孤児院拡大計画
ギルドからの帰りにチェルシーさんと別れ、何食わぬ顔で報酬の銀貨10枚をポケットに忍ばせて孤児院に帰った日の夜、ボクは
セシリアお母さんに呼び出された。
「コリン、少しいいかしら? ディックさんのことでお話があるの」
ランプの頼りない灯りが照らす事務室でボクがセシリアお母さんと向かい合う形でテーブルにつくと、セシリアお母さんは少し困ったような
憂いを帯びた表情で用件を切り出した。
「……ディックさんはあなたと共に毎日あれだけ身を粉にして働いて、それなのに稼いだお金のほとんどをこの孤児院に寄付してくださっています。でもそれは本来なら、ディックさんのご家族のために使われるはずの大切なお金でしょう? ですから寄付自体は本当に、本当に助かるのですが……やはり故郷で帰りを待っているであろうご家族のために残しておくように、コリンから話しておいてはくれないかしら?」
心配そうに話すセシリアお母さんの穏やかで優しい茶色の瞳は、本当にディックのことを案じているみたいだった。でもこれは、今日も帰ってきてから
ディックを通じて無言で銀貨5枚を寄付してしまったボクのせいでもある気がしてなんだか気まずいなぁ……。
(でも大丈夫。ボクはもう完璧な言い訳を思いついてるんだよね!)
ボクはいつか来るであろうこの時のために考えておいた、とっておきの嘘を話すことにした。
「セシリアお母さん、実はね……。ディックおじさんにはもう帰るお家は無くなっちゃったんだ……」
「え……? それは一体どういうことなの?」
ボクはわざと悲しい顔を作り、声を震わせうつむき加減で語り始める。そんなボクのただならぬ様子を見たセシリアお母さんも、緊張した
面持ちでボクの話の続きを待っていた。
「ディックおじさんの奥さんがね、浮気しちゃったんだって。それでディックおじさんのことを捨てて、家の物もお金も全部持って他の男の人のところに行っちゃったみたいなんだ……」
「な……なんということでしょう……!」
セシリアお母さんの顔が驚きと哀れみで今にも泣き出しそうに歪む。うん、これは良い反応だね。このまま続けよう!
「それでディックおじさん、ショックで自暴自棄になっちゃって……。もうお金を仕送りする必要もないし、自分のためにお金を使っても虚しいだけなんだって言ってたんだ。だから、せめてお世話になっている孤児院のみんなの役に立ちたいんだって……」
ボクがそう言うと、とうとうセシリアお母さんの柔らかなブラウンの瞳からぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちた。その背後、少し開いた扉の陰から
こっそり聞き耳を立てていたリズお姉ちゃんも、口元を手で押さえながら肩を震わせているのが見えた。盗み聞きは良くないと思うけど、まぁ皆にとっては
全然喋んないディックは存在自体が謎だから、どんな話なのか気にはなるよね!
でも前から思ってたけど、セシリアお母さんはちょっと感受性が強すぎじゃないかな? こういう同情を誘うような嘘で簡単に騙されてお金を失いそうで、
見ていて怖いんだよなぁ……。かといって、そういう他人に同情的な部分が無かったらもしかしたらボクはこの孤児院にいなかったかもしれないし……。
う~ん。慈善活動と赤字を出さないシビアな運営の両立は、性格に二面性があるようなちょっとおかしい人じゃないと難しいのかな?
「……そうだったのですね。私は事情も知らずにあなたに余計なことを言わせてしまうところでした……。ディックさん、本当にお気の毒に……」
言いながらセシリアお母さんはエプロンの裾で涙を拭うと、決意を込めた強い眼差しでボクを見た。
「わかりました。これからはディックさんのことを私たち家族の一員だと思って、みんなで支えていきましょう!」
(……うん。これでディックの問題はひとまずは解決かな?)
ボクは内心で話の成り行きに満足しながら、すかさず次の計画を切り出す。
「それでね、セシリアお母さん。ディックおじさんがその要らなくなったお金で、この孤児院の隣の土地を買いたいって言ってるんだ!」
「えっ? 新しく土地を買うのですか?」
「うん。それでそこに新しい建物を建てて、みんながもっと快適に暮らせるようにしたいんだって。それにボクたちみたいな子供が将来困らないように手に職を付けられるような、工房みたいな場所も作りたいって言ってたよ!」
孤児院の敷地が広くなればサミュエルみたいな合成おじさんが隠れる場所も増えるし、工房ができればそれに付随してボクが合成おじさんを作るための
秘密の地下室なんかも作れるからね!
そんな打算を含んだボクの言葉に、なぜかセシリアお母さんはワッと声を上げて泣き出してしまった。……よく分からないけど、なんだか複雑な気持ちになるんで
できれば泣くのはやめてほしいなぁ……。
「ディックさんは……ディックさんは、なんて心の優しいお方なんでしょう! ご自分はとても辛い目に遭われたというのに……!」
「そうだね。すごく優しいね」
ああ、なるほど。そういう解釈だったんだね。でも本当ならセシリアお母さんに褒められているのは、このボクのはずなんだけどな……。本当のことを
言えないってやっぱりすごく辛いなぁ……。
でもそんなボクの複雑な気持ちとは裏腹に、次の日から土地の購入の話はとんとん拍子で進んだよ! というのも、この孤児院がある土地が
王都の「外壁」沿いなのも大きかったみたい。王都には初期からある「内壁」と街が拡大するにつれて後から作られた「外壁」とがあって、
人口の増加に合わせて何度も外壁を作っているうちにどんどん造りが簡素になって、今の外壁はボクの背の高さくらいしかないんだよ!
それに10年前のおっさん追放法によって世帯主の男の人が減ったせいで、外壁沿いの土地でしかもその外れにあるこの孤児院の周りは、
都合よく買い手が付かない空き家だらけになってたみたい! ……まぁ全部、グスタフから聞いたことだけどね。
ちなみにグスタフが借金取りと悪だくみしてた場所も外壁の土地なんだけど、それは地価が安いだけじゃなくて衛兵さんの目が届きにくい
ことも理由として大きかったんだって! たしかに市場で行った内壁の広場なんかと比べると、外壁を巡回してる衛兵さんは少ないよね……。
(何にしろこれが上手くいけばジョージも近くに隠せるようになるし、早く建物の建て替え費用を稼がなくちゃね!)
そうそう。土地の売買に関しては表向きはディックが契約したことになってるけど、実際は裏でグスタフに手配してもらったよ! 本当は建物だって
ディックに作ってもらった方がお金が掛からないから良かったんだけど、傭兵としての仕事もあるし大工仕事は素人だからグスタフに
腕のいい大工さんを手配してもらうつもりなんだ! まぁ、ほとんどグスタフ任せなのが少し気になるけど、隠し部屋を作る関係もあって
完全な部外者には頼みづらいから仕方ないよね……。




