試練の祠にて(1)
コロッセオを発ってからというもの、マーブルの機嫌がどうも悪い。
ツーンとそっぽを向く回数が増えた気がする。
コロッセオの優勝メダルのおかげで、旅の資金にはまったく困らなくなった。
だからいい馬宿に泊まって、マーブルにも快適な環境を整えているつもりなのだが……。
旅の途中、湖畔を見つけて休憩することにした。
優雅に喉を潤している愛馬の横顔をそっと窺いながら、ローゼリンデは膝を抱える。
マーブルは、闘技大会の副賞としてもらったユニコーンの盾が特にお気に召さないようだ。
伝説の聖獣ユニコーンの角を粉末にして吹き付けてあるという、滅多に手に入らぬ盾だと聞いた。
麻痺、眠り、混乱、毒などのデバフ効果を回避できる効果があるという。
それが本当なら、この盾は相当希少価値が高い。
ユニコーンの角は、おいそれとは入手できない素材――それぐらいの知識は、箱入りの姫だったローゼリンデにもある。
マーブルに闘技大会の優勝を報告した時に、ユニコーンの盾を見せびらかしたのがいけなかったのだろうかと、ローゼリンデは思い悩んでいる。
そもそもコロッセオで闘技大会などに参加せずにただ滞在していたら、勇者に会えたのだ。
何を浮かれているんだと叱られても仕方ない。
「本当に、わたくしときたら……」
どういった経緯で勇者パーティーを追い越していたのか、さっぱりわからない。
成り行きだったとはいえ、どうしてこんなにも上手くいかないんだろうか。ローゼリンデは、膝に額を押し付けてうなだれた。
「マーブルも、こんなところまで付き合わせてしまってごめんなさい」
へこみきっているローゼリンデに気づいたのか、マーブルが水を飲むのをやめてやってくる。
そして、励ますように彼女の頬に優しく鼻を寄せた。
同胞の角が使われていることに、ほんの少し引っ掛かりを覚えているだけ――もちろんそんな事情をローゼリンデは知る由もない。
「ありがとう」
ローゼリンデはマーブルの首に抱き着いた。
(マーブルに気を遣わせてはなりませんわ! わたくしが明るく頑張らないとっ!)
勇者が忘れた聖剣を届けようと思い立って城を飛び出したのは、他でもない自分自身の意志だったのだからと、決意を新たにする。
己を鼓舞するように拳をグッと握ると、ローゼリンデはマーブルに跨った。
不幸中の幸いと言うべきか、この先の勇者たちの行き先なら、なんとなく見当がついている。
寝物語で繰り返し何度も聞いた『勇者と聖剣の物語』の内容なら、すべて頭の中に入っている。
この『勇者と聖剣の物語』は、先代の勇者が辿った魔王討伐までの軌跡を記録した古文書『勇者伝』がベースになっているという。
今回勇者パーティーは、先代が辿ったルートを再現していくと聞いた。
北へ北へと向かいながら、その中継ポイントを確実に踏んでいくはずだ。
となれば、多少の寄り道をしたとしても次の目的地は試練の祠だろう。
試練の祠。
地図にもしっかり記されている。
場所は、コロッセオから北東に位置する山間地帯。
「今度こそ、追いついてみせますわ!」
高らかに宣言し、ローゼリンデは出発した。
◇◇◇
試練の祠は、木立に囲まれた山の麓にあった。
まるで山の内部への入り口のようにレンガのアーチがあり、周りにはゴロゴロと石が転がっている。
入り口はそれなりの間口があるけれど、さすがにマーブルと一緒に入るわけにはいかないだろう。
どこにマーブルを繋いでおこうかとあたりを見回したローゼリンデの視界に、別の馬の姿が飛び込んできた。
木立の向こうに茶色い馬が四頭いて、草を食んでいる。
「もしかして、勇者様の……!?」
胸を高鳴らせながら向かうと、そこには見知らぬ少年がいた。
馬の手綱を握り、驚いた顔でローゼリンデを見ている。
「あの……そちらの馬は、勇者様たちのものではありませんか?」
「あ、ああ。もしかして、ねーちゃんもあの人たちの仲間か?」
少年が戸惑ったように聞き返してくる。
年齢は十二、三歳といったところだろうか。見すぼらしい身なりから察するに、いい暮らしはしていなさそうだ。
この近くの集落の子なのだろう。
もしかすると、勇者の存在を知らないのかもしれない。
勇者パーティー四人の外見を説明すると、少年はまちがいなくその人たちだと言った。
あまり回りくどい説明をしないほうがいいだろうと判断したローゼリンデは、大きく頷く。
「そうですわ! わたくしも彼らの仲間ですの!」
「あの人たちなら、今日の昼前にあの中に入っていった」
少年が祠の入り口を指さす。
いまはもう西日がオレンジ色になりつつある時刻だ。
そろそろ出てくる頃合いかもしれない。
「ではここで待たせていただこうかしら」
そうすれば今度こそ、確実に勇者に会える。
にっこり笑うローゼリンデだったが、少年は首を横に振った。
「ねーちゃんがあの人たちの仲間なら、早く加勢しに行ったほうがいいよ」
「どういう意味ですの?」
少年が声を潜める。
「あの祠は入り口が石で封印されていたんだ。それをあの人たちは、力づくで壊したんだよ」
ローゼリンデは背中がゾクリとした。
祠の入り口には、たしかに石が転がっていた。つい先ほどこの目で見たのだから、まちがいない。
「そ、それで?」
ゴクリと唾を呑み込んで先を促す彼女に、少年は静かに告げる。
「きっともう呪われてる。もしかすると、もう生きていないかもしれないよ」
(なんてこと――!?)
ローゼリンデは青い目を大きく見開き、口元を両手で覆った。
「どうすれば……」
勇者たちは、破邪アイテムを持っているだろうか。
いや、これは高価な物だから王族以外で身に着けている者がいると聞いたことがない。
でも勇者パーティーには賢者とパラディンがいる。彼らならどんな呪いでも撥ねつけるだけの力量がありそうだ。
ローゼリンデは頭の中でぐるぐる考えを巡らせる。
「だから、ねーちゃんも早く助けに行ったほうがいいって言ったんだ。いまならまだ間に合うかもしれない」
(わたくしには破邪のブレスレットがありますもの。呪いに屈したりしませんことよ!)
「ちなみに、呪いを解く方法はありまして?」
「一番奥の祭壇に、何かお供え物をするといいらしいよ」
物知りで親切な少年だと、ローゼリンデは信じ切っている。
「かしこまりましたわ! ありがとうございます。わたくし、勇者様たちを助けに行ってまいりますわね。マーブルをお願いできるかしら」
快諾する少年にマーブルの手綱を渡した。
マーブルは不満げに鼻を鳴らしたが、我慢してもらうほかない。
「勇者様、どうかご無事で。いまローゼリンデが馳せ参じますわ!」
ローゼリンデは栗色の髪を揺らし、ためらうことなく試練の祠へ侵入したのだった。




