ユニコーンの乙女(4)
ネストが小屋の中へ入っていくのを見届けてから、ローゼリンデは魔族たちに向き直った。
「さあ、そろそろはじめましょうか」
戦う気まんまんのローゼリンデだ。
もちろん負けるつもりはない。サファイヤのような青い目に秘かな闘志をたたえ、真っすぐ大男を見据える。
大男は腕を組んで仁王立ちしたままだ。
聖剣をかまえると同時に、小柄な飛行タイプの魔族たちがまとめてローゼリンデに襲いかかった。
その中には、先ほどの門番もいる。
ここで、背後から耳をつんざくような馬のいななきが響いた。
マーブルのこの攻撃に影響されないのは、ローゼリンデだけだ。
理由は知らない。飼い主だから平気なのだろうとしか思っていない。
ローゼリンデは、目を回してフラフラになったザコたちに容赦なく聖剣を振るう。
まとめて横なぎに斬り伏せると、六体ともあっけなく地面に落ちた。
意識を飛ばさなかった大男と、残りの三人の悪魔たちはさすがだ。
しかし大男でさえも体をフラつかせ、視線をローゼリンデの後ろにいるマーブルへ向けて驚いた顔をしている。
(マーブルったら、さすがですわ!)
「わたくしの剣の師匠が言ってましたわ」
ローゼリンデはマーブルを振り返ることなく大男を見据えたままだ。
「ザコは華麗に一瞬で倒せ。そして、よそ見はするな、と」
ローゼリンデは、かつての師匠の皺だらけの顔を思い浮かべた。
彼女ではなく、兄王子たちの剣術の師匠だったのだが。
たまに稽古に混ぜてもらうと、兄王子たちは大げさに逃げ回り「やめろ!」「死ぬ!」と騒いで盛り上げてくれた。
それが楽しくて、夢中で模擬剣を振り回したものだ。
『末娘様が一番お強いようですな』
師匠もよくそう言って、皺を深くして笑っていた。
自分はおだてられ褒められて伸びるタイプだと信じているローゼリンデだ。
白刃が煌めいた直後に、大男を囲んでいた三人の悪魔の体から砂が噴き出す。
「え……?」
何が起きたのかわからないといった表情のまま、三人とも砂となって崩れ落ちた。
あっという間に、残る敵は大男だけになった。
「てめぇ、卑怯だぞ。なんだあいつは!」
大男がローゼリンデの背後を指さして怒っている。
マーブルのことを言っているのだろう。
「よいではありませんか。そちらは大人数のくせに、わたくしがマーブルに手伝ってもらってはいけませんの?」
「いや、そうじゃない!」
大男はまだ何か言いたそうだったが、ローゼリンデは問答無用で斬りかかる。
おしゃべりは禁物だと、祠にいたボスから学んだ。
剣先が相手の肩をかすめた手応えがあったのだが……傷がついていない。
取り巻きの三人の悪魔を斬った時もそうだった。彼にも刃が当たった感触があったのに。
(まさか……筋肉のせいですの!? なんて厄介なのかしら!)
聖剣でも傷がつけられない筋肉の鎧――人間ではなく悪魔であれば、そういうことをありそうだ。
傷をつけられないとなると、倒せないではないか。
ブンッと振られた太い腕を避け、ローゼリンデは後ろへ飛ぶ。
「よくも俺の仲間を砂にしてくれたな!」
まだ不正不満を言わなければ気が済まないらしい。
大男の視線はローゼリンデではなく、後ろのマーブルに注がれている。
どうやら彼は、マーブルのいななきが仲間を砂にしたと勘違いしているようだ。
これは、ローゼリンデにとっては好都合。
コロッセオで対戦した美女悪魔もそうだったが、剣で少し切られたぐらいで死ぬはずがないと油断しているだろう。
だったら、筋肉で覆われていない部位を刺せばいい。首から上、脇の下、膝裏、ひじの内側、あたりだろうか。
ローゼリンデは狙いを定めて助走をつけると飛び上がった。
空中で聖剣を振りかぶる。
しかし大男は、にやりと口角を上げた。
「目の動きでバレているぞ」
ローゼリンデが攻撃に移る直前、頭からつま先までを眺めて、また頭に視線を移動させたのを見ていたのだろう。
素早く太い両腕を上げて、顔と頭をガードする体勢をとる。
これで、顔や頭への攻撃は通らなくなってしまった。
しかし――。
ローゼリンデは大男の頭上を飛び越える。
聖剣を振り下ろしたのは、背中の翼だった。
狙われていたのは最初から頭部ではなかったと、途中で気づいた大男が身をよじったが間に合わない。
今度こそ、たしかな手応えとともに翼の一部がちぎれた。
「な……?」
翼がどんどん砂になっていく。
足元に散らばる砂を見て、大男はわけがわからないとでも言わんばかりの顔で口を半開きにしている。
「貴様……!」
大男は、怒りに燃える目でローゼリンデを睨んだまま砂となっていった。




