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勇者様の忘れ物  作者: 時岡継美


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試練の祠にて(3)

「あいたたたっ!」

 

 強かに打ちつけたお尻をさすりながら、ローゼリンデは立ち上がる。

 運よく大きな怪我はない。

 下が石畳ではなく土だったことも幸いしたのかもしれない。


「さすが試練の祠……侮りがたしですわ」


 さらに地下深くへ落とされたらしい。

 先ほどまでの石で囲まれた回廊とはちがい、空気が重たくジメッとしている。


 整備されていない場所まで落とされたということだろうか。

 だとすれば、勇者パーティーから遠のいているかもしれない。


 当り前だが、トラップは破邪のブレスレットでは防げないと痛感しているローゼリンデだ。

 あまりにもチョロく引っかかっている自覚もある。でも、どうしようもない。

 

 気を取り直して聖剣を目の前にかざすと、あたりが明るく照らし出された。

 そのさらに前方の暗闇で、ジャブジャブと水が勢いよく波打つような音が聞こえる。


(地底湖でもあるのかしら……?)


 音の正体を確かめるため、ローゼリンデが聖剣をかまえながら一歩踏み出した時だった。

 縄のような何かが真っすぐ眼前に迫ってくるのが見えて、咄嗟に聖剣で防いだのだが――。


 それが聖剣にグルグルと巻きついた。

 引っ張られる手ごたえを感じて、離すものかと足を踏ん張り手に力をこめる。

 しかし、ポタリと垂れた液体がジュワッと皮手袋の一部を溶かし、ローゼリンデの手の甲にも鋭い痛みが走った。


「……っ!!」


 相手はその一瞬の隙を見逃さず、ローゼリンデの手から聖剣を奪っていく。

 

「あぁっ!」

 

 大事な聖剣を奪われてしまった。

 あれは縄ではない。もっと粘着質な……そして皮手袋を溶かしたのは、おそらく強い酸性の唾液……。


 その時、前方がボワンと赤く光った。

 姿を現したのは、ローゼリンデの体よりも大きなカエルだ。

 腹の中で赤い光が点滅しているのは、このオオガエルが聖剣を呑み込んだことを意味している。


 聖剣を絡め取ったのは、長い舌だったのだろう。


「エクスカリバー様! すぐにお助けいたしますわっ!」


 光源が手元から離れてしまったが、その代わりに敵が位置を知らせてくれている。

 

 ローゼリンデは、ユニコーンの盾をかまえた。

 その盾めがけて、再びオオガエルの舌が迫ってくる。


 巻き取られないように盾で舌先を弾いた。

「おあいにく様、この盾は強酸性でも溶けませんわ」


 一気に間合いを詰めたローゼリンデは、オオガエルの頭部に盾を叩きつける。


 オオガエルがフラフラになって、ゴロンと横倒しになった。

 盾で頭部を押しつぶしながら、腹部めがけて渾身のローキックをお見舞いする。


 三発目のキックでグエッとカエルの喉が鳴り、口から聖剣が飛び出してきた。

 もしも強酸性の粘液まみれだとしたら握れない――ローゼリンデの懸念は杞憂だった。

 聖剣には何もこびりついていない。

 

「さすがエクスカリバー様ですわ!」

 ローゼリンデは聖剣を掴むと、まだ動けずにいるオオガエルの頭部に剣先を振り下ろした。


「もしも賢者様がここを通られた時に、怖がらせてはなりませんわね」


 額のあせを拭ったリーゼリンデは、ギッタンギッタンに切り刻んだカエルを水の中へ落とす。


 よし! と一息ついて、宝玉の赤い光を頼りに歩き出した。

 小さな地底湖に沿うように進むと、奥に洞穴を見つけた。


(よかった! 先に進めそうですわ!)

 

 新たなルートを見つけ、ホッとしたローゼリンデの歩調が自然と速くなる。

 足元でピチャッと水が跳ねた。

 聖剣を下に向けて足元を照らすと、洞穴へ向かってずっと地面が濡れている。


 オオガエルが暴れたせいで湖の水が溢れたのかもしれない。

 ローゼリンデがそう思いながら再び足を進めようとした瞬間、ブーツの靴底が滑った。


「ひゃっ!」

 後ろにひっくり返りそうになって、闇雲に手を伸ばした先にあるツタを掴む。


 それがトリガーになったのか、背後でまた仕掛けが作動するようなゴゴゴ……という音が聞こえた。

 またトラップが発動したらしい。


「足を滑らせる意図で常に濡れているのだとしたら……」

 ローゼリンデは手袋を外して地面の液体に触れた。

 水よりももっとヌルヌルしている。油の類だろうか。


 背後の壁から、カエルの頭が出現した。

 ハッキリ見えるのは、頭の両側に松明がついているからだ。


 追加でもう一体かと咄嗟に聖剣をかまえたが、どうも様子がおかしい。

 壁から現れたカエルは石像だった。


「これから何がはじまりますの?」

 さっさと洞穴の奥へ逃げ込んだほうがいいかもしれない。

 そう思いはじめた時、石像のカエルの開いた口が明るく光った。


 ローゼリンデが息を呑む。

 あれは炎だ。

 

(まさか、正面に向かって炎を吐くつもり!?)

 

 火がつけば、油を伝って洞穴の奥まで燃え広がるだろう。

 息もつかせぬ試練の連続に、ローゼリンデは下唇を噛んだ。


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