承認欲求
「コリン! いつまで寝てるのよ! もう朝よ!」
ガクンガクンと体全体を激しく揺さぶられ、耐えかねたボクは重たい瞼をなんとかこじ開ける。窓から差し込んでくる朝の光に思わず
目を細めるボクとは対照的に、淡い赤色のポニーテールを朝日によってキラキラと輝かせたリズお姉ちゃんは、今日も元気いっぱいだ。
「ふぁ~あ……。リズお姉ちゃん、おはよぉ……」
「おはよぉ、じゃないわよ! 早く顔を洗ってきなさい! 朝ごはん無くなっちゃうわよ!」
背中を押しながら急かすように言うリズお姉ちゃんに、ボクはまだ夢の中にいるようなぼんやりとした頭で頷く。
昨日の夜はテイムしたグスタフと今後の打ち合わせをしていたんだけど、そこで初めて見張りをしていたおじさんと室内でジョージに
殺されちゃったおじさんが、実はグスタフが雇った護衛だったと分かったんだ。
それで死んでいても遺体すら残ってないのは不自然だということになって、真夜中にまたあの臭くて暗い下水道までジョージが
食べ残した遺体を回収しに行ったりしたから、寝たのがすごく遅くなっちゃったの。そのせいで体中に鉛が詰まっているみたいに
眠くて眠くてたまらないんだ。
(まだジョージに食べられてなかったから良かったけど、そういう大事なことは自分から言って欲しいなぁ……)
テイムするとボクの命令には絶対に従うようになるけど、そのぶんボクの方から聞いたりしないと重要なことでも自分からは
話さなくなっちゃうのかな? でも勝手に判断して行動したり、一方的にボクに意見するようになってきても困るから、今のままが
ちょうどいいのかもしれないね。
そんなことを考えながらボクはリズお姉ちゃんに腕を引かれて引きずられるようにしながら食堂に着くと、簡素な木のテーブルの上に
具のほとんど入っていない薄いスープとちょっと固い黒パンが1つだけ並んでいるという、いつも通りの光景が広がっていた。
(明日からはこれがもっと豪華になるはず……)
ボクがそう思いながらまだ眠い目をこすりつつ黒パンをかじっていると、孤児院の古びた木の扉がトントンと控えめに叩かれる音が聞こえてきた。
「……どちら様でしょうか?」
扉を開けに行ったセシリアお母さんの少し訝しむような声が聞こえてくる。計画が予定通りに始まったのだと感じて、ボクは内心でニヤリと笑った。
当然だけど扉の外に立っていたのは小太りで人の良さそうな笑みを浮かべた、商人風の身なりの良いおじさん――グスタフだった。そして彼の後ろには
たくさんの荷物を積んだ大きな荷馬車が停まっている。
「いやぁ、これはこれは! 朝早くから大変失礼いたします! 私、グスタフ・ブラントと申します。しがない行商人でして今日はたまたまこのあたりを通り掛かったのですが……いやはや、何とも趣のある素敵な孤児院ですな!」
グスタフはその丸い顔に愛想の良い笑みを浮かべてまくし立てるようにそう言うが、肝心の目的までは話さない。そしてセシリアお母さんの反応をじっと待つ。
「……ありがとうございます。それで、グスタフさんはこちらに何かご用がお有りなのでしょうか?」
セシリアお母さんはその優しげな顔に隠しきれない警戒の色を浮かべている。まあ、昨日は借金取りが来て今日は朝からいきなり何となくうさんくさい
おじさんが来たら、誰だって何か裏があるんじゃないかって警戒するよね……。
「ええ、実は少しばかり在庫を抱えすぎてしまいましてね。新鮮な生肉や野菜、それに日持ちしないパンなどなんですが、このままでは腐らせてしまう。そこで、もしよろしければ破格のお値段でお譲りしたいのですが、いかがですかな?」
グスタフがそう言って荷馬車の覆いをめくると、中にはたくさんの食料品がぎっしりと詰まっていた。中でもこんがりと焼かれたパンの良い匂いが、
食堂までふわりと漂ってくる。
(これってどう見ても今朝、店で買ってきたばっかりのパンじゃない? 大丈夫かな? やり口がちょっと雑じゃない?)
