忘れ物(1)
王城の地下深くにひっそりと設けられた礼拝堂。
厳重な警備が敷かれ、王族の血を引く者以外は足を踏み入れることすら許されない神聖な場所で、白い女神像の前にひとりの少女が跪き、熱心に祈りを捧げていた。
ローゼリンデ・ノーランド。
大陸一の大国、ノーランド王国の第二王女だ。
外の喧騒とは隔絶された静寂の中、ロウソクの頼りない灯が彼女の横顔を優しく照らし出す。
背中の中ほどまで伸びた艶やかな栗色の髪。長い睫毛に縁取られたサファイヤのような瞳。ふっくらとした頬には仄かに赤みがさし、その表情にはあどけなさが残る。
ローゼリンデが女神に託す願いは、ただひとつ。勇者パーティーの行く末の安寧だった。
王城でただ待つだけの自分に何ができるのだろうか――そう深く悩んだ末に彼女が辿り着いたのは、日々の祈りを通して遠い地で戦う彼らの身を案じることだった。
「女神様。どうか勇者パーティーの旅路に、幾重もの御加護があらんことを。険しい山道も、魔物の棲む森も、彼らが無事に通り抜けられますように。そして、どうか彼らがいかなる困難にも打ち勝てますよう、お力をお貸しください」
透き通った声が石造りの壁に吸い込まれていく。
白い女神像は慈しみ深い微笑みをたたえ、静かにローゼリンデを見下ろしていた。
祈りを終えたローゼリンデが、冷たい石の床から立ち上がる。
いつものように最後に女神像に丁寧に一礼し、踵を返そうとしたのだが――。
「あら?」
女神像の背後で、何かがぼんやりとした淡い光を放っている。
ロウソクの灯にしてはやけに赤い。
回りこむように恐る恐る近づいた彼女は、光の正体を確認すると息を呑んだ。
「どうしてこれが、ここに……?」
女神像の台座の裏に、鞘に収まった剣が置いてあった。
夜空を思わせる群青色の鞘には、古代文字のような紋様の装飾があしらわれている。
金色の鍔には竜を象った装飾がほどこされ、その鉤爪で握っている宝玉が光を放っていたのだ。
やや黒色を帯びた赤い石は、ガーネットだろうか。
ローゼリンデが驚きに目を見開いているうちに、宝玉の怪しい光はゆっくりと消えた。
目を数回瞬いたローゼリンデは、戸惑いながら剣に手を伸ばす。
この剣のことなら、彼女もよく知っている。
これは――。
「大変! 勇者様の忘れ物だわ!」
ローゼリンデは剣をひっつかんで胸に抱くと、パタパタ足音を響かせて礼拝堂を後にしたのだった。




