借金取りの目的
母屋らしい建物の正面の入口には見張りのおじさんが立っていたけど、夜も更けてきて眠いのか大きなあくびをしている。その様子からは
誰かに襲われるかもしれないという緊張感は微塵も感じられない。これはイケそうだね!
(油断してるみたいだし、本当にあの借金取りのおじさんたちがいるのか一応は確認しておこうかな)
ディックの報告から時間が経ってるし、全員をボコボコにした後で実はこの家はあの借金取りのアジトではありませんでした。なんて
ことになっても困るもんね。ディックの報告による人数と合っているかも確認した方がいいよね。
ボクたちは見張りに見つからないように大きく迂回して家の裏手に回り、ディックに肩車をしてもらったボクは高い場所にある明かりが
漏れていた小窓から中の様子を覗いてみた。
(……うん。あのおじさんたちが昼間に孤児院に来ていた人たちで間違いないね! じゃあ、どうせみんな悪い人なんだから遠慮なくやっちゃっていいよね!)
人数はディックが報告してきた7人から増えてないし、相手が10人以下ならジョージ一人でもなんとかなりそう。ボクがそう思って
ジョージに突入の命令を出そうとしていたら、部屋の中から酒に酔ったおじさんの陽気な話し声と、一方でやけに冷静な口調で話す
おじさんの声が聞こえてきた。そこでボクは思わず、その面白そうな会話のやり取りに聞き入ってしまった。
「しっかしよぉ! 他の奴が貸した金を代わりに取り立てるだけで儲かんだから、世の中の仕組みってのはおかしなもんだよなぁ!」
「あの孤児院は本来の運営費で受け入れられる以上の孤児を受け入れるために、院長が個人的に金を借りていたようですからね。そして、そんな相手に金を貸していたお人好しの債権はこのあいだ代替わりした際に安く買い取ったものですから、女が素直に金を返してきてもこちらが損はしませんしね」
「それなんだけどよ。あの女がそんなに金を持ってるようには見えねぇんだが、本当に損はしねぇのかぁ?!」
「院長の義理の息子が父親の商会を継いでいますから、どうしようもなくなったらそっちに泣きつくでしょう。心配いりませんよ」
ボクが再び小窓から中の様子を確認してみると、テーブルに座っているのはいかにもガラの悪そうな男たちで、みんな酒を飲んで顔を赤くしながら
大きな声で話していて、上にある小窓から覗き見るボクには気付く様子もない。
しかし、そんなおじさんたちの中に一人、明らかに毛色が違う服装のおじさんが交ざっていて、さっきの冷静な受け答えはこのおじさんの
発言だったんだろうなと、ボクはすぐに気付いた。
昼間に行った市場でも見たことがある、やり手の商人といった雰囲気の身なりの良いおじさん。こういうおじさんをテイム出来たらすごく役に立ちそうだね。
「俺ぁ分かんねぇんだけどよ。なんで代替わりした奴は自分で借金を取り立てねぇんだ?! 損してるじゃねぇか!」
「私には理解できませんが、孤児院の運営者なんかに金を貸すような人間はそもそもまともに取り立てる気がないんですよ。それにそういう人間に限って貴族だったりするから、跡継ぎにも世間体があって大っぴらに取り立てが出来ないのかもしれませんね」
「ますます意味が分かんねぇなぁ! 金が入るんなら俺は世間体なんか気にしねぇけどなぁ!」
へぇ、そういうものなんだね。勉強になるなぁ。……でも疑問なんだけど、そもそも何でセシリアお母さんはお金になるわけでもない孤児院なんかを
運営しているんだろう? 教会が運営する孤児院は誰でも入れるわけじゃないって聞いたことがあるけど、そのせいなのかな?
「まぁ、私も金が手に入れば細かいことは気にしませんね。それと、これは私にとってはあくまで小遣い稼ぎですから、あなた方がやりたがっている孤児の就業斡旋については関与するつもりはありませんので、金を稼ぎたいのであれば自己責任でお願いしますよ」
「わーってるよ! 別にアンタの力を借りなくても『お前が他所で働けば孤児院の運営が楽になるぞ?』って裏で話してやるだけで楽勝だぜ! 世間知らずのガキが相手だからな!」
わぁ! 単純だけど、効果的なやり方だなぁ。そういう情に訴えるようなやり方なら、リズお姉ちゃんみたいなタイプは
『自分が犠牲になればみんなが救われる』なんて考えて、簡単に引っ掛かっちゃいそうだね!
「しっかし、旦那も怖いねぇ! あの院長の死んだ旦那が気に入らなかったからって、わざわざ俺たちを雇ってこんな嫌がらせを考えるなんてよぉ!」
「ふふ、バーネットには借りがありましたからね。女の方には会ったことはありませんが、あの男の妻であったことを存分に後悔して欲しいものですね」
……すごいね。リスクがあることは他人に任せて、自分は利益を取りつつ安全圏から見物するつもりなんだ。セシリアお母さんは孤児院の運営状況を気にして
自ら出て行った子供たちが酷い目に遭っていたら、絶対に傷付くだろうね。……何だかますますこのおじさんが欲しくなってきちゃったよ。
(もっと話を聞いていたいけど、そろそろお開きになりそうだし時間切れかな……)
室内の会話が途切れがちになってきたし、そろそろ突入させないと帰る人が出て来ちゃうかもしれない。なので、ボクはジョージに
「中にいる悪い人たちを、殺さない程度にやっつけちゃって!」と命令した。死んじゃっても誰も困らないような人たちだけど、死んだ人はテイムできないし
テイムした人以外は合成できないから「素材」としても使えない。だから出来るだけ死なないで欲しいんだよね。
「ニク……ヤッツケル……?」
「そうだよ。やっつけたらその中の何人かは君のお肉にするから、頑張ってね!」
「ニク……クイタイ! ガンバル!」
ボクの言葉を聞いたジョージは目を爛々と輝かせると、いきなり目の前の壁を巨大な拳で殴りつけて破壊し、無理やり中へと入っていく。土壁だけど
中には石が詰まっているっぽいから普通に裏口のドアから入った方がいいと思うけど、そのパワーはすごいね!
(あ、感心してる場合じゃないや。ボクたちも早く表の入口に回らないと!)
ボクとディックは急いで表に回り、騒ぎを聞きつけて慌てて中に入ろうとしている見張りのおじさんをディックに背後から羽交い締めにしてもらうと、
ボクがその隙に素早くテイムする。
そして、ボクはテイムした見張りのおじさんに「外から裏口に回って、そこから逃げようとしている人がいたら捕まえて!」と命令して
ボクとディックは表の入口でそのまま待機することにした。