程度にしか感じていないのかもしれない。
精霊の森のすぐ近くだからか川の水はきれいで、付近に魔族もいない。
たまに遠くの空にガルーダが飛んでいる姿が見えるぐらいだ。
パラディンは装備を磨き、賢者は薬草を摘んで常備薬を作り、斥候は石を砕いて予備の矢じりを作って過ごした。
しかし野宿が三夜連続となると、そろそろ不都合も出てくる。
水は近くを流れる小川から汲めばいいが、そろそろ保存食が底をつ頃合いだ。
「このまま何年も出てこないなんてこと、ないわよね……?」
「近くの村に泊まって交代でここに残ろうか」
「王城に伝令を送って指示を仰いでもいいかもな」
三人がそんな話をしはじめた時、勇者が戻ってきた。
「おかえりなさい! 心配してたのよ」
賢者が駆け寄る。
勇者の手にはしっかりと虹色の羽が握られていた。
「すごいぞ、精霊の羽を手に入れたんだな!」
「さすが勇者だ」
パラディンと斥候が興奮しながら彼を称える。
しかし肝心の勇者は、どこか腑抜けたように「ああ」と短く返事をしたきりだった。
その夜は、近くの村に泊まった。
「どうしたの? 大丈夫?」
元気のない勇者を心配して、賢者が顔を覗き込む。
癒しの魔法をかけてみたが、効果はなかった。
「よく覚えていないんだ……。泉で水の精霊に会って、質問に素直に答えろって言われたところまでしか」
気づけば羽を握って立っていて、一歩足を進めたら仲間たちの待つ結界の外に出ていたと語る勇者は、ひどく疲れているようにも見える。
「まさかと思うが、俺たちは三日しか待っていないけど、勇者は結界の中で三年間修業していたとかじゃないだろうな?」
斥候が冗談半分に言ったが、誰も笑わなかった。
いつも明るく元気な勇者がおかしい。それでも彼らは翌朝には村を発ち、先を急いだ。
理由は簡単。精霊の羽には使用期限があるためだ。
水の精霊からもらった羽は、水分をたっぷり含んだゼリーのような質感だった。
それがどんどん乾いて縮んでいっていると気づき、賢者が慌てて羽の周りにバリヤを張って水分で満たして閉じ込めたのだが、それでもゆっくりと劣化しつづけている。
このままでは、次の目的地であるドンサール海へ急がなければ使い物にならなくなる恐れがでてきた。
ドンサール海まで休憩を最低銀にして馬を駆れば、あと三日ほどで到着するだろうか。
おそらくそれがギリギリだ。
だから、たとえ勇者の調子が上がらなくとも、とりあえず進むしかない。
一行はどうにかこうにか勇者を励ましながら先を急いだ。
しかし、急いでいる時に限って邪魔が入るのが世の常でもある。
二日目の午後、勇者パーティーは魔族たちとの戦闘を強いられた。
待ち伏せでもされていたかのように突然目の前に立ちはだかれて、回避ルートをとることもできなかった。
手ごわそうなオーガが二体、ずる賢そうな悪魔が一体、ザコが五体だ。
「戦うしかなさそうだな」
パラディンが盾と剣をかまえて、詠唱をはじめる賢者の盾となる。
斥候は、本調子でない勇者を戦わせないほうがいいだろうと判断した。引きずるようにして距離を取り、弓をかまえる。
「サポートだけしてくれ。心配するな、俺たちだけでもやれる」
勇者は小さく頷いた。
途中までは三人でうまく連携をとって戦えていたのだが――。
勇者の戦力を欠いていることが、じわじわ影響してきた。
ザコすべてとオーガ一体は倒せたが、まだもう一体のオーガと悪魔が無傷で残っている。
賢者の集中力が続かず、詠唱が追いつかない。
「くっ……!」
懸命に賢者の盾となっていたパラディンが、地面に膝をついた。
「勇者パーティーがこの程度とは、正直ガッカリしました」
悪魔の薄い唇が弧を描く。
「俺が代わりに……!」
「いや、無理だ」
斥候は勇者を止めようとしたが、その手を振り払ってふらふらとパラディンの前へ出た。
「煙幕玉を使って逃げるか……いや、重装備のパラディンを担げる者がいない……どうすれば」
斥候が頭を打開策を見出そうと頭をフル回転させる。
「俺が相手だ!」
勇者が精一杯の虚勢を張るも、不調であるのは一目瞭然。
目の下には黒いくまが浮かび、肩で息をしている。
「あなた、ずいぶんとお疲れのご様子ですが大丈夫ですか?」
と、悪魔にまで心配される始末だ。
まだ旅ははじまったばかりなのに――勇者パーティー全員があきらめかけたその時だった。
突然、空から何かが落ちてきて賢者と勇者の目の前にドスッと刺さった。
驚きのあまり、敵味方全員の動きが止まる。
「氷のロッド……?」
地面に刺さった杖のヘッド部分に、丸くて大きな青い宝玉がついている。
賢者の見立てがまちがっていなければ、これは魔法職にとって憧れの伝説の法器だ。
なぜそんな物が空から落ちてきたのかはわからないまま、賢者は氷のロッドを抜いた。
宝玉がまばゆく光る。
その光を見て、勇者もハッと目を覚ましたかのように我に返った。
なぜか勇者の脳裏に、ローゼリンデのはにかんが笑顔が浮かぶ。
「すまない、みんな。もう大丈夫だ!」
息を吹き返した勇者の鮮やかな剣技、そして賢者が放つ高火力の魔法により、オーガと悪魔をあっさり退けた。
「なんだかずっと、頭に靄がかかったような感じがしていたんだ。持ちこたえてくれてありがとう」
「こちらこそ不甲斐なくてすまない。修行が足りないな」
勇者とパラディンが頭を下げる。
「氷のロッドに助けられたわね」
賢者は大事そうに青いロッドを胸に抱えた。
「きっと女神様からのプレゼントだわ」
ガルーダからもらったロッドをローゼリンデが落っことし、つむじ風で運ばれてきただけ――その真実を、勇者パーティーは知る由もなかった。




