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勇者様の忘れ物  作者: 時岡継美


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一方、勇者パーティーは(2)

「すまなかった。こんな所でモタモタしている場合ではないのに」

 小柄な斥候が、まだ痒みの残る頬の傷跡をポリポリ掻きながら勇者たちに謝罪する。

 

 しかし勇者は、ニカッと白い歯を見せて笑った。

「気にすんなって。急ぐよりも安全第一だろ」

 

 エリスの町を発ち、真っすぐ北上して森に入ったところでゴブリンに襲われた。

 北上ルートを選んだのは勇者の判断だ。


 ゴブリン程度なら、交戦になったとしても4人でどうにかなるだろうと高をくくっていた。

 勇者パーティーの初陣としてふさわしいとも。

 それにゴブリンの森を制圧したとなれば、世間の好感度が上がるだろう。

 

 エリスの町での賢者の失態で落とした評判を、これで回復できるかもしれないという思惑もあったのだが――。


 森の道は、普段から人や馬の往来が多いのではないかと思うほどきれいだった。

 そう油断させることがゴブリンの罠であると気づかないまま、和やかに談笑しながら進む彼らを突然矢が襲う。


「逃げろ!」

 先頭を行く斥候の鋭い声で一気に緊張感が高まった。

 武器を抜いて応戦する余裕はない。樹上のゴブリンたちが、すでに次の矢で勇者たちを狙っている。

 賢者がかろうじてバリヤを張るのが精一杯だ。

 斥候の判断に従って、彼らはすぐに馬を反転させて敗走した。


 森の入り口に戻った勇者が振り返ると、斥候が頬に傷を負っていた。

 ゴブリンの最初の矢がかすったという。

「動かないで。矢に毒が塗ってあったかもしれないわ」

 賢者が慌てて治癒を施したものの、すでに毒が回りはじめていた。治癒よりも、斥候の顔が紫色に染まっていくスピードのほうが速い。

 ゴブリンの矢に塗られていたのは猛毒だったのだと気づき、一行はゾッとする。

 

 その夜、斥候は高熱を出し一晩中浅い呼吸を繰り返しながら苦しんでいた。

 完全に解毒するまで賢者が惜しみなく治癒能力を使い続けなければならず、彼女の体力も削られていく。

 勇者パーティーは、森の入り口での野営を余儀なくされた。


 何度もすまないと謝る斥候に、勇者は笑顔を向ける。

「戦略的撤退ってやつだ。俺たちはツイてる」

 

 勇者の言葉に、賢者とパラディンも頷いた。

 いきなり全滅していたっておかしくない状況だった――みんなが同じことを思いながら、それを口に出そうとはしない。

 言葉に出してしまうのが怖かった。


 魔物と魔族はちがう。

 魔王の眷属である魔族とはちがい、魔物は魔王とは無関係に存在する生き物だ。

 凶暴な一面もあるが臆病で知性は低く、人間とうまく住みわけしながら暮らしているイメージが強い。

 

 御しやすい相手だと思っていたのは、まちがいだったらしい。

 魔王の影響力が日に日に増す中で、ゴブリンたちの凶暴性や知性が上がるような影響を受けているのかもしれない。

 それがすでに、ここまで広がっていたとこに驚いた勇者たちだ。


 斥候がようやく回復し、森の入り口から再出発したのは、ローゼリンデがエリスの町に到着した日のことだった。

 森を真っすぐ抜けるルートは断念し、東側から迂回するルートに変更する。

 途中、一部森の端にかかっている道だが、森を突っ切るよりも遥かに安全だ。

 

 勇者パーティーは、次の目標の町・コロッセオまで2日半ほどの道のりを、気を引き締めなおして出発した。

 

 ゴブリンの森に少しだけ足を踏み入れる地点までやってきた一行は、道に転がる巨大なふたつの岩に目を見張った。

「崖崩れか……?」


 森の木々を見上げる。

 下り坂を進んできたため、このあたりは森との高低差がある。

 

 木々がなぎ倒されている跡があるということは、間違いなくこの大岩は上の方から転げ落ちてきたのだろう。

 しかも岩には、血肉のようなものがこびりついている。

 崖崩れに巻き込まれた獣たちがいたのかもしれない。


「こっちの道も危険だな」

 斥候が言うと、賢者も頷いた。

「早くここを抜けましょう」


 幸いにして、岩が道をふさいでいるわけではない。

 不気味な岩をあまり見ないようにして、一行はその地点を通り過ぎた。


 勇者パーティーは知らない。

 森の東側を通るルートに変更しても、ゴブリンたちが崖の上から狙う算段であったことを。

 そして、彼らを嬉々として待ちかまえていたゴブリンたちの目論見は、さらに上から転げ落ちてきたふたつの大岩によって未遂に終わったことも。


 そろそろ勇者パーティーが来る頃合いだと下ばかりを気にしていたゴブリンたちは、予期せぬ奇襲攻撃で全滅した。


 さらには、聖剣を持ったローゼリンデがこの時点で勇者パーティーを追い抜かしていることにも両者は気付かぬまま、旅は続くのだった。


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