ストーカーおじさん、サミュエル
グスタフが定期的に孤児院に物資を届けてくれるようになってから、孤児院の食事は目に見えて豪華になった。前は具のほとんどないスープだったのに、
今ではごろごろと野菜やお肉が入っていて、食卓にはいつも子供たちの楽しそうな笑い声が響いてる。
セシリアお母さんも、以前よりは心なしか笑顔が増えた気がするよ!
(でもまだ完全にはグスタフを信用していないみたいで、少し警戒しているようにも見えるけどね)
まぁ元が悪人だから何かうさん臭くて疑われるのはしょうがないんだけど、それとは別に問題があるんだよね。まず、グスタフは商人としての仕事で
他の街も回っているから、何かあった時にすぐに孤児院に来られるわけじゃない。
でもそれは仕方ないとして、問題はボクもディックも日雇い労働者として一緒に行動しているから、結局のところ主要メンバーのボクたちが3人とも
孤児院に何かあった時にすぐに対処できないってことなんだ。
(ボクたちがいない時に、またあの借金取りみたいな悪い人たちが来たらどうしよう……)
ジョージはあのジメジメした下水道に隠しているから、何かあってもすぐには呼び出せないし目立ちすぎる……。ボクの代わりに孤児院に居て、
何か大変なことがあった時にすぐにボクに教えてくれるおじさんがいれば、すごく便利なんだけどなぁ……。
そして、そんなことを考えていた日の夕方。オレンジ色の夕日が孤児院の庭を染め上げる頃、ボクと一緒に仕事から帰って来てから
どこかに姿を消していたディックが、小柄で目立たない感じのおじさんの首根っこを掴みながらボクのところにやってきた。
「……不審な男がいたから捕まえてきた」
「不審な男? このおじさんが何かしたの?」
「孤児院の生垣の隙間からリズをじっと見ていた。昨日もその前の日の見回りの時も、同じ場所にいた」
「ふーん。それは確かに怪しいね」
ディックの報告を聞いてから、ボクは掴まれているおじさんをじっと観察した。おじさんはボクの視線に気づくと、まるで怯えた小動物のように
顔をそむける。くたびれた服を着て無精髭を生やしたどこにでもいそうな冴えないおじさんだけど、リズお姉ちゃんを物陰から見ていたってことは、
俗に言うストーカーってやつなのかな? 一応は本人にも確認しておこうかな。
「ねえ、リズお姉ちゃん。最近、誰かに見られてる感じとかしなかった?」
ボクが広間で洗濯物を畳んでいたリズお姉ちゃんに声をかけると、なぜかお姉ちゃんはビクッと肩を大きく震わせた。
「えっ?! な、なんでそんなことを聞くの?! ……そうね。実はここ何日か、誰かにじっと見られているような気がして何だかすごく気味が悪いのよ……」
そう言ってリズお姉ちゃんは不安そうに自分の体をぎゅっと抱きしめる。やっぱり、さっきのおじさんが犯人なんだね。
(リズお姉ちゃんも怖がってたし、きっと悪いおじさんに違いないよね!)
ボクは戻りながらそう考えて、ディックががっちりと拘束しているおじさんの前に立つと、その顔をジッと覗き込んだ。
「ねぇ、おじさん。どうしてリズお姉ちゃんをずっと見てたの? それって場合によってはストーカーっていう立派な犯罪行為になって、都市からの追放の対象にもなるって、知っててやってたの?」
「ひぃっ! い、いや、その……自分はリズさんが、その、市場で見かけた時から好きで……つい、じっと見てしまっただけで、決してやましい気持ちは……」
「へー。でもおじさんは何か特別なスキルを持ってるでしょ? ボクはおじさんが生垣の隙間にいることにぜんぜん気付かなかったんだけど?」
「じ、自分はC級隠密スキルを持っておりますので……。……あの、聞かれたことには正直に答えました……。どうか今回は、お見逃しを……」
なぜかおじさんは涙目になって震える声でそう懇願する。うーん、情けない大人だなぁ……。それに普通は男の人が授かるスキルはD級までが多いのに、
運良くC級なんていう良いスキルを授かってやったことが、娘くらい歳の離れた女の子のストーカー行為だなんて、笑えないよ……。
(あれ? でも、C級隠密スキルはボクが求めていた役割をこなすにはちょうど良くない?)
