表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/20

9  迷子のベクトル 〜 Ao side


 みちるとの接点は、ゼミだけ。メッセージアプリは繋がっているけど、用もなく送れるはずもない。


 これが? まさか、と煩悶しながら、翌週のゼミを迎えた。

 みちるがいると、どうしても意識が持っていかれる。

 だけど、態度に出すわけに行かないので、時折密かに様子を伺うに留めた。こういうことに、努力がいるって一体なんなんだ。


 当のみちるは、一切俺の方を見ない。

 やっぱり、先週やらかしたのか……。大丈夫だとは言ってくれたけど、手を繋いだのは、不味かったか。


 グループ討議は滞りなく進んだが、みちるは、特に後半、あまり話に入って来なかった。かと言って、俺が注意するのもな……。

 ゼミの後、一佳と残ってたようだったので、アイツがフォローするんだろう。

 


 そして、ゼミ旅行。現地集合で、俺が車を出し、優羽を除いたグループ四人で岡山に向かうことになった。


 和哉とはサークルでちょこちょこ車を使う事もあったから、運転を代わってもらうこともできるし。

 駅前ロータリーで三人を拾って、出発した。


 和哉が、曲をかけたり、さり気なく盛り上げてくれるので有り難い。

 有り難いが……ちゃっかりみちるの隣に座ってるし、なんならみちるの荷物をトランクにも入れてやって、ドアまで開けて待っていた。

 どこまで本気かはわからないが、和哉が、みちる狙いだったことを思い出す。


 一佳が酔いやすいからと言って助手席に座ってしまったので、早めにパーキングに入って、和哉と運転を代わる。


 それで、みちるの隣に座ったものの……あとの二人もいる中で、話せることがない。

 みちるの方を見るのも、不味い気がして窓の外を見るしかなくて。

 ……本当に何やってるんだ、俺。


 高速を降りて、一佳が行きたいと言ったカフェロッジへ昼食を取りに行く。

 オムライスも美味かったけど、庭にヤギやウサギがいて、触れ合いが出来た。

 一緒に動いているのに、ほとんど会話もない彼女が、この時は動物可愛さに笑顔になっていて。……それが眩しくて、どこか嬉しくて……何故か寂しかった。



 研修の現地、岡山のヴィラに着いた。

 午後三時から、弓削(ゆげ)教授の講演が隣接の小ホールで開催される。それまでは、割り当てられたコテージで各自過ごすことになった。

 今回の研修旅行は、弓削教授の担当しているゼミ生がほとんど参加していて、三・四回生や修士など合わせると百人近くになる。

 それぞれが泊まるコテージは、男女別に分けて二グループずつ、だいたい五人で一棟だった。

 

 まだ講演までに時間があったので、俺は一人でコテージの外に出た。

 和哉は、他の講義の課題で終えてないものがあるらしく、スキマ時間はそれを片付けるとコテージに残った。


 ヴィラは、小ホールなども備えた本棟を中心に、幾つものコテージが点在し、まるで一つの集落のようで。

 コテージの周りは、きちんと整備された森になっていて、歩くだけでも時間が潰せそうだった。

 


 コテージから、どれほど歩いただろうか。

 木立の向こうから話し声が聞こえる。

「いえ、あの、一人じゃなくて、みんなと来てて」

少し緊張感のあるあの声は……。

「俺等もおんなじ講演聴きに来てるからさ、一緒に」

「まだ時間あるし、とりあえず本棟の方で」

知らない男たちに囲まれていて、見えない。


「外で歩きたいので、ご一緒できません」

彼女は、きっぱり断っているが、

「えー、ちょっとくらい付き合ってよ」

おそらく上級生だろう、彼らは引き下がらない。

「こんなとこまで講演聴きに来てさ、楽しみがあってもいいじゃん?」

「俺等、いちど藤崎サンと話してみたかったんだよね」

 いつもならそこまでゴリ押ししないんだろうが、非日常が、彼らの背中を押している。


「みちる」

少し近づいて声を掛けると、一人の上級生の肩越しに困った様子の彼女が見えた。

「これから、グループの打ち合わせだけど?」

と、適当なことを言ってやった。


「呼ばれたんで、行きますね」

みちるは丁寧にペコリとお辞儀をして、緩んだ上級生の輪から脱出した。

 

 そばに来たみちるの姿を上級生たちの視線から遮るように間に入って、もと来た道を折り返す。

 三人は不本意そうに俺とみちるを見送っていた。



「なんでまた、一人でいるんだよ」

思いのほか、尖った声が出てしまった。早足で、コテージに引き返す道すがら。

 だいたいみちるは、自分のことをまるでわかってない。


「……一人に、なりたくて」

はあ? それで絡まれてんの?

