クズみたいな人達
次の日の朝、夜明け前に降った雨で濡れた石畳の街路が朝の光を受けて輝きを放ち始める頃。ボクはリズお姉ちゃんと一緒に
孤児院のみんなで作った簡単な編み物や、拾ってきた綺麗な石やガラス片で作ったシンプルなアクセサリーなんかを売るために
王都アメリアの中央市場に来ていた。
王都の広場で定期的に開かれる市場は朝からものすごい活気で人の波で埋め尽くされている。普段は見掛けないような
珍しい果物を扱う果物屋さん、巨大な肉塊を吊るしたお肉屋さん、それから見たこともない不思議な道具を売っているお店とか
あちこちの店先から威勢のいい呼び込みの声が飛び交っている。
そういった普段は目にすることがない珍しい露店が所狭しと並んでいるのを眺めているだけで、何だか楽しい気分になるよね!
「コリン! ボーっとしてないでアンタもちゃんと声出しなさいよ! そんなんじゃ誰も買ってくれないわよ!」
そんな華やかなお祭り騒ぎの市場の中でボクたちの露店はというと、その場所からして広場の隅の小さな敷物の上だけであり、
扱っている商品も周りの店の職人たちが作ったような精緻な工芸品と比べると、本当に手間が掛かっていない簡単なものばかりだ。
だから、別にそんな大きな声を出したって足を止めてじっくり見てくれる人はほとんどいない。なのに降り注ぐ日差しを
気にもせず、額に汗をかきながらリズお姉ちゃんが元気いっぱいの声で必死に呼び込みをする姿は、何だか見ているボクの方も
頑張らなきゃいけないと思うような懸命さを感じるものだった。よし! ボクも頑張って声を出すぞ!
(それにしても、どこからこんなに沢山の人が集まって来たんだろう? 豪華な馬車で乗り付けている人もいるし、王都の外から来てるみたいだけど街の外は『野良おっさん』がいて危険なんじゃないのかな?)
もしかして、わざわざ屈強な護衛の人を雇っているのかな? だとしたらD級剣術を持っているディックも護衛として
雇ってもらえる可能性があったのかもしれない。スキルを活かした仕事の方がお給金が高いって聞いたことがあるし、
思い付かなかったけどそういう仕事を探した方が割が良かったのかも……。
「コリン! また声が出てないわよ!」
「あ、ごめん。違うこと考えてた」
「もう! ちゃんとやる気を出してよね!」
ボクも頑張って声を出すぞ! なんて張り切った矢先に、またリズお姉ちゃんに怒られちゃった。今はボクも呼び込みに集中しよう!
「はぁ、今日はダメだったわね……。これじゃあセシリアお母さんの苦労も全然減らないわ……」
夕暮れの光が街を染め始め、もはや多くの露店が店を畳み、広場の人通りもまばらになる頃まで頑張って呼び込みをしたのに
結局その日は商品がほとんど売れず、ボクとリズお姉ちゃんはガッカリしながら孤児院への帰り道をとぼとぼと歩いていた。
リズお姉ちゃんがその淡い赤色のポニーテールを力なく揺らしながら、ボクの横で疲れたようなため息をつく。あんなに頑張ったのに
ほとんど売れなかったんだから、そりゃ疲れるよ。ボクなんて途中から泣きそうになってたもん……。お金を稼ぐって大変なんだなぁ……。
(それでもボクたちにはお金が必要なんだ! どうすればたくさんのお金を手に入れられるんだろう?)
バーネット孤児院の運営が厳しいっていうのは、まだ小さい子たち以外はみんな知ってる。だからボクも、ディックに稼いでもらった
お金を渡したんだけど、それだけじゃ現状を変えるには全然足りないんだ!
歩きながらそんなことを考えて悶々としながら、古びた孤児院の門をくぐると中庭の方から大きな怒鳴り声が聞こえてきた。なんだろう、何かあったのかな?
「おい、セシリア! いつまで待たせる気だ! さっさと貸した金を返しやがれ!」
「……どなたですか? 私はあなたのような方からお金を借りた憶えは一切ありませんが……」
門から入った先の中庭でいかにもガラが悪そうな男たちがセシリアお母さんを取り囲んで怒鳴りつけている。いつもは常に優しい微笑みをたたえている
セシリアお母さんが、あまり見たことのない険しい顔をして毅然とした態度で応じていたけど、その声は微かに震えているような気がした。
物陰からはまだ小さい子供たちが怯えた顔で遠巻きにその様子を見ている。きっとこの子たちにこれ以上の余計な心配を掛けないよう、無理して
気丈に振る舞っているんだろうね。
「ハァ?! なんだお前、知らなかったのかよォ?! 俺たちはお前が金を借りてた奴からその債権を買い取ったんだよ! だから俺たちにはお前から金を取り立てる正当な権利があるってことだァ!」
小太りな男が脂ぎった顔をいやらしく歪めながら、ねっとりとした口調で言う。……面白い顔芸だね。全然笑えないけど!
「そうだそうだ! 今すぐ金を払えねえならこのオンボロ孤児院は俺たちのモンだぞ! お前らみてぇなクソガキどもはすぐにでも叩き出してやるからな! ギャハハッ!」
さっきとは違う男が大声で叫びながら、最後には物陰で怯える子供たちを指差して下品な笑い声を上げる。
(……すごいなぁ。まるで物語の中に出てくる悪役みたいだ。こんなクズみたいな人たちが本当にいるんだね……)
王都から追放されたおじさんたちもこういう人たちだったのかな? だったらボクがテイムしたり合体させたりして、ちゃんと管理してあげた方が
世の中のためにもなるよね? そう考えながら、ボクは借金取りのおじさんたちをまるで新しい「素材」を品定めするかのような
とても冷めた感情で見つめていた。
「コリン……どうしよう……」
そんな時、隣にいたリズお姉ちゃんが急に泣きそうな声でボクの服の袖をぎゅっと掴んできた。その袖を掴む震える手と、今にも泣きだしそうな
リズお姉ちゃんの顔を見て、ようやくボクは自分のすべきことを思い出した。今は「素材」の収集のことなんかより、みんなを守らなきゃ!
(……大丈夫だよ、リズお姉ちゃん。いざとなったらボクが何とかするから……)
ボクは不安に揺れるリズお姉ちゃんの緑色の瞳を、決意を宿した黒い瞳でまっすぐに見つめ返しながら、心の中でそう強く答えたんだ。