コロッセオにて(3)
「ここにお集まりのみなさんは、武器使用部門の参加者でおまちがいありませんね?」
係員の声が響く。
ローゼリンデを案内してくれた彼だ。
「おうっ!」
長剣、大斧、石鎚、三叉槍など様々な武器を持ち、分厚い鎧をまとった屈強な猛者たちが低い声で一斉に答える。
そのせいでローゼリンデの、
「わたくしは勇者様の忘れ物を届けに入ってきただけですわ」
との申し出は、完全にかき消されてしまった。
「ではルールを説明いたします。各ブロックのバトルロワイヤルを勝ち抜いた代表者一名のみが、明日のトーナメント戦へ進出できます。棄権する場合は、挙手して宣言してください。万が一、命を落とした場合でも自己責任ですので、恨みっこなしでお願いします」
途中で口をはさむ余地なく係員の説明が続く。
「それではさっそく、そちらの通路を通ってアリーナへ進んでください。ご健闘を祈ります!」
参加者たちは心得たように、静かに闘志をたぎらせながら通路を進んでいく。
武器使用部門だけで、参加者が五十名ほどいるだろうか。
ローゼリンデは、いまだに勇者の姿を見つけることができない。
(どうしましょう。勇者様はどちらに!?)
またもや後ろから押される形で進むしかないローゼリンデだ。
薄暗い通路を進んでいくと、突然目の前が明るくなった。
まぶしさに目をすがめるローゼリンデの耳に、ワァーッ!という大歓声が入ってくる。
ようやく慣れてきた目で周囲を見渡すと、楕円形のアリーナをぐるりと囲む形で石段状の観客席がある。
その一番上の段まで埋め尽くしている観客たちが、拳を振り上げ、手を叩き、旗を振り、興奮した様子で歓声を上げている。
場の雰囲気に圧倒され瞬きを繰り返しながら立ち尽くしていたローゼリンデは、係員の声にハッと我に返った。
「時間無制限! 最後のひとりになるまで思う存分戦ってください! ファイッ!」
係員の掛け声とともに、ドドンと太鼓の音が響く。
参加者が一斉に距離を取り、武器をかまえた。
ローゼリンデも、勇者が見つかればすぐに渡せるようにと背中の聖剣を引き抜く。
彼女の装備は聖剣のみ。
服装はペラペラの旅装束で、防具など何も身に着けていない。
そんな彼女にいきなり斬りつけてきた輩がいる。
剣先をひらりとかわしたローゼリンデは、
「ちがいますわー!」
と叫びながら、アリーナ壁に沿って走り出した。
(わたくしは、参加者ではありませんのよー!)
手ちがいで危険なところへ来てしまったと気づいても、もう遅い。
軽装であるがゆえに身軽に動けるのは、不幸中の幸いだった。
しかも今日は、いつも以上に体が軽い気がする。
ローゼリンデは、振り下ろされる武器を華麗に受け流し、飛んでくる矢をひらりと躱しながら、勇者の姿を探し続けた。
中には倒した相手の武器を奪ってゆく参加者がいてギョッとする。
堂々とやっているということは、ルール違反ではないのだろう。
その様子を何度も視界の端に捉えたローゼリンデは戦慄した。
「大変ですわ。勇者様にお渡ししなければならない聖剣を、取られてなるものですかっ!」
柄を握る手に力がこもる。
しかしさすがの彼女も、脱落者が増えてアリーナに立ち続ける参加者が少なくなったところで気がついた。
「勇者様は、本当にここにいらっしゃるのかしら……?」
「いつまでもチョロチョロ逃げ回ってんじゃねえ!」
立ち止まってアリーナを見渡すローゼリンデに大斧が振り下ろされた。
どちらを応援しているのか、観客席のあちこちで絶叫が響く。
しかし、斧がローゼリンデを切り裂くことはなかった。
聖剣によって払われた大斧が、クルクル回りながら天高く飛ぶ。
そして、まさか上から斧が降ってくるとは思っていなかった別の参加者を襲った。
斧の軌道になど目もくれず、ローゼリンデが大男を見上げる。
この男が立ちはだかっているせいで、前が良く見えない。
「邪魔ですわ。勇者様を探せませんことよ」
そこをどけと言わんばかりに、聖剣を握る利き手でグイッと押したつもりだった。これがクリーンヒットの峰打ちとなり、大男が泡を吹いて倒れる。
ふと、ローゼリンデの視線の先に、勇者とよく似た風貌の男が倒れているのが見えた。
「まさか……!?」
息を呑み慌てて駆け寄ろうとした彼女の鼻先に、槍が突き出される。
しかし次の瞬間、槍は細切れになっていた。
観客たちの大半は、何が起きたのかまったく見えていない。
動体視力の優れた者には、煌めく白刃がかろうじて見えたことだろう。
「棄権します!」
槍を細切れにされたランサーの上ずった声などおかまいなしに、ローゼリンデは勇者と思しき黒髪の男に駆け寄っていく。
黒髪の男は倒れたまま動かない。
ドキドキしながら傍らにしゃがみこんだところで、背後から足音が聞こえた。
「背中がガラ空きだ!」
「待ってくださる?」
ローゼリンデは振り返らないまま、斬りかかってきた甲冑騎士の喉元に聖剣を突き付けた。
丈夫なはずの甲冑に、聖剣の切っ先が刺さっている。
(どうしてみなさん、わたくしの邪魔ばかりなさるの!? それどころでは、ないっていうのに!)
ローゼリンデはわずかに苛立ちながら、片手でうつ伏せに倒れている男をひっくり返す。
すでにこと切れている黒髪の男は、勇者とは似ても似つかない顔をしていた。
「勇者様ではありませんでしたわ!」
ホッとして振り返った瞬間、背後にいた甲冑騎士の喉を少々斬ってしまったかもしれない。
「あら、失礼いたしました。大丈夫ですか?」
立ち上がって一歩前へ出ると、甲冑騎士は二歩下がった。
重く切れ味のいい長剣を片手で操り、背中にも目がついているかのような隙のない動き。
皮一枚だけを斬る正確性とサイコパスのような笑顔。
甲冑騎士は、ヒッと情けない声が漏れそうになるのをどうにか堪えた。
本能的に命の危険を感じた彼は、手を高々と挙げて棄権を宣言し去っていく。
気づけばアリーナに立っているのは、ローゼリンデただひとりだった。
「第一ブロック優勝者は、ユーシャさんです!」
大歓声が沸き起こる中で、ローゼリンデはこてんと首を傾げたのだった。




