その頃王城では(1)
ローゼリンデが行方知れずになってから七日目。
市井の新聞に載っていたある記事に目を通した国王は、ひとこと「なるほど」と呟いた。
普段王族や高位貴族は読むことのない、いわゆるゴシップ紙だ。
国王が苦笑しながら執務机にバサリと置いた新聞記事の見出しには、このように書かれている。
『コロッセオでの闘技大会を制したのは、ユーシャ嬢!』
挿絵に描かれている人物は、見紛うことなく末娘のローゼリンデだった。
はにかんだ笑顔で盾を抱えている。
エドガーはおそるおそる、その新聞を手に取った。
記事によれば、一昨日の闘技大会の優勝者は最低人気の大穴だったようだ。
魔剣を操る少女ユーシャは魔族にも屈することなく果敢に戦い、大会を大いに盛り上げたという。
コロッセオの名物料理、火鍋のおかげだと謙遜する彼女のコメントに、多くのファンがハートを撃ち抜かれた模様だ。
名前から察するに、彼女は本物の勇者なのではないかと噂されている。
「あいつ、なにやってるんだ……」
エドガーが呆れた声で新聞を弟のロバートに手渡す。
記事に目を通したロバートもまた、呆れた声でため息をついた。
「まさに、虎に翼だな」
虎に翼を着けて放てり――強い者にさらに強さが加わり脅威となるという意味のことわざだ。
遠い異国の古文書に記されている一節らしい。
これが、いまのローゼリンデにあまりにも当てはまる。
「どうされますか?」
エドガーの問いに、国王は小さくため息をついた。
「どうしようもない」
その通りだとエドガーも頷く。
ただでさえ強いローゼリンデが、聖剣エクスカリバーと聖獣ユニコーンを従えているのだ、もう怖いものなしではないか。
制御不能。やりたい放題というやつだ。
ローゼリンデが三歳だった頃のこと。
兄王子たちの剣稽古がうらやましかったのか、幼い彼女は模擬剣を勝手に持ち出して王城内で振って遊んでいた。
それはいい。そういうことは、おてんばな女の子であればよくあることだろう。
問題は、怪我をしないよう作られているただの模擬剣が、王城の大理石の柱に突き刺さったことだった。
天然石の中では柔らかいとされる大理石だが、3歳児が振り回したチープな剣が刺さるのはどう考えたっておかしい。
しかし現場を目撃していた乳母は、たしかにロゼーリンデが突き刺すのをこの目で見たと証言したのだ。
兄王子たちの剣の師匠は、
「末娘様が一番お強いようですな」
と笑っていたが、笑いごとではない。
王室はこれをひた隠しにしてきた。
学校にも通わせず家庭教師をつけ、深窓の姫として大事に育ててきた。
ローゼリンデの顔を知るのは、王城に出入りする者だけ。
そのおかげで、彼女の身体能力がとても高く、尚且つ剣を持たせたらアホみたいに強いことを知る者は数少ない。
遊び相手はおのずとエドガーとロバートになった。
大人になったいま振り返ると、ローゼリンデとの鬼ごっこのおかげで随分と体力がついた。
彼女が鬼になるとすぐに捕まる。逆にこちらが鬼になると、日が暮れるまで捕まえられない。
ローゼリンデは、手加減してくれなくていいと言っていたけれど、もちろん手加減などしていなかった。
ガチの本気で七つ年下の妹を追いかけまわしても、背中にタッチすることすら叶わなかったのだ。
もう二度としたくない。
王室は、ゴリつよなローゼリンデをノーランド王国の最終兵器として隠していたわけではない。
長女とは十歳ちがい、兄王子たちとは七歳ちがいの、人形のようにかわいらしい末娘。
ひとえに、彼女の幸福で安寧な人生を願っていただけだ。
勇者と婚約させたのも、他国に嫁がせるわけにはいかないと思ったから。
魔王を討ち滅ぼして強さを証明した勇者なら、ローゼリンデを御することもできるかもしれないと期待してのこと。
それなのに、どうしてこうなった……。
エドガーは、何度目かわからないため息をついたのだった。