「場所を考えろよ」

更にキツく言ってしまった。

「……ごめ……」

口籠ったみちるが足を止めた。

「なんで……」


 イライラを彼女にぶつけるのはお門違いだったと気づいたけど、もう遅い。

「……なんでアオが、そんなキレてるの、ぜんぜん、しゃべれ、なくって今日、……初めてまともにしゃべったのに、……なんで怒って……」

みちるの言葉が、だんだん嗚咽になって。


 うわ……。

「ごめん」

泣いてる女の子に手が出せない場合、どうしたらいいのか。


「みちる」

伸ばした手が、彼女に触れないよう意志の力を総動員する。


「ごめん、俺……イライラしてて」

……頭、だったら、大丈夫だろうか?

「完全に八つ当たり。嫌な思いしてたのは、みちるなのに、ごめん」

そっと。頭を撫でてみる。


 少し落ち着いたみちるは、

「……助けてくれたのに、泣いたりして、ごめん」

と顔を上げた。

「……なんか、ちょっと不安定で……いつもだったら、こんなことで泣いたりしないんだけど」

みちるの言い訳に、少しホッとして、「いいよ」

と言えた。


「で、どうする? このまま、小ホール先に行っとく?」

そうしたら、さっきの上級生たちにも、和哉たちにも、泣き顔がバレずに済みそうだし。

「うん」


 それから、俺とみちるは先に小ホールでエントリーを済ませた。

 みちるがホール併設の化粧室ヘ姿を消し、俺がそのままホールのロビーで待機していると、和哉と一佳、優羽が入って来た。

「ああ、アオ、先に来てたんだ」

「みちるが散歩って言って出て、まだ帰らないんだけど」

「みちるなら、さっき合流して。今、化粧室」

適当に辻褄を合わせると、

「じゃあ待ってよっか」

どうせなら一緒に入ろう、となり。

 みちるが戻って、五人でホールの席に着いた。


 弓削教授の講演会は、たっぷり一時間半あって。そのテーマ地産地消に絡めて、現地の産物をふんだんに使った懇親会が続いて行われた。

 普段は学部生だと関わりの少ないゼミの学年を超えた縦の繋がりを作って欲しい、との意図らしい。

 おかげでさっき、いらん関わりが発生したんだけどな。


 やっぱり見知った顔で集まるのは自明の理で、プレゼミの面子が近くに揃っていた。

 みちるは、一佳、優羽と他のプレゼミ女子たちといる。


 そう言えば、一佳は、こっちに来たときと服装やらが変わっていた。みちるが外に出ていた間に着替えたんだろう。

 あれ? みちるは、一人になりたくてって言ってたけど……一佳と何かあったのか? 今の様子を見てる限り、そういう感じはしないけど。


 一佳がいつの間にかこっちに来ていて、優羽は他の女子と盛り上がっている。

 みちるは……同じゼミの男子が囲んでいる。そのうえにさっきの上級生たちも入って来た。

 少し酒が入ってるせいか、また距離が近い。

「あー、みちるちゃん、苦手なのに」

和哉が隣で声を上げる。

「付き合ってないんだから、大丈夫じゃない?」

と一佳が言う。

 肩を抱くようにして話しかけている奴も……! みちるは、大丈夫なのか、引きつつも笑顔ではいる。

「いや、俺行ってくるわ」

和哉が向かった。

 この場でそうできる和哉が羨ましい。


「……てくれない?」

一佳が何か言った。

「あ、ごめん。聞いてなかった」

和哉の向かった先に意識が飛んでいた。

「だから」

一佳が繰り返した。

「この後、時間取って欲しいって言ったの」

この後? 今じゃなくて?

「話があって」

一佳にしては、言い淀む感じで。

 ちょっと、顔が、赤い……?

「……わかった」

コレは、拒むとよくないから。


 和哉が、みちるを連れてこっちに来た。いい仕事をするよな。











評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