内心で心配になるボクをよそに、2人の話に聞き耳を立てていた孤児院のみんなが好奇心を押さえ切れず、屋外へとわらわらと飛び出して行く。
「焼きたてのパンの良い匂いがする!」
「すごい! 綺麗なピンク色のお肉がたくさんあるよ!」
荷馬車に山と積まれた食料品を目の当たりにした子供たちがワッと歓声を上げる。でも、そうやって無邪気にはしゃぐ子供たちを見るセシリアお母さんの
表情は曇ったままだ。
「……破格のお値段とおっしゃいましたが、これらの品物は一体おいくらなのでしょうか?」
恐る恐るといった様子でセシリアお母さんがグスタフに尋ねる。何でセシリアお母さんがそんなに警戒しているのか、裏を知っているボクにはすぐに
理解できなかったんだけど、これって客観的に見たらお祭りの出店のおじさんが最初にボクたち子供の関心を引いて、子供におねだりさせて
親に買わせるっていう、よくある手口そのものだよね……。
「はっはっは、そのご心配はごもっとも。ですが本当にただの在庫整理でして、捨てるよりはこうして未来ある子供たちの血肉になった方が、私としても嬉しいのですよ。ですから、これら全てを銀貨1枚でお譲りします!」
「銀貨1枚?! ……ご冗談ですよね? それはさすがに金額が安過ぎではありませんか?」
「冗談ではありませんとも。もし金額に対しての抵抗がおありなのでしたら、これは半ば寄付に近いものだと考えてもらって構いませんよ?」
「……寄付、ですか。でも、グスタフさんはたまたまこの辺りを通り掛かっただけなんですよね?」
「おや? たまたま通り掛かっただけの、ましてや利に聡いはずの商人が寄付などするはずがない。そのようにお考えなのですかな?」
「いえ! 決してそういうわけではないのですが……」
グスタフは会話中も人の良さそうな笑顔を一切崩さず、その目はボクの方をチラリとも見ない。ちゃんと「ボクとの関係は絶対に秘密にするように」っていう
命令を守っている。さすがにこの辺りは「野良おっさん」が混ざっていないだけあって賢いね。
「……わかりました。それでは、銀貨1枚でお譲りいただけますでしょうか?」
セシリアお母さんは荷馬車の食料と子供たちのキラキラと輝く期待に満ちた目とを何度も見比べて、やがて諦めたように深いため息をつきながら言った。
「ええ、もちろんですとも!」
そう言ってグスタフが快く応じたのを聞いた小さな子供たちが、もう我慢できずに「わーい! ごちそうだー!」なんて叫びながら、荷馬車に積まれたパンを
勝手にかじったり、ブロック状の生肉をもの珍しそうに指でつついたりし始めたので、セシリアお母さんやリズお姉ちゃんが慌ててそれを止める。
「こらこら! まだお金を払っていないのですから、もう少し待ちなさい!」
子供たちを叱るセシリアお母さんの声も、叱られる小さな子供たちの顔も、なんだかとても嬉しそうでそれを見ているボクも胸が温かくなった。確かにこの時のボクは、
目の前のグスタフの働きに対して素直に満足していた。その次のリズお姉ちゃんの言葉を聞くまでは――。
「セシリアお母さん! すごいわ! あの人はきっと、女神さまが私たちに遣わしてくださったのよ!」
セシリアお母さんに向かって頬を上気させ興奮した様子で話すリズお姉ちゃんの言葉に、ボクは「女神さまだなんて、リズお姉ちゃんはオーバーだなぁ」と
思うのと同時に、なんだか胸の中にモヤモヤしたものが広がっていくのを感じた。
(こうなるように仕組んだのはボクなのに、どうしてグスタフや女神さまだけの手柄になるの? おかしくない?)
まるで夏の日の朝、起きてからずっと水を飲んでいない時のようなひりつく「渇き」を胸の中に感じる。ずるいよ。ボクだって褒められたい。認められたい。
すごいねって言われたい!
そんな風に思うボクはおかしいの? 違うよね、みんなだってきっと同じだよね?!
嬉しそうに笑うみんなの輪の中心から少し離れた場所でボクは、この状況を作り出したのは自分なんだと言い出したい衝動を唇を噛みしめて必死に抑えていた。




