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院長セシリア


 「野良おっさん? 別におじさんならその辺にいっぱいいるでしょ?」って普通は思うよね?


 前にセシリアお母さんがみんなに温かいハーブティーを淹れてくれながら話してくれたんだけど、

「野良おっさん」っていうのはこの国の法律によって都市から追放されたおじさんの総称なんだって!


 そして追放されちゃうともう前の名前とか、過去にどんなに立派な役職についていたとしても、その名前で

呼んじゃいけなくなるんだって。まるで存在そのものを消されちゃうみたいで、ちょっと可哀想だよね!


 でも、普通に真面目に働いていてその上で女の人の不興を買わなければ、追放されて「野良おっさん」に

なることはほとんど無いみたい。

 それでもボクがまだ幼い頃、先代の女王さまの夫である王配さまが、他の女の人と不貞? って

いうのをしたとかで追放されて「野良おっさん」になっちゃったっていう有名な話もあるくらいだから、

この国の30歳を過ぎたおじさんたちはみんな、いつ女性からの申請で「追放の審判」にかけられるか、

ビクビクしながら暮らしてるんだって! 大変だよね!


 それにおじさんたちがそんなに追放を怖がるのには、もっと怖い理由があるんだって。それは追放が

決まると王宮の広場で晒し者にされた後、冷たい鉄の仮面を被った執行人によって肩に「×印の焼印」が

押されるんだって。すごく熱そうだよね!


 でもセシリアお母さんの話では、怖いのはその焼印に込められた特別なスキルの方なんだって! 焼印を

押されたおじさんたちは数日で人間としての理性が崩壊して、自分の欲望のみを追い求める獣みたいに

なっちゃうんだってさ! なんかよく分かんないけど怖いよね?


 そういえばボクのお母さんはボクのスキルを悪魔のスキルなんて言ったけど、人の頭をおかしくしちゃう

執行人って人のスキルの方が、よっぽど悪魔みたいじゃないかな! ボクの方がまだマシだよね!


 ……あっ話が逸れちゃった、ごめんね。それでボクがテイムした殺人犯のおじさんに隠れてもらってたあの

鼻を突く臭いがする下水道は、そうやって追放された小柄な「野良おっさん」たちが王都の外にある川に繋がってる

下水の終着点から入り込んできて住み着いている、おっさんたちの巣穴になってたみたい。


 それが何で「宝の山」かっていうと、理由は知らないけど追放されて理性を失ったおじさんはボクなら必ず

テイム出来るみたいなんだよね。あの殺人犯のおじさんの例もあるし、もしかしたら犯罪者のおじさんはテイムしやすいとか?


 あ、そうそう。前にも言ったけど、それでボクの新しい「作品」であるディックは、テイムした複数のおじさんを「合成」して作ったんだ。

 これは殺人犯だったおじさんの顔を変えて身元がバレないようにするのが目的で、狙った効果じゃなかったんだけど

理性の無い野良おっさんが混ざったせいで良い感じに記憶や感情が抜け落ちたみたいで、ボクの命令に忠実なうえに

余計なことは憶えてないから喋らないっていう、都合の良い「作品」に仕上がったよ!

 普通の人と野良おっさんを混ぜるとこういう風になるんだなって、すごく勉強になったんだ!


(問題は、どうやってセシリアお母さんを説得するかだよね……)


