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初めての労働


 次の日からボクはディックを連れて街の広場にいるという仲介人から仕事の斡旋を受けに行った。そして、活気あふれる

商店街の荷運びから、埃っぽい土木現場での土砂の運搬まで、日雇いの仕事を見つけてはディックに力仕事を中心にした

仕事で稼いでもらうことにしたんだ。

 結果としてディックはボクの命令通り汗と泥にまみれながらも朝早くから日が暮れるまで、当然だけど一つの文句も言わずに

黙々と働いてくれた。

 そしてボクは、その成果である5日間で稼いだ銀貨5枚と銅貨が数枚入った布袋の中身を確認して笑みを浮かべる。


 でも結果は上々だったけど、この方法には一つ大きな問題があったんだ。

 それはディックがボクの命令にしか従わないから、ボクが常にそばにいて雇い主の指示をいちいちディックに命令し直して

やらないといけないってことなんだ。

 これって実質、ボクもディックと一緒に朝から晩まで働いているようなものだよね……。


(このままじゃ、ボクの体がもたないよ……)


 一応はボク自身が働いていないってことで、セシリアお母さんには渋々だったけど付き添いに関しては了承してもらってるんだけど、

連日の肉体労働の付き添いで一緒に動き回ってるボクの体はすでに鉛のように重かった……。それでもその稼ぎを手に、ボクは得意気な気分で

いつもセシリアお母さんのいる事務室の扉をノックした。


「ディックおじさんが孤児院のために使ってって言って、これを渡してくれたよ!」


 なんて自分でも白々しいと思いながらも、ボクはセシリアお母さんに布袋を差し出した。でもセシリアお母さんの反応は

ボクが期待していたものとは違ったんだ……。


「えっ?! こんなに沢山は受け取れませんよ! これはディックさんに返しておいてくださいね」


 セシリアお母さんは布袋の中身を確認すると、その優しげな茶色の瞳を丸くして驚いた顔をしながらボクが渡したお金を

突き返してきた。

 返す際に袋の中の硬貨がぶつかる澄んだ音が、予想外の反応に直面して黙り込むボクにはやけに大きく聞こえた。

 えっ?! なんで受け取ってくれないの? お金に困ってるのに意味が分からないよ!


「なんで?! 使ってって言って渡してきたんだから、素直に受け取ろうよ!」


 ボクは心の中に浮かんだ気持ちをそのまま口に出してしまい、思わず声を荒らげてしまった。だって、こんなのおかしいよ!


「……コリン。ディックさんはこの街に出稼ぎに来たのでしょう?」


 セシリアお母さんは諭すようにな口調でボクに言う。その設定はボクが考えたものだけど、とりあえずボクは「うん」と答えた。


「だとしたらここに居候して節約できたお金は、ディックさんの帰りを待っているであろう奥さんや子供さんの為に使われるべきお金でしょう?」


 えっ?! ディックが王都に出稼ぎに来たって設定はボクが考えたものだけど、奥さんや子供がいるなんて言ってないよ?! でも、独り身なら

わざわざ出稼ぎに王都まで来ないのかな? そんなこと無いと思うんだけどなぁ……。


「……でもディックおじさんはお金に余裕があるから、これくらい構わないって言ってたよ?」


「お金に余裕があるならわざわざ王都まで出稼ぎに来ませんし、泊まる場所が無いからここに泊めて欲しいなんて頼まないでしょう? きっと私たちに気を遣って、そうおっしゃっているだけですよ」


 その理路整然とした言葉にボクはぐうの音も出なかった。確かに自分が稼いだお金のほとんどを宿代として支払う出稼ぎ労働者なんて

いないよね。それじゃ何のために遠くまで働きに来たのか分かんなくなるもん。


(う~ん、うまくいかないなぁ……。どうすればこのお金を受け取ってくれるんだろう? ……そうだ!)


