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勇者様の忘れ物  作者: 時岡継美


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3/9

エリスの町にて(1)

 魔王の拠点はこの大陸のさらに先、北の大地にあるという。

 つまり魔王討伐の旅は、大陸を北へ北へと進んでいくこととなる。

 五日分の距離を先に進む勇者パーティーは、いまどこまで進んでいるのかわからない。


 ローゼリンデは、王都から北にある主要拠点で勇者パーティーがここを通ったか、それはいつのことかと聞き込みを開始した。


「勇者さんたちかい? ああ、先週ここを通りすぎていったよ。愛想のいい笑顔を浮かべて手を振ってたから、いい気なもんだって呆れたね」

 王都に一番近い町では、商人にそう言われた。

 

 魔王軍に侵攻されているのは、遥か北方の地域。緊張感がないのはお互い様だ。

 そう言いたくなるのをぐっとこらえて、ローゼリンデは商人の男に礼を言った。


「ありがとうございました」

「ところであんた……」

 男がなにか言いかけたが、それに気づかぬふりをして慌てて背を向ける。


(わたくしの素性がバレてはいけませんわ! とにかく先を急ぎませんと!)


 ローゼリンデはマーブルに跨り、次の町を目指す。

 さらに北にある中核都市エリスに到着した頃には、昼をとうに過ぎた時刻になっていた。


「お腹が空いてしまいましたわ……」

 ローゼリンデがしょんぼり眉尻を下げる。

 せめて朝食ぐらいは食べてくるべきだったと後悔してももう遅い。

 王都からエリスの町に到着するまでに口にしたのは、途中休憩で立ち寄った湖の水だけだった。


 そもそも、お金すら持っていないローゼリンデだ。

 かといって、聖剣とマーブルを売るわけにはいかない。

 となると――。


「こうなったら、ドレスを売るほかありませんわね!」


 グッと拳を握り締めたローゼリンデは、馬宿にマーブルを預けると躊躇うことなくドレスを扱うブティックへと向かった。


 ブティックの女性店主は、勢いよく店のドアを開けて入ってきた客の姿を見るなり迷惑そうに眉を顰めた。

 なにせローゼリンデは、乗馬用の茶色い革マントで全身を覆っていたのだから無理もない。

 

 しかし彼女がマントを脱いだ時、中から現れたミントグリーンのドレスを見た店主は息を呑んだ。

 光沢のある生地は上質のシルクだろうか。スカートはたっぷりドレープを取り、惜しげもなくかなりの幅の布を使っている。

 縫製や刺繍も一流の職人が仕立てた丁寧な仕事であることが一目でわかる。

 胸元にあしらわれている宝石が本物だとすると、とんでもなく高価なドレスだ。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか」

 剣を背負っているのはちぐはぐだが、高貴な身分の方にちがいない。

 そう踏んだ店主は途端に整った微笑みを浮かべ、VIP応対へと態度を切り替える。


 ローゼリンデが胸元に手を当てた。

「このドレスを売りたいのです」


 顔を見られても身バレしなかったことに、ローゼリンデは心の中で安堵のため息を漏らす。

 国王の第四子、王位継承順位が最下位の彼女は、公式行事の場でも大きく注目を浴びることはない。

 最初の町のように気づかれそうになる心配はないらしい。


「いまお召しになられている、そちらのドレス……で、よろしいでしょうか?」


 店主が戸惑いの色を浮かべるのを見て取ったローゼリンデは、内心焦りながらも食い下がる。


「いま身に着けているものを、この場で脱いで売るのはどうかと思われるお気持ちは重々承知しております。しかし、これでは馬に乗りにくいのです」


 こんなドレスでは馬に跨りにくい。それは本当だ。

 ローゼリンデは続けた。こういう交渉は勢いが大事だということぐらいは心得ている。


「ですから、代わりに旅装束を購入できると助かりますわ」

 

 ロイヤルスマイルを浮かべ堂々とした振る舞いで告げると、店主も恭しく微笑んだ。

「承知いたしました。では、どうぞこちらへ」


 身に着けているアクセサリー類はどうするかと聞かれ、ローゼリンデは丁重にお断りした。とりあえずドレスだけで当面の旅費にはなるはずだ。


 奥の部屋でドレスを脱ぎ査定を待っている間に、別の店員が旅装束を買ってきてくれた。

 肌触りのよさそうな綿のシャツとズボンにベスト。

 これに革マントを羽織れば、どこにでもいそうな冒険者の出で立ちだ。


「ありがとうございます。助かりましたわ。では、ごきげんよう!」


 現金を手にし、かつ軽装になったローゼリンデは、艶やかな髪を揺らして意気揚々とブティックを後にした。

 どうせ世間知らずな高位貴族のご令嬢の家出ごっこだろうと踏んだ店主が、ドレスの買取価格を相場の半値以下にしたことなど、当然気づく様子もなく。

 


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