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勇者様の忘れ物  作者: 時岡継美


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コロッセオにて(4)

「マーブル、ごめんなさい。もう一泊することになってしまったの」


 しかも、勇者も見つけられなかった。

 ローゼリンデは眉尻を下げて残念そうに愛馬の首を撫でた。


 急ぐ旅の途中であるため、明日の決勝トーナメントには出場できないと係員に訴えた。

 そもそもなぜ自分が勝ち残ったのかすら理解できていないのだ。


 しかし係員は、青ざめた顔で首をブンブン横に振った。

「この大会は、観客のみなさんが優勝者を予想して賭けをしています。ユーシャさんはベット数の少ない大穴で、すでにオッズが跳ね上がっているんですよ? 不戦敗なんて盛り下がることをされたら、僕の首が飛びます。お願いします、明日必ず来てください! お願いします!」


 ローゼリンデは賭け事に明るくないため、大穴だとかオッズが跳ね上がっているとか言われても、意味がさっぱりわからない。

 ただ、唇を震わせて懇願してくる係員の様子を見て、自分がとんでもなくわがままなことを言っているような気がしてきた。


「失礼しました。わたくしが浅慮でしたわ」

 たしかに途中で投げ出すのは気持ちのいいものではない。


 ローゼリンデがおとなしく引き下がったのには、もうひとつ訳がある。


 もう一晩ここに宿泊して食事をとれば、ローゼリンデがドレスを売って得たお金を使い切ってしまう。

 しかし宿泊せずに旅立ったところで、勇者に追い付けないのなら次の町で残金がゼロになるだろう。

 だったら、多額の優勝賞金が出るというこの大会で勝ち進んだほうがいいかもしれないと思ったからだ。


(こうなったら、とことん頑張らなくっちゃですわね!)

 

 ローゼリンデは決意を新たにした。


 そして今夜も、昨日と同じ酒場で火鍋を注文する。

 昨夜あれだけのたうち回ったというのに、どうにも癖になる料理だ。


「お嬢さん、火鍋のバフが効いて今日はウォーミングアップ不要で体が軽かったでしょう?」

「まあ! そんな効果がこのお料理に!?」


 ローゼリンデは、ポンと両手を合わせた。


「そういえば昨日の、バフがどうとかいうのはこのことでしたのね!」

 辛さでそれどころではなかったと思い出して苦笑する。

 そして、今日も辛さに悶えながら美味しく完食したのだった。


 ◇◇◇ 


 火鍋の効果は絶大だ。

「今日も体がとっても軽いですわ!」


 翌日、ローゼリンデはワクワクしながら足取り軽く闘技場へ赴いた。

 まずは第三ブロックの魔法部門と第四ブロックの人外部門を勝ち抜いた両者が対戦する。


 ローゼリンデは出場者の出入り口からふたりの戦いを観戦することにした。

 

 ひとりは黒いローブを纏う魔導士の男性、もうひとりは赤毛赤い目でコウモリの羽を持つ美女悪魔だ。

 露出度の高い服装で、薄紫色の肌を惜しげもなく晒している。


 ローゼリンデは、アリーナの中央で向かい合うふたりを見つめる。

 

 試合開始の合図がかかっても、両者は睨みあったまま動かない。

 なにか言葉を交わしているように見えるけれど、歓声にかき消されてどんなやり取りをしているのか聞こえてこない。

 そして、魔導士の顔色がみるみる悪くなっていったと思ったら、驚いたことに片手を上げて棄権した。


(高度な心理戦!? わたくしが最も苦手としているやつですわ……!)

 ローゼリンデはごくりと唾を呑む。

 もしも同じことをされたら、とてもではないが勝てる気がしない。


 それよりもまずは、白戦部門の代表者と戦うのが先だ。

 ローゼリンデは、やると決めたら迷わない。


 対峙した第二ブロックの代表者は、大柄な格闘家の男だった。


 ドドン!と、試合開始の太鼓が鳴る。

 ローゼリンデは、背中の聖剣を引き抜いた。


 格闘家がニヤリと片方の口角を上げる。

「おまえ、昨日は逃げ回って勝ち残ったらしいじゃねえか。スピードに自信があるようだが、勘違いしないほうがいいぜ?」


 ローゼリンデは黙っている。

 試合開始の号令がかかったのに、なぜこの男はペラペラおしゃべりしているのか。

 こっちは一刻も早く片付けてこの町を出たいというのに。

 

 聖剣をかまえると、格闘家は飛び退った。

 ローゼリンデが形のいい眉毛をわずかに上げて意外そうな顔をする。

 一閃で仕留めてやろうと思ったのに、意外と勘がいいらしい。

 

「巨漢は愚鈍だと思っていたんだろう? 甘いな。見よ、俺の多重分身を!」


 突然、格闘家が十人になった。


「おおっ! すげー!」

 観客席からどよめきが上がる。


 ローゼリンデの青い目が見開かれた。

「まぁ……!」


 途端に幼い頃の思い出がよみがえってくる。

 いまは隣国に嫁いでいる年の離れた姉が、カップのひとつに宝石を入れてひっくり返し、場所を入れ替えてどこに宝石が入っているか当てるゲーム。

 兄王子たちが日が暮れるまで付き合ってくれた鬼ごっこ。

 優しい姉兄たちは、ローゼリンデのためにわざと手を抜いてくれたけれど。


(わたくし、こういったものは得意でしてよ?)


 格闘家の分身たちが一斉に殴りかかってくる。

 ローゼリンデはその一体の喉元に聖剣を突き付けた。


 すると分身が消え、聖剣に捕らえられた格闘家の姿だけが残る。

「ぐっ!」

「当たりでしたわね」

 ローセリンデがうれしそうに笑う。


 まぐれだと思ったのか、格闘家は再び飛び退って多重分身を発動した。

 しかし、二度目も結果は同じ。

 観客席がしん……と静まり返った。


「見えてましてよ?」

 ローゼリンデが小首を傾げてにっこり笑う。


 格闘家は、そんなはずはないとでも言いたげな顔をした。

 彼はローゼリンデに関して、昨日の武器使用部門の様子を観戦していた客から、ただチョロチョロと逃げ回っていただけの棚ぼたで勝ち上がったと聞いていた。

 スピード勝負なら負けはしない。だから負けるはずがないと格闘家は思っていたのだ。

 

「じゃあ、これならどうだ!」

 多重分身をやめ、今度は高速で走り出した。


「消えた! どこだ!?」

「まったく見えないぞ!」

 観客席からは、再びどよめきが上がる。


 ローゼリンデは、アリーナの中央に立ったままだ。

 これでは背後から高速の拳の一撃をくらっただけで、彼女は倒されてしまうだろう――誰もがそう思い固唾を呑んでいる。


 そのローゼリンデが片足を一歩前に踏み出し、空気を薙ぐ。

 あてずっぽうに振ったようにしか思えなかった剣は、三たび格闘家の喉元を捕らえた。


「なっ……!」

 格闘家は拳を振り上げた体勢で固まっている。

 

「申し訳ありません。とっても楽しかったのですが、わたくし急いでおりますので鬼ごっこはここまでですわ」


 ローゼリンデが一気に間合いを詰めて峰打ちを食らわす様子を、目視で確認できた観客は誰ひとりとしていない。

 気づいた時には、格闘家が仰向けに倒れて気を失っていた。


「勝者! ユーシャ嬢!」


 拍手と歓声が上がる中、ローゼリンデは照れたようにはにかんだ笑顔を見せた。


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