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勇者様の忘れ物  作者: 時岡継美


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コロッセオにて(5)

 ローゼリンデは準決勝である一回戦を見事勝利した。

 次の決勝戦の相手は、心理戦で魔導士をあっさり陥落させた美女悪魔との対戦。


 対峙する悪魔は、ストレートの赤毛をさらりと揺らして微笑んだ。


「ねえ」

 対戦開始の合図とともに、小悪魔的な笑みを浮かべながら悪魔が何やら話しかけてくる。


 しかしローゼリンデは問答無用で聖剣を振るう。

「心理戦には乗りませんわよ!」


 悪魔がキャッ!と小さな悲鳴を上げて宙に飛んだ。

 

「やだぁ! ヤバくない!?」

 コウモリのような翼をパタパタ揺らしながら、嘲笑うかのようにローゼリンデを見下ろしている。


 剣が届かない高さまで飛ばれては、どうしようもない。

 会話に応じるほかなくなった。


「人間には誰だって悔いの残ることがあるって聞いているんだけど、あなたにはどんな後悔がある?」


 ローゼリンデは、心の奥底を不躾に覗かれているような嫌な感覚に襲われた。

 まるで心臓をざらざらした手で直接撫でられているようだ。

 これはただの心理戦ではない。

 精神世界に干渉してくるような幻術の類かもしれない。


(なるほど、心の闇を暴いて相手を棄権させてきたのですわね。あっぱれですわ!)


 それならばとローゼリンデは、心の扉を守ろうと抗うのではなく、あえてフルオープンにする。

「後悔といえば、推し活ノートを忘れたことですわ。賢者様のサインが欲しかったのに、失敗しましたの!」


 悪魔が美しい顔をしかめる。

「そういう、ちっぽけなことじゃないでしょう? 普通は激しく後悔していることがあるはずよ。それこそ、思い返すたびに死にたくなるようなことよ!」


 ちっぽけなものか。ローゼリンデにとっては天地がひっくり返るような大失態だ。

 曇りなき目で悪魔を見上げた。

 

 悪魔は小さく舌打ちする。

「なんかないわけ? 地獄を見たことが」

 

「地獄……見ましたわ! しかも二夜連続!」

 ローゼリンデは、食堂で食べた火鍋を思い浮かべた。

 あの辛さと熱さは紛れもなく地獄だった。しかし今日もそのバフのおかげで、とにかく体が軽い。


「ああっ、もう! なんなのよ」

 吐き捨てるように言った悪魔が飛行をやめて徐々に下りてくる。


「じゃあ、こういうのはどうかしら」

 悪魔は腕組みをして大きくかまえ、妖艶に笑った。

「あんたの家族全員、呪い殺すと言ったら……どうする?」

 

「呪い……」


 ローゼリンデは、家族ひとりひとりの顔を思い浮かべる。

 全員、どんな呪いにも対抗する破邪のブレスレットを常日頃から身につていたはずだ。三六五日、二十四時間、肌身離さず。

 もちろん彼女自身も。


「どうぞ」

「へ?」

「ですから、どうぞと言いました」


 王室メンバーは呪いでは死なない。

 やれるものならどうぞと微笑むローゼリンデの態度が気に障ったらしい。悪魔は美しい顔を歪ませた。


「そこまで言うなら、あんたから呪ってやろうじゃないの。言っとくけど、あたしは触媒なんてなくても人間を呪えるんだからね!」


 触媒とは、呪いの対象の所持品や髪の毛のことだ。

 そういった物を介在させると呪いをかけやすいといわれている反面、手に入れるのが難しい場合も多い。

 触媒不要で呪いをかけるには、相当な経験と魔力が必要だ。


 アリーナに着地した悪魔が、両手のひらをローゼリンデに向けて突き出す。

 ローゼリンデが左手首につけているブレスレットが鈍く光った。


 破邪のブレスレットはたしかな効き目があるらしい。

 エリスの町でドレスを売った時、アクセサリー類はと聞かれて断って正解だった。

 ローゼリンデは、わずかに口角を上げる。

 

 呪いが効かないことがわかったのだろう。悪魔にわずかに隙が生じた。

 それをローゼリンデは見逃さない。


 振るわれた白刃の餌食となったのは、悪魔の小指のみだった。


「速い……ですわ!」

 ローゼリンデが目を見張る。

 悪魔のスピードを侮ったつもりはない。この悪魔は、それぐらいのスピードで動けるということだ。


「残念だったわねぇ。この程度だったら、すぐに再生できるのよ」

 余裕ぶってヒラヒラ手を振った悪魔だったが、己の手を見て眉根を寄せた。


 小指が再生するどころか、切り口から砂がこぼれるようにサラサラと粉になって崩れはじめているではないか。


「嘘ぉ!? なにこれ!」

 悪魔が信じられないような物でも見るかのように慌てている。

 崩壊を抑えようと右手で左肩を掴んだが、その部分からドシャッと左腕が砂となって崩れ落ちた。


 どうにも止まらない砂化に茫然としながら、悪魔がローゼリンデを見つめる。


「もしかして、その剣は…………」


 言い終える前に、悪魔は砂となって消えた。


「勝者! ユーシャ嬢!」


 数秒遅れて、ウオォォォッ!と、地鳴りのような歓声が闘技場を包んだ。

 ローゼリンデは聖剣を背中の鞘に戻すと、胸に手を当てて歓声に応える。

 観客たちの祝福の声がさらに大きくなった。

 

 そのまま表彰式が執り行われる。


「勝因はなんだと思いますか?」

 係員に尋ねられたローゼリンデは、うふふっと含み笑いをする。

「火鍋のおかげですわ」


 スピードアップのバフに感謝しかない。


「こちらが優勝賞金です」

 大会主催者である町長から手渡されたのは、金色のメダルのついたペンダント。メダルには『コロッセオの勝利者』と刻印がしてある。


「これが……?」

 貨幣と呼ぶには程遠いそれをローゼリンデは首にかける。


「この大陸で支払いをする際にそのメダルを提示すれば、請求がこちらに回ってくることになっています。大陸全土で有効です」

 町長の説明でようやく理解した。

 しかもその金額は、王族であるローゼリンデでさえも目を見張るほどの額だったのだ。


(これでお金に困らずにすみますわ!)


 思わず心が躍る。

 勇者パーティーに追い付いたら、聖剣と一緒にこのメダルも渡そうと心にきめた。

 

 副賞は、ユニコーンの盾だった。

 一見白く見えるが、光の当たり具合によっては表面が虹色に輝くらしい。


(レア装備! これも勇者様にお渡ししなければなりませんわね!)

 


 しかし、そんなローゼリンデに悪い知らせが待っていた。

 財布代わりの金メダルとユニコーンの盾を携え、意気揚々と馬宿へ戻った直後に、勇者パーティーがここへ立ち寄ったことを聞かされたのだ。


「な、なんですって!? 勇者パーティーが、この町へ?」

「知らせてやりたかったんだが、あんた勝ち進んでいただろう? しかも勇者たちは、食事しただけですぐに行っちまったみたいだし」


 厩番は続けて笑顔を見せ、ローゼリンデの優勝を祝福する言葉をかけてくれるが、もう何も耳に入ってこない。


「そんな……そんな……そんなあぁぁぁぁっ!」


 馬房に絶叫が響いたのだった。


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