そう気付いた瞬間、ボクは急に目の前のおじさんに興味が湧いて、頭の中で色々なことを考え始めた。
「ねぇ、おじさん。合法的に、誰にも咎められずにリズお姉ちゃんを観察できる方法があるんだけど、興味ある?」
「え……?」
そう言いながらボクがにっこりと天使のように笑いかけると、おじさんは意味が分からないって顔で間の抜けた声を出した。でも、ボクはおじさんの
答えを待たずにディックに合図して、おじさんをジョージがいるあの下水道へと連れて行った。だって答えがどうであれ、ボクはこのおじさんを
テイムするつもりだったから……。
「な、なんでこんな薄暗くて臭い場所に連れて来たんですか……?」
「内緒話をするなら人のいない所の方がいいでしょ? それで、おじさんはボクの提案に『従う』のかな?」
「……従います。誰に咎められることもなくリズさんを見つめ続けられることが出来るのなら、何でもします!」
えっ? まだ具体的な内容も言ってないのに食い気味に即答なの? すごいなぁ、このおじさん……。
「……まぁいいや、テイム!」
ボクはディックに拘束してもらっているストーカーのおじさんの額に手を当てて叫ぶ。そして、それに対しておじさんは黙ったままだ。これは
ボクのテイムが成功したのか、それとも元々無口そうなおじさんだったからただ黙っているだけなのか、ちょっと判断が付かないなぁ……。
……まぁいいや。ディックにはこのまま拘束を続けてもらって、ジョージに合成用の適当な「野良おっさん」を下水道内から何人か捕まえてきてもらおう。
「シンセサーイズ!」
ボクが叫びながら重ね合わせた頭と体がぐにゃりと歪んで一つになり、その形が安定するとそこには元のストーカーおじさんよりはわずかに大柄で、
なのに以前より影と髪が薄くなったような、新しい合成おじさんが立っていた。
ボクはそのおじさんに野良おっさんたちの一人が着ていたフードのついたマントを着せた。顔はなんだか前より酷くなっちゃったんで、前にボクが
市場で買った('ω')みたいな表情のお面で顔を隠したら、愛嬌も出て良い感じになったよ!
「ボクはコリン。キミの新しい名前はサミュエルだよ」
「…………」
ボクの新しい合成おじさん――サミュエルは何も答えずにただこくりと頷くだけだった。ディックやジョージとはまた違うタイプみたいだけど、
良い感じに知能は低下しているみたいだね。うまくいって良かった!
「サミュエル。キミは今日からボクの『目』となり『耳』となるんだ! この孤児院をずっと見守って、困ったことや大変なことがあったらすぐにボクに教えてね!」
「…………」
ボクがそう言うとサミュエルはまた黙って頷いた。そして、どこからか取り出した包装紙に包まれた一粒の飴玉をボクにそっと差し出した。
(……えっ? なにこれ、どういう意味?)
ボクはサミュエルの意図が分からず困惑したけど、もしかしたらこれはサミュエルなりの忠誠の証みたいなものなのかな?
そう考えたボクは少し悩んだ末にその飴玉を受け取って口に入れる。あっ、普通に甘くて美味しい。……これからよろしくね、サミュエル。
「リズお姉ちゃん、もう大丈夫だよ。近くに変な人がいたけどディックが追い払ってくれたから」
ボクが孤児院に戻ってそう言うと、リズお姉ちゃんは「そうなの? じゃあ、安心していいのかしら」と、まだ少し不安そうな顔をしていた。でも、これからは
サミュエルが気付かれないようにみんなのことを見守ってくれるから、本当に安心してね。
そして、その日の夜から孤児院の屋根の上にフードを深くかぶった小さな人影が潜むようになった。ボクの新しい合成おじさんで、
孤児院の忠実な監視役、サミュエル。これで誰かが孤児院に何かしようものならすぐにボクに筒抜けだ。
ふふっ、これでボクは安心してもっと自由に動けるね!




