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勇者様の忘れ物  作者: 時岡継美


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試練の祠にて(2)

 勢いよく祠へ突入したローゼリンデは、数歩進んだところでいきなりトラップに引っかかった。


 体重をかけた左足がガクンと沈んだ……と、気づいた時にはもう遅かった。

「きゃっ!」

 伸ばした手は空を切り、石畳を踏み抜く形で階下へ落とされる。


 身軽に受け身をとったため怪我はない。

 しかし周りは暗闇に包まれ、遥か上方に空いた穴から光が差し込んでいるだけだ。


「かなり落ちてしまったようですわね……」

 穴までは高さがありすぎて戻れそうにない。

 かといって、この暗闇ではどう進んで行けばいいかすらわからない。

 カビ臭さにまじって、獣のようなにおいが微かに香る。


 おそらく勇者パーティーは、斥候の能力でトラップを回避しているだろう。


(こんなことで、勇者様たちを見つけられるのかしら……)


 ローゼリンデが己の不甲斐なさにため息をつきながら立ち上がった時、背後が赤く光った。

「あっ!」


 もしや宝玉が光っているのかと期待して背中の聖剣を抜いたが、ちがっていた。

 となると、赤い光は――? 振り返ったローゼリンデは息を呑む。


 無数の小さな赤い光が揺らめいている。

 

「キィキィ」

 鳴き声が聞こえてハッとした。

 コウモリだろうか。ローゼリンデが剣を振ると、赤い光が一斉に動きはじめた。

 鳴き声が大きくなり、パタパタと羽ばたく音も聞こえる。


 一瞬見えた姿から察するに、大型の吸血コウモリだろう。

 こうやってマヌケにも落っこちてきた人間を襲っているのだとしたら、入り口の封印を破る者がそこそこいるのかという疑問が湧いてくる。

 いや、いまはそれを深く考えている場合ではない。


 腰を回して聖剣をゆっくり水平に動かす。

 ローゼリンデは、この竪穴は剣を振るうだけの十分が広さがあると確信を得て微笑んだ。


「不躾にお邪魔して失礼いたしました。しかし、こちらに危害を加えるおつもりなら徹底抗戦いたしますので、ご了承くださいまし」


 剣をかまえたのと、吸血コウモリが一斉に襲いかかってきたのは、ほぼ同時だった。

 ローゼリンデは、体をクルクル回転させながら聖剣を振るう。

 背後からの攻撃は、運よく背負っていたユニコーンの盾が防いでくれているらしい。

 たまに、ガンと盾に何かがぶつかる衝撃がある。


 程なくして、キィキィと耳を塞ぎたくなるほど大騒ぎだった鳴き声が止み、再び静寂が訪れた。


 吸血コウモリとの勝負はローゼリンデが圧倒した形で決した。

 ここで聖剣の宝玉がボワンと鈍く光る。

 足元には、おびただしい数の吸血コウモリが落ちている。


 ローゼリンデは、なるべくその死骸を踏まないように、ヒョイヒョイッとステップを踏みながらその場を離れた。

「エクスカリバー様、ありがとうございます。このまま灯りの代わりにさせてくださいまし」


 相当な数のコウモリを切り伏せたというのに、不思議なことに剣身には一切の血肉がついていない。

 我が物顔で聖剣を使っていることに後ろめたさはあるものの、正直とても助かっているローゼリンデだ。

 しかも、残滓がこびりつかず切れ味が落ちないとなれば、こんなにもありがたいことはない。


「さすがですわ。エクスカリバー様は、穢れを寄せつけないほどに高潔ですのね」

 鍔にあしらわれた竜に頬を寄せると、一瞬宝玉の光が大きくなった。


 聖剣が頼もしくて、ふふっと笑いが漏れる。

 

(いままさに、この祠の中に勇者様たちもいらっしゃるのね。必ずや、聖剣をお届けしてみせますわ!)

 

 その浮ついた気持ちがいけなかったのかもしれない。


「さあ、早く勇者様を見つけなければなりませんわ!」


 意気揚々と通路を奥へと進み左に曲がったところで、ローゼリンデはまたトラップに引っかかった。

 

 横壁に手をついたのがマズかったようだ。

 ゴゴゴ……ガンガン! と、大きな仕掛けが作動するような音が聞こえると思ったら、狭い通路の前後の天井から新たな壁が下りてくる。


 壁と壁の間に閉じ込められては大変だ。

 ローゼリンデは勢いをつけて駆け出し、足から滑り込むように壁と床の間をすり抜ける。


 間に合った!

 と、ホッとするのはまだ早かった。

 驚いたことに、その先の床が下方へ傾斜するスロープのようになっているではないか。

 しかしいまのローゼリンデにとって、滑り込んだ勢いを殺すことは不可能。


「トラップだらけですわあぁぁぁぁっ!」


 絶叫を響かせながら、ローゼリンデの体は真っ暗な穴の中へと吸い込まれていった。


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