 ボクはその場で必死に頭を回転させ、苦し紛れに何とか言い訳を思いついた。もう勢いで何とかするしかないよね……。


「あ! 言うのを忘れてたけど、ディックおじさんは人と話すのがすごく苦手だからボクが手伝ってあげないとダメみたいなんだ。だから今後もボクとこの孤児院にはたくさんお世話になるつもりだから、そのお礼の前金として受け取って欲しいみたいだよ?」


「えっ? ディックさんはそんなに長期間、ここに滞在するおつもりなのですか? ……いえ、まぁ、別に迷惑とかそういうわけではないのですが……」


 一瞬だけセシリアお母さんの顔に困惑と警戒の色が浮かんだのが見えた。やっぱりあんまり長い間居られると迷惑なんだろうね……。

 だって教会が運営している施設でもその地区に住む貧しい人は受け入れているみたいだけど、地方から出稼ぎに来てるだけのお金の無い人を長期間

受け入れたりはしないだろうしね……。


 それにボクはディックの正体を知っているけど、セシリアお母さんたちからすれば無表情で無口なうえに感情の一切読めない、謎の怪しい

おじさんだもんね! リズお姉ちゃんなんてディックが近くを通るたびにビクッってなってるもん! 気配が薄いせいもあるんだろうけどね!


「……まぁ、そういうことでしたら今回は半分だけ受け取っておきましょうか」


 セシリアお母さんは深いため息をつくと、どこか諦めたような顔で半分だけと言いながらようやく布袋の中身を受け取ってくれた。


(やったぁ! 半分だけだけど、とりあえずお金を渡すことには成功したよ!)


 でも5日間で稼げたのはたったの銀貨5枚ていど。しかも、その半分程度のお金でこの孤児院の運営に余裕が出るなら誰も苦労しないよね! これから

もっともっとたくさんのお金を稼がないと!


(でも身元が怪しくて近くにボクが居ないとまともに指示すら聞かないおじさんを、もっと高い給金で雇ってくれる人なんているのかなぁ……)


 事務室を出てから大部屋に戻ったボクはふと疑問に思い、傍に居るのにまるで幽霊のように存在感が無いディックに尋ねる。


「ディックは何かスキルを持ってたりするの?」


「……俺のスキルはD級剣術だ」


 ディックは抑揚が無い感情のこもらない声で答える。ボクが聞いた話だとスキルのランクは最上位のS級から最下位のF級まであるらしいから

D級は下の方だけど、男の子が授かるスキルとしては良い方なんじゃないかな? それにこれってもしかして、ディックの元になった

あの殺人犯のおじさんのスキルだったりするのかな?

 だとしたら今後、おじさんたちを「合成」する時に合成したおじさんにスキルが引き継がれているのか確認する必要があるよね。

 もしスキルが継承できるんならかなり有用だし、これは重大な気付きの可能性があるんじゃない?!


 翌朝になってもまだそんなことを考えてボーっとしていると、中庭からリズお姉ちゃんのイラついた声が飛んできた。


「コリン! 暇ならアンタも布団干すのを手伝いなさいよ! すっごく重たいのよ、これ!」


「え~! ボクはこれからディックおじさんの付き添いがあって忙しいんだってば!」


「本当なの? 一緒に街に行くだけで、アンタは遊んでるんじゃないの?!」


「本当だよ! 信じてよリズお姉ちゃん!」


 ずっと傍にいて雇い主が何か指示するたびに、ボクがそれをディックに命令し直さなきゃいけないんだから気を抜く暇なんて全然ないし

遊んでる余裕なんて無いよ!

 ボクだって大変だからこれを何とかしたいけど、だからって仕事の雇い主の人の命令に直接従うようにしたら今度はボクの命令を

聞いてくれなくなっちゃいそうじゃない?


(……これはどうすればいいのかなぁ?)


 相談する相手も居ないし、そもそも相談できるような内容じゃないと感じたボクは解決法が思い付かず、ただ一人で重いため息をつくしかなかった。


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