初めての「作品」
まだ弱々しい朝の日差しが降り注ぐ中庭でリズお姉ちゃんを手伝いながら、ボクはちらっとその横顔を見た。リズお姉ちゃんは
濡れた洗濯物を慣れた手つきで洗濯紐に通していたけど、何となくいつもより元気が無い気がしたんだ。
「ねえ、リズお姉ちゃん。最近はクライヴお兄ちゃんに会えてないの?」
「えっ!?」
ボクの不意打ちの質問にリズお姉ちゃんは変な声を上げる。
「な、何よ急に。それがどうしたっていうのよ!」
リズお姉ちゃんは顔を赤くして、慌ててその吊り目がちな明るい緑色の瞳をボクからそらした。動揺のせいなのか、長いまつげの
奥にある瞳をしきりにぱちぱちと瞬かせている。リズお姉ちゃんがなんとなく元気がない時はお腹が空いているときか、クライヴ
お兄ちゃんにあんまり会えてない時なんだよ! すごく分かりやすいよね!
あ、クライヴお兄ちゃんっていうのはこの孤児院の出身で、今はこの王都で衛兵をしている頼れるお兄ちゃんなんだよ。日に焼けた
肌と愛嬌のある笑顔が印象的で、がっしりとした立派な体付きをしているんだ。時々、巡回のついでに孤児院に寄ってくれて
そのたくましい腕でボクたちをひょいと抱き上げてくれたりして、遊んでくれたりもするんだ。
「クライヴお兄ちゃん、最近忙しいのかな? 心配だよね……」
ボクがそう言うとリズお姉ちゃんは洗濯物を紐に通す手を止め、遠くを見つめてため息をつく。
「そうね。元気にしてるといいんだけどね……」
その緑色の瞳には分かりやすく心配の色が浮かんでいる。孤児院の運営はいつも穏やかなセシリアお母さんと有志のボランティアの
人たちだけじゃ大変みたいで、クライヴお兄ちゃんも非番の日にはきしむ扉の修理や重い荷物運びみたいな、男手が必要な仕事を手伝いに
来てくれてたんだよ。
でも、ここ最近はぱったりと顔を見せてないんだ。それにこの古びた孤児院を維持していくのは善意の寄付だけじゃとても
足りないんだって。都市からの支援もあるみたいだけど、そういうのがあっても自分で税金を徴収できる教会が運営する孤児院に比べると
資金繰りは厳しいって話もしてたよ。
だから、クライヴお兄ちゃんは自分のお給金のほとんどをボクたちの孤児院に寄付してるんだって。前にリズお姉ちゃんが少し申し訳なさそうに
しながらも、それでも妙に誇らしげな顔をしながらこっそりボクに教えてくれたよ。
(でも、そんなギリギリの運営状態でこの孤児院は本当に大丈夫なのかなぁ? またボクの居場所が無くなっちゃったらどうしよう……)
不安になったボクは洗濯物を紐に通す手をぎゅっと握りしめる。……大丈夫、準備は出来てる。ボクはもうあの頃のような無力な子供じゃない!
そして、その日の午後。部屋の隅で寝転がって天井の染みを眺めながら、ボクは昔のことを思い出していた。あの日、ボクを問い詰めて
スキルを鑑定したお母さんは、今度はお父さんじゃなくボクを怖がるようになった。
あの時に、血の気の引いた真っ青な顔でお母さんが震える声でボクに言ったことを、今でもはっきりと覚えてる。
「コリン、あなたのそのスキルは女神さまの祝福なんかじゃないわ……。呪われた悪魔のスキルよ」
だからもう使っちゃダメだし、その中でも絶対に複数の人間を混ぜ合わせる「合成」だけはしちゃいけないんだって……。
その時のボクはお母さんに嫌われたくなかったから、その場で頷いてその後も言いつけを素直に守ってたんだよ。……なのに、それなのに、
お母さんはボクたちを捨ててあの日、家を出て行っちゃったんだ……。
(……でもね、お母さん。お父さんは今もお母さんのすぐそばにいるんだよ)
だってボクがお父さんにそう命令したからね、お母さんに気付かれないように陰からそっと見守るようにってさ。ボクはお母さんに
見限られちゃったけど、お父さんとお母さんは夫婦なんだから支え合わないとダメだよね! だからこれから先、何かあっても大丈夫だから安心してね!
(次は誰かにバレないように、もっとうまくやらないとね!)
もうお母さんの時のような悲しい誤解はされたくないから、今度は誰かにバレないようにもっと慎重にやらなくちゃ!
そして、昨日やっとその準備が整った。ボクはようやく便利で忠実な新しい「作品」を作り上げることに成功したんだ! 待ちに待った
新たな「作品」の名前はディック。色んなおじさんたちを「合成」して作ったボクにとって初めての本格的な合成おじさんなんだ!
お母さんにはおじさんの「合成」はダメって言われたけど、もういいよね? だってお母さんはボクを捨てたんだから……。
ディックはくたびれた服を着て無精髭を生やした、どこにでもいる冴えない見た目のおじさんだ。感情の読めない濁った瞳をしていて、
何があっても表情がほとんど変わらない。でも力仕事が得意だし手先もそこそこ器用なんだ! それに当然だけど、何よりボクに絶対服従なんだよ!
最初は街の裏通りでゴミを漁っているような働いてなさそうなおじさんたちを何人か「テイム」しようとしたんだけど、なぜかうまく
いかなくてどうしようかと思ってたところに、街の広場でたまたまクライヴお兄ちゃんに会ったんだ。
その時、お兄ちゃんは鎖に繋がれた人を殺したらしい犯罪者のおじさんを護送していた。そのおじさんの憎悪に満ちたギラついた
目を見た時、ボクはふと思いついてお兄ちゃんが見ていない所で「テイム」を試してみたら、あっさりと成功しちゃった。
そして、そのままじゃマズいから命令して近くの下水道に隠れててもらったんだけど、この行動がボクに思わぬ幸運をもたらしてくれたみたい。
(あのジメジメしてて汚くて臭いだけの下水道は、ボクにとっては宝の山だったんだ! もっと早く気付けば良かった!)
どういうことかというとボクは後日、殺人犯のおじさんに隠れてもらってた下水道に様子を見に行ってみると、そこはひどい悪臭と
絶えず何処からか汚水が流れ込む音が響く暗闇の世界だった。でも、その暗闇の中のあちこちで何かがうごめいていたんだ。
そう、そこにはみんなから「野良おっさん」って呼ばれてる都市から追放された野生のおじさんが沢山いたんだよ!