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勇者様の忘れ物  作者: 時岡継美


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ユニコーンの乙女(1)

 ――時は少々遡り、勇者パーティーが祠を出る数刻前。


 気づけばローゼリンデは、試練の祠の入り口に立っていた。

「出てしまいましたわ……」


 ダンジョンというものは、最終地点まで踏破するとご褒美として転移魔法で外に出られると、どこかで聞いたことがあったような気がする。

 行きと同じだけの複雑な経路をたどって戻る必要がないようにとの配慮だ。

 しかしいまのローゼリンデにとっては、その便利で親切なシステムが仇となった。

 勇者パーティーの到着を祭壇の部屋で待とうと思っていたのに、強制的に追い出されてしまったのだから。


「迂闊でしたわ」

 脱力してヘナヘナと頽れそうになる体を、どうにか聖剣で支えた。


「でも大丈夫。ここで待たせていただきますわっ!」

 ローゼリンデは、ふんすと胸を張る。

 

 外で待っても中で待っていても同じことだ。

 おそらく勇者たちも転移魔法でこの場所に戻ってくるのだから、ここで待ってさえいれば何も問題ないと開き直った。


 西の空を見ると、まだ微かにオレンジ色が残っている。もう間もなく夜だ。

 ここでローゼリンデはハッとした。

 

(成り行きであの少年にマーブルをよろしくと頼んでしまったけれど、まさかまだ馬番をしてくれているのでは!?)


 時間帯を考えずに無茶なことをお願いしたと後悔が募る。

 日が暮れても帰宅しない少年を、家族が心配しているかもしれない。

 

 焦って振り返ると、薄闇の中でもハッキリわかるマーブルの姿があった。

 上りはじめた月に照らされて白い毛がキラキラ輝いている。


「マーブル!」

 駆け寄ったローゼリンデは、周囲の異変に気づいて息を呑んだ。


 マーブルの足元に少年が倒れていた。

 そしてその周りでは、勇者たちの馬も倒れているではないか。みんな、ただ眠っているにしては不自然な体勢で。

 つまりこれは――。


「マーブル、あなたまさか!」

 いななき攻撃を使ったのかと問うまでもなく、マーブルが申し訳なさそうな上目遣いでローゼリンデを見やる。


 どうしてそんなことをと叱ろうとして、いや待てよと思うローゼリンデだ。

 マーブルはとても賢い馬だから、飼い主がいないからといって好き勝手に振舞うようなことは決してしない。

 いななきを使ったということは、マーブルの身に危険が迫るような状況がここで起こったのだろう。


 少年もほかの馬たちにも息はある。ただ気を失っているだけだ。

 そのことにホッと胸を撫でおろしながら、ローゼリンデは少年を抱き起した。


「大丈夫ですか? 目をお覚ましあそばせ」

 軽く頬を叩くと、少年が目を覚ました。


「う……ん……っ」

 朦朧としながらさまよっていた少年の視線がローゼリンデをとらえ、次にマーブルをとらえる。


 途端に少年は、ヒッ!と喉を鳴らしてローゼリンデの膝から飛びのいた。


「ごめんなさい、もうしません! どうかお助けを!」


 いきなり地面に額をこすりつけて少年が謝罪を口にする。

 謝らないといけないのはこちらのほうなのに、いったいどういうことなのか――ローゼリンデには困惑しかない。


 しかし少年は、マーブルを見てブルブル唇を震わせている。

「もう嘘をついたりしません! 馬も盗みません! だから、どうか許してください」


(どういうことですの……?)

 少年が何を言っているのかさっぱりわからないが、ローゼリンデは話を合わせることにした。


「何が嘘で何が真実なのか、正直に言えば許してさしあげますわ」

 顎をツンと上げ、腰に手を当てて居丈高に言う。

 

 王城で普段よく読んでいるロマンス小説に登場する悪役令嬢を真似てみた。

 上手くやれている自身はないが、少年は震えながら頷いた。

 どうやらマーブルに相当怖い目に遭わされたらしい。


「祠の入り口を壊したら呪われるっていうのは嘘なんだ。実際には簡単に崩れるようになっていて、それが僕らの村へ伝わる仕掛けになっていて……」


 ローゼリンデは、最初にこの少年に会った時の状況を思い出した。

 勇者たちの馬の手綱を持っていたこの子は、ひどく驚いていなかったか。

 あれは、馬を連れて行こうとしたところで新たな人物が現れたことに驚いていたのかもしれない。


「祠の中に入っている間に馬を盗むのですね? もしも馬番がいれば、早く助けに行かないと仲間が死ぬと嘘をついて追い払って」


 少年は気まずそうに頷いた。

 つまり、ローゼリンデが祠の中にいる間にマーブルを無理やり連れて行こうとしたのだろう。

 そして怒ったマーブルが、いなないたというわけか。


「当然の報いですわね。わたくしの馬は、怖かったでしょう?」


 少年は再び、首がもげるんじゃないかと心配になるほどの勢いで何度も頷いている。


(ここまで反省しているのなら、もう二度としないと思っていいのかしら……)


 しかしひとつだけ、ローゼリンデには解せないことがある。

 この少年が単独で日常的に馬泥棒をしているとは考えにくい。


「あなたは、村の大人たちの指示で馬泥棒をしているんですの?」

「大人たちっていうか……」

 少年が言い淀んで目を泳がせる。


「嘘はつかない約束でしたわよね?」


 ローゼリンデは語気を強めた。

 すると少年は観念したのか、うつむいたまま彼女だけに聞こえる声で言った。


「悪魔の指示です」と――。



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