ユニコーンの乙女(2)
少年は、ネストと名乗った。
山の中腹にあるというネストの村に向かいながら事情を聞く。
本来ならばローゼリンデの目的は、勇者が忘れていった聖剣を届けることだ。
長くてもあと数刻、このまま祠の入り口で待っていれば確実に会える。
会って聖剣を渡してからでも遅くないかもしれない。
しかし、村が魔族に支配されていることや、早く帰らないと家族が酷い目に遭わされているかもしれないと聞いたからには、放っておくわけにもいかない。
数刻待たせることが、即命取りになる可能性だってある。
(本当は、賢者様にサインをいただきたいけれど! 斥候様からトラップをどう回避したのか聞きたいけれど! パラディン様から魔物の倒し方をおそわりたいけれど! そして勇者様から、忘れ物を届けてくれてありがとうと言ってもらいたいけれど……!)
ローゼリンデは迷った末に、ネストの村を助けにいく苦渋の選択をした。
もしも勇者パーティーが困っている人に遭遇したら、たとえ遠回りになったとしても手を貸すだろう。
だったら自分もそうしよう。
勇者たちが先へ進んでしまったとしても、ここで一旦追いついたようにまた追いつけるはず。
そう思ったからだ。
ネストの暮らす村が魔族の襲撃を受けたのは、二年前のこと。
抵抗虚しく、これ以上犠牲者を出さないためにも投降するほかなかった。
最初は、こんな山奥の辺鄙な村にどうしてと、村人たち全員が思ったようだ。
「僕たちの祖先は、あの祠の盗掘をしていた集団だったみたい」
「盗掘集団!?」
「大昔はあの祠に宝箱がいくつもあって、お宝がたくさん手に入ったんだってさ」
ネストは、勇者と聖剣の伝説ではなく、祖先のトラップ回避とお宝ゲットの武勇伝を寝物語として聞きながら育ったのかもしれないと、ふと思う。
マーブルがネストを乗せるのを嫌がったため、ローゼリンデだけがマーブルの背に跨り、ネストは手綱を引いて山道を登っていく。
勇者たちの馬は、そのまま置いてきた。
しばらくすれば目を覚ますだろう。
「いまはもうやってないよ。っていうか、とっくの昔にもうあの祠は盗掘され尽くして、お宝なんて残ってなかったからね」
魔族に乗っ取られる前は、祠の管理をしつつ狩猟と採集でつつましやかに生活をする山の民だったようだ。
ということは、魔族たちの狙いは何だろうかとローゼリンデは考えを巡らせた。
「あなたたちは、祠のトラップにも詳しいんですの?」
「もちろん!」
ネストによれば、あの祠にはほかにも「閉じ込められて水攻めにされる小部屋」や「鋭いトゲのついた吊り天井が落ちてきて串刺しにされる通路」「開けた途端爆発する宝箱」など、多種多彩なトラップが仕掛けられているらしい。
話を聞きながら、ローゼリンデは背筋が凍る思いだった。
そんなトラップに遭遇したら、命がいくつあっても足りない。
「コツさえわかれば、トラップは簡単に避けられるようになるよ」
ネストは肩をすくめながらなんでもないように言うけれど、本当にそうだろうか。
(最初の数歩でいきなり地下に落とされたのは、正解だったのかもしれませんわ!)
「あの祠のトラップを知り尽くした人間たちが、必要だったというわけですわね」
ローゼリンデは納得した。
「うん、そうなんだ」
「そして悪魔の手先として、冒険にやってくる人たちを騙して馬や装備品を盗むような、セコいことを繰り返していたってことですの?」
ネストがうつむいてコクンと頷いた。
村を支配され、奴隷のような扱いを受けながら命令に従わなければならなかったのだろう。
まして子どものネストを責める気になど到底なれないローゼリンデだ。
誰にも気づかれぬまま魔族に支配されている集落がほかにもあるかもしれない。
あわよくば、勇者パーティーをここで倒してやろうという算段もあったのだろう。
「任せてちょうだい。わたくしが魔族を一網打尽にしてみせますわ!」
「これも罠だって思わないのか?」
ネストが少し怒ったような口調で問う。
ローゼリンデはそんな彼を見下ろして、にっこり笑った。
「信用がないのはお互い様ですわ」
ネストは、ローゼリンデたったひとりで村の問題を解決できると思っていないのだろう。
ローゼリンデとて、さんざん嘘をついたネストを信頼しきっているわけではない。
しかし、魔族の被害に遭っていることはまちがいなさそうだ。
過去にはいまのローゼリンデと同じように、お節介な正義感から村を助けようとして犠牲になった者もいるかもしれない。
それでもやっぱり、見過ごせないと思ってしまう。
「ネストさんがわたくしをどこへ案内しようとも、そこに悪者がいたら、人間であろうが悪魔であろうが全員成敗いたしますわ」
月明りに照らされたローゼリンデの笑顔は、覚悟をきめた清々しさに満ち溢れていてとても美しかった。
ネストはそんな彼女を、眩しそうに見上げたのだった。