 窓の外では小さい子供たちがはしゃぐ声が聞こえる。ボクは起き上がって裏口からこっそり孤児院の外に出ると

近くの空き家に待機してもらっていたディックと合流した。ディックには日雇い労働者として肉体労働をしてもらって、

その稼ぎを孤児院に入れてもらうつもりなんだ。


 だけど、それをセシリアお母さんにどう説明すればいいんだろう? 本当はボクも働いて孤児院の足しになりたいけど、まだ

子供だからってセシリアお母さんが許してくれない。だから、いまボクが考え付く金策はこの方法しかないから絶対に失敗は出来ないんだ……。


 ボクは重圧を感じて不安になりながらも、セシリアお母さんがいるであろう事務室に向かった。そのボクの後ろをディックが音もなく

影のようについてくる。


「セシリアお母さん。少し話があるんだけどいいかな?」


 ボクが事務室の扉をノックして声を掛けながら勝手に中に入ると、奥にある長机の上に広がる書類を普段は見掛けないような

難しい顔をしながら見ていたセシリアお母さんが顔を上げる。


「あら、コリン。わざわざ事務室まで来るなんてどうしたの? ……そちらの方はどなたかしら?」


 セシリアお母さんはボクの後ろに存在感なく控えていたディックの姿に気付くと、その温かみのある茶色の瞳をわずかに細めながら

くすんだ青いエプロンドレスと少し乱れていた髪を軽く正した。その仕草からは何となく緊張感が伝わってきたよ。


「この人はディックおじさんだよ。おじさんはすごく無口だから、ボクが代わりにおじさんの用件を話すね」


「……用件ですか? いったい何の御用なのかしら?」


 セシリアお母さんの視線がディックの全身を観察するように動く。ボクはディックが出稼ぎでこの街に来たばかりで住む場所がなく、お金も

王都に来てすぐに盗まれて宿にも泊まれずに困っていると、練習した通りの嘘を並べてしばらくの間ここに泊めてもらえないかとお願いした。

 その申し出に対してセシリアお母さんは困ったように眉を寄せ、静かに目を閉じた後に真っ直ぐにボクたちを見据えながら言った。


「申し訳ありませんが、私たちの孤児院は個室どころかベッドすらこれ以上は用意できない状況でして、お力にはなれそうもありませんわ」


 わぁ! すごい丁寧な断り文句! だってディックの見た目は生気の欠片もない顔に後退した頭皮が寂しいおじさんで、ボクが適当に用意した

よれよれのシャツとくたびれたズボンしか着ていなくて、見るからにお金がなさそうだし全然偉そうにも見えないんだよ?!

 なのに、まともな大人の人はこういう人に対してもそんな丁寧な言葉遣いで対応するんだね! すごいなぁ!


「あ、ディックおじさんは服やお金を盗まれたりしない安全な寝床が欲しいだけだから、別に寝る場所は屋根があるだけの屋外でもいいって言ってたよ!」


「そんな! いくらなんでもお客様を屋外に寝させるわけにはいきません!」


 ボクの提案に声を荒らげるセシリアお母さんを見て、これは正攻法ではダメだなぁと思ったボクはディックの背中を軽くポンと叩いて指示を出す。

 どうだろう? 打ち合わせ通りにできるかな? ボクがそう思いながら見ていると、ディックはどう見ても初めてだとは思えない

流れるような動きでその場に膝をつき、固い床に額をこすりつけて土下座した。うん、綺麗なフォームだね!


「き、急にどうしたんですか?! 困ります! どうかお顔を上げてください!」


(指示通りにできたね。いい子だよ、ディック……)


 土下座したままその場でピクリとも動かなくなったディックに、セシリアお母さんが狼狽した様子で声を掛けるが

当のディックはまるで反応を示さない。そこにボクが少し悲しそうな顔を作って横から口を挟む。


「ディックおじさん、セシリアお母さんが泊ってもいいって言うまでこの姿でここに居座るってさっき言ってたよ」


「ええッ?! そんな……困りますわ……」


 セシリアお母さんの困り声が静かな室内に反響する。困らせてごめんね、でもどうしてもボクの計画にはディックが必要なんだ。


 そしてその後は結局、何を言っても動かないディックにセシリアお母さんが根負けして、ディックはとりあえず「居候」として

孤児院に泊まれることになった。

 まぁそもそもディックは何日でも、何なら生きてる限り何ヶ月でも土下座したままだって苦痛を感じないんだし、この展開に持ち込んだ時点で

結果は予想が付いたけどね!


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