二番目の「作品」
セシリアお母さんを威圧していた借金取りの男たちは結局、その日はお金を回収できずに汚い罵詈雑言の捨て台詞を
吐きながら孤児院から出て行った。まぁ、急に来て大金を要求したところでお金を借りているような人がすぐに
払えるわけないから、当然なんだけどね。
(もっと暴力的な手段に訴えるかと思ったのに、拍子抜けだなぁ……)
セシリアお母さんに暴力が振るわれなかったのは良かったけど、何かあった時に備えて身構えていたボクと
ディックにとっては肩透かしにあった気分だった。しかし、男たちの姿が錆びついた門の向こうに消えると、今まで
気丈に振る舞っていたセシリアお母さんは、糸が切れた操り人形みたいにその場にへなへなと座り込んじゃった。やっぱり
ボクが思ってた通り、無理をしてたんだね……。
「セシリアお母さん、大丈夫?!」
リズお姉ちゃんと一緒に、物陰から様子を見ていた子供たちが慌てて駆け寄る。
「お母さん大丈夫? どこか痛いの?」
「えっ?! お母さんどこかケガしてるの?」
「だったら早くお医者さんを呼ばないとダメだよ!」
セシリアお母さんを心配そうな顔で見つめながらも、可愛らしい声で色とりどりの主張をするまだ小さな子供たち。その子供たちを
セシリアお母さんは広げた両手で肩を抱きながら、自身の胸元へと抱き寄せる。
「お母さんは怪我してないからお医者さまは必要ないわ。心配させてごめんなさいね。でも、もう大丈夫だから……」
抱き寄せた子供たちにそう話すセシリアお母さんの表情は、もうすでに普段と同じ穏やかな微笑みと優しげな眼差しに戻っていた。
そして、遠くからその様子を見ていたボクは一安心するとその場を離れる。心配で駆け寄りたかったのはボクも同じだけど、
今はそれよりもやらなきゃいけないことがある。
(ディックはどこかな……あ、いたいた)
今日はボクが市場に行くことになってたから、ディックには孤児院で待機してるように言っておいたんだ。無表情で顔に生気の無いディックが
一緒に居たら、売れる物も売れなくなっちゃうからね。……まぁ、結局はディックがいなくても商品はほとんど売れなかったんだけどね……。
それはともかくボクは大急ぎで孤児院の裏に回ると、隅っこの草むらで棒立ちのまま、意味もなく外壁をボーっと見つめていたディックを
外に連れ出し、さっきの借金取りの男たちの後を追い掛けた。そして建物の影に身を隠しながら、離れた所を歩く男たちの背中を指差して
「あの人たちがどこに行くのか、見つからないように尾行して調べて」と、ディックに命じたんだ。
ボクの命令にディックは無言で頷くと、まるで風景に溶け込むかのような静かでゆったりとした足取りで男たちを追い掛けていく。ディックは
もともと無口で気配も頭の毛も薄いから、尾行には向いているかもしれないね!
そしてそれからしばらく経って夜が更け、騒いでいた小さい子供たちも寝静まって窓の外からの虫の音が聞こえるばかりになった頃。大部屋で
みんなと寝ているボクの所に、ディックがそっと戻ってきた。
「……報告する。男たちは途中で仲間らしき三人の男と合流し、街外れの一軒家へと移動。そして、ほぼ全員が短剣などの武器を隠し持っている可能性がある」
気付かれないようそっと寝床を抜け出したボクは、ディックの簡潔な報告を聞きながら考える。てっきりアジトは道端にゴミが散乱してるような薄汚い
スラム街にでもあると思ってたんだけど、街外れの一軒家なの?
もしかして何か見付かったらマズい取引もしてるような人たちなのかな? だけど、これはボクにとっては好都合だね!
(堂々と帯剣してないんなら、全員殺しちゃっても問題なさそうだしね!)
たしか王都内で堂々と帯剣できるのは衛兵さんか、貴族さま。あとは高ランクの傭兵さんだけだったと思う。つまり帯剣してない時点で
公的な権力は無いって言ってるようなものなんだよね! もちろん出来るだけ「素材」として確保するつもりだけど、最悪の場合は
全員殺しちゃってもいいってことだね!
(でも、ディック一人じゃちょっと心配かなぁ……)
ディックも力持ちだしD級剣術スキルも持ってるけど、相手が5人以上いてそのうえ武器も持っていたらさすがにちょっと厳しいかもしれない。ボクは
そう考えてちょっとリスクはあるけど、より確実な方法を取ることにした。
(あんまり使いたくないけど、前に作った『ジョージ』を使おう)
ボクはディックと一緒に月明かりだけが頼りの夜の街へ出ると、巡回する衛兵さんの目を暗がりに身を隠して逃れながら、下水道の入口へと向かう。
ジョージは戦闘特化型の合成おじさんを作ろうとして、下水道にいた野良おじさんたちをほぼ全て合成して作ったディックに続くボクの二体目の
本格的な「作品」なんだけど、おじさんを何度も大量に合成し過ぎたせいなのかすごく頭が悪くなっちゃって、細かい命令をちゃんと
聞いてくれなくなっちゃったんだよね。
だから下水道に放置してたんだけど、ジョージは頭が悪い代わりにものすごく大きくて強そうだから、今回のような場合にはディックより
役に立ちそうだね! もし途中でやられちゃっても、残りはディックに片付けてもらえばいいしね!
「ジョージ、どこにいるの?! ボクが来たよッ!」
ジメジメした不快な空気と鼻を突く悪臭が立ち込める下水道の中で暗闇に向かって声を掛けると、下水道の床に見えていた大きな影が
ボクの声に反応してゆっくりと立ち上がる。
「ニク……クイタイ……」
「わっ! やっぱりジョージは大きいね!」
ジョージは身長がボクの倍くらいはありそうな、ものすごく大きなおじさんなんだ。頭は毛根すら無いみたいでツルツルで、粗末な服の上からでも分かるほど
筋肉はムキムキでいかにも強そうなんだよ! でも元々の野良おじさんにあった追放者の証である肩の×印の焼印は、おじさんたちを合成したら消えたけど
失われた知能は元には戻らないみたい。もうちょっと賢いと助かるんだけどなぁ……。
ジョージの顔は大きくてつぶらな目と分厚い唇が特徴的で、何だかその素朴で間の抜けた雰囲気からはすごく愛嬌を感じるんだ。その威圧的な体格と愛嬌のある
顔とのギャップが面白くて、ボクは結構気に入ってるんだよ。ちゃんと細かな命令にも従ってくれるんなら、こんな場所に置いておかなくてもいいのになぁ……。
「クイタイ……ニク……クイタイ!」
「ジョージ。お肉が食べられるお仕事があるけど、やってみる?」
「ニク……クイタイ! シゴト……スル!」
「良い子だね。じゃあ、ボクについて来て」
ボクはまるで孤児院の小さい子と話すような態度でジョージと会話しながら、先導するディックの後をついて行き、借金取りがいるらしい広い庭に
物置らしき建物がたくさんある一軒家にたどり着いたんだ。