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勇者様の忘れ物  作者: 時岡継美


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試練の祠にて(5)

 影縛り――己の影と相手の影を繋いで縛ることで相手の体を支配し、意のままに操れる術。


 知識として知ってはいたが、ローゼリンデにとって実際にその術を使える者に出会うのはこれが初めてだ。


「影……」

 ゆっくり視線を足元に向ける。

 どうやら、首から上だけは動かせるらしい。


 いつの間にか、ローゼリンデと悪魔の影が繋がっていた。

 この部屋が妙に明るい理由、悪魔が友好的に会話に応じていた理由はこれだったのかと納得する。

 会話に夢中になって、悪魔の影がジワジワ忍び寄っていることなど、まったく気づかなかった。


「お嬢ちゃんに投降するチャンスをあげよう。僕の手先として、勇者がここへ来た時にその立派な剣で彼らを切り刻むのはどうだい?」

「ご冗談は、おやめくださいまし」

 ローゼリンデは、にやにや笑う悪魔をキッと睨みつける。

 

 油断していた腹立たしさは、悪魔に向けてではなく己に向けたものだ。

 それに、生き延びるためであっても勇者の婚約者としての矜持を捨てるはずがない。


(投降? 絶対にしませんわっ!)

 

「怒った顔もかわいいね。でも交渉決裂なら仕方ないな、残念だよ」

 悪魔は大げさにため息をついて首を横に振り、嘆いてみせる。

 そして、ローゼリンデを見据えて残酷な微笑みを浮かべた。


「じゃあ、その聖剣で切り刻んだ君の亡骸を勇者たちに見せるとしようか」


 聖剣を握っている右腕が、彼女の意思とは無関係に持ち上がる。

「くっ……!」


 ローゼリンデは歯を食いしばりどうにか抗おうとしたが、それは叶わなかった。


(どうしましょう! どうすればいいんですの!?)

 気持ちばかり焦る。

 首から下は体が言うことを聞かず指一本動かせないのだから、悪魔と繋がっている影から逃れることもできない。


「じゃあ、まずは盾と妙な腕輪をつけている左手から切り落とそうか」

 悪魔が楽しげに言う。


 ユニコーンの盾と破邪のブレスレットは、悪魔にとってあまり気持ちのいい物ではないのだろう。


 しかしここで、悪魔が首を傾げた。

「……ん?」


 聖剣の宝玉が赤く光っている。

 その光が明るさを増し、小さな部屋全体を赤く照らした。

 聖剣がパッとローゼリンデの手から離れ、悪魔と繋がっている床石に映る影を斬った。


 途端にローゼリンデに体の自由が戻った。

 再び右手に収まる聖剣を強く握ると、彼女は素早く飛び退る。


「まんまと騙されたな。どうやら意思を持っているのは、君だけじゃなかったようだね」

 悪魔が呆れたように銀髪をかき上げる。


「エクスカリバー様、助かりましたわ」

 聖剣にだけ聞こえるように囁いたつもりが、悪魔にもしっかり聞こえていたらしい。

「へぇ、その剣って聖剣なんだ?」

「ち、ちがいますわ!」


 そんなやり取りをしている間に、再び悪魔の影が伸びてきた。

 しかし、もう騙されない。

 ローゼリンデは素早く動き続け、さらには悪魔の影に向かって聖剣を振る。


 光源を見つけてそれを絶ち、部屋を暗くすれば影は消えるはずだ。

 逃げ回りながら、どこに照明があるのかと視線を走らせるものの見当たらない。

 ということは、この灯りは悪魔が作り出している魔法の類だろうか。


(この方を、やっつけるしかなさそうですわね!)


 しかし、悪魔の影の動きは思った以上に速い。

 一か八かで間合いを詰めて近寄れば、斬りつける前にまた動きを封じられてしまうかもしれない。


「影踏み鬼は、得意中の得意でしてよ」

 

 闘技大会といい試練の祠といい、幼少期に体験していた鬼ごっこが、こんなにも実戦で役に立つものだとは知らなかった。

(エドお兄様、ロブお兄様、ありがとうございますっ!)


 毎日のように遊び相手になってくれた兄王子たちに感謝しながら、ローゼリンデは横壁や天井まで使い縦横無尽に動き回る。


「いつまでそうやって、すばしっこく動き回れるかな?」

 

 悪魔は彼女の動きを目で追いながら影を伸ばしてくる。

 ローゼリンデが疲れて動きが鈍くなるのを待つつもりのようだ。


 しかし悪魔は、彼女の並外れた身体能力とスタミナを過小評価していたらしい。

 いつまでたってもスピードの衰えない動きに、先に音を上げたのは悪魔のほうだった。

 

「くそっ! 目が回る……!」


 悪魔が片手で目を覆って首を振る。

 その隙をローゼリンデは見逃さず、攻撃に打って出る。

 横壁を蹴り、背後からためらわず首を狙って。

 確かな手応えを感じながら聖剣を振り抜いた。


 悪魔の首からは鮮血の代わりに砂が噴き出す。

 ローゼリンデは、タンッと軽い足音を響かせて着地した。

 

 かろうじて振り返った悪魔が笑った。

「ほら。やっぱりそれ、聖剣だったじゃないか……」


 直後、悪魔の体は完全に砂になって崩れ落ちる。

 ローゼリンデの足元には砂の山ができ、部屋は真っ暗になった。


「エクスカリバー様、ありがとうございました」

 あらためてお礼を言うと、それに応えるように宝玉が光る。


 ローゼリンデは、奥の祭壇の前に立った。

 よく見れば、汚れて風化した小さな女神像がある。

 汚れを指で拭い、跪いて祈りを捧げた。


「どうか勇者様が、安全にここまで辿り着けますように」


 女神像が祀られている神聖な部屋に、悪魔が我が物顔で居座っていたことが許せない。

 呪いを解くためには祭壇にお供えをしなければならないと、あの少年は言っていた。

 となれば、どうすればいいのか――。


 ローゼリンデは、迷いなくユニコーンの盾を女神像の前に置いた。

 

「神聖なユニコーンの盾が、女神様の、この祠の、そして勇者様をお守りする強力な盾となりますように」


 満足げに頷いて立ち上がったローゼリンデの体を、青白い光が包む。

 これは転移魔法だ。


「お待ちになって! わたくし、ここで勇者様を……!」


 言い終える前に、ローゼリンデは祠の外へ飛ばされたのだった。


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