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勇者様の忘れ物  作者: 時岡継美


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12/13

コロッセオにて(1)

 ローゼリンデがゴブリンの森を丸一日で駆け抜け、コロッセオに到着したのは夜だった。

 この時間でも人通りが絶えず、あちこちで酒場が営業している賑やかな町だ。

 町の中心には大きな円形の闘技場がある。

 その闘技場の名前が、そのまま町の名称にもなっているらしい。


 ここまで至って順調な旅路なのだが――。

 ローゼリンデは途方に暮れて、マーブルの手綱を引いたまま道端に立ち尽くしていた。

 

 この町で、勇者パーティーを見たという目撃情報がひとつもないのだ。

 行き交う人を呼び止めて勇者のことを尋ねたが、誰ひとりとして「見かけた」とは言ってくれない。


(運が良ければ、ここで追いつけるかもしれないと思っていましたのに……!)


「まさか勇者様たちは、この町に立ち寄らなかったのかしら……」

 絶対にないと思っていた西寄りルートを辿っているのだとしたら、ここは通らない可能性もある。


「そんなことありませんわ。だってゴブリンの集落を制圧したのは、まちがいなく勇者様たちですもの!」

 そうでなければ、ゴブリンの集落が閑散としていた理由がわからない。


 それに、先代勇者もコロッセオを通っていたはずだ。

 勇者と聖剣の伝説では、勇者が闘技大会で優勝したエピソードが語られている。

 今回の勇者の旅は、基本的に先代勇者の旅をなぞっていくと兄王子たちから聞いた記憶がある。

 

 ローゼリンデは雑念を払うように首をブンブン横に振り、己に言い聞かせるように独りごちた。

「だから勇者様たちは絶対にここに来るはずですわ」


 今日も走り続けたマーブルの首を、ローゼリンデが優しく撫でる。

「マーブル、わたくしに付き合ってくれてありがとう」


 マーブルの疲労や夜間に移動するリスクを考えると、ここで一晩泊まるほうが得策だろう。

 しかも、お腹も減っている。

 ここまでの道中、ローゼリンデが水以外で口にしたのは、エリスでもらったカエル料理だけだった。


 カエル料理を落とさないようにと気をつけるあまり、マントをどこかに置き忘れてしまったことは誰にもナイショだ。


 お金ならまだある。馬宿への宿泊を決意したローゼリンデだったが、あいにくこの町の馬宿には食堂がないという。


「すまねえな。食事は外で済ませてきてくれ」

「承知いたしましたわ」

 ローゼリンデは、マーブルの餌やりを頼んで宿を出た。


 ランタンの灯りが洒落ている酒場を見つけ、思い切って中へ足を踏み入れた。

 紫煙とアルコールの匂いが充満する酒場には多種多様な客がいる。

 褐色の屈強な体を惜しげもなく曝け出すマッチョ騎士、三角の耳としっぽを持つもふもふの獣人、ローブのフードを目深にかぶる魔導士。

 

 大きな武器を背負った者や女性もちらほらいて、ローゼリンデは自分が悪目立ちせずに済んだことにホッとした。

 カウンター席に腰かける。


「おすすめのお料理をお願いします」

 こう言っておけば大丈夫だとエリスの大衆食堂で学んだ。


 口角を上げて頷いたマスターが、すぐに奥の厨房から石鍋を運んでくる。

「火鍋です」


 ローゼリンデの目の前に置かれたのは、石鍋の中でグツグツ煮えたぎる真っ赤な液体だった。

 沸騰した泡とともに、肉や野菜やキノコが浮かんでは沈んでいく。

 のぞきこんでいたら立ち上る湯気が目に染みて、思わずのけぞった。


(地獄のようですわ! いえ、地獄を知りませんけれども!)


 おすすめ料理を注文したことを早くも後悔したローゼリンデだったが、郷に入っては郷に従えがモットーの彼女だ。

 潔く髪をシュシュでまとめると、真っ赤な液体をスプーンですくう。

 思い切って口を大きく開け、ゴクリと飲み込んだ。


「あら、意外と食べやす……ッ!!」

 見た目ほど辛くないという趣旨の感想を言い終える前に、強烈な辛味が遅れてやってきた。

 喉が焼け付くように熱くて痛い。


「~~~~っ!!」


 声にならない叫びをあげ、熱さと辛さにのたうち回る彼女に、マスターが笑いながら水の入ったグラスを差し出した。

「そのバフは丸一日有効です。頑張ってくださいね」


 バフとはなにか。なにを頑張れというのか。火鍋を食べきれと言われているのか。

 尋ねたくても声が出せない。


 それなのに水を飲んで落ち着くと、もうひと口食べたくなってしまう。

 そのたびにのたうち回るとわかっているのに。

 

(火鍋には中毒性がありますのね!)

 

 その夜、体内の灼熱地獄が継続し続けたローゼリンデは、宿のベッドでなかなか寝付けないままゴロンゴロンしまくったのだった。

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