4 「無理」の意味。 〜 Michiru side
こんな、偶然。
驚いて、だけどなんだか嬉しい。ゼミの発表グループが、成沢くんも一緒だった。
一佳ちゃんが一緒なのは、とっても心強いし、話しやすくて気を遣ってくれる北野くんもいる。大林さんは、これまであまり接点がなかったけど、たぶん大丈夫そうな感じ。
恵まれたグループメンバーにほっとしつつ、課題の話し合いが始まった。
改めて自己紹介をして、どんな発表にするか話し合っていたんだけれど、
何故か成沢くんが話に入って来ず、ちょっとぼんやりしている様子で。
北野くんが声をかけると、慌てて謝っていた。
その後は、成沢くんも普通に参加していたけど、何かあったのだろうか。
ゼミの後、北野くんの声かけで、駅向こうのお店にパンケーキを食べに行くことになった。
北野くんは、お店のリサーチを済ませていたり、豆々しいと改めて思う。グループでもっと話しやすくなるような気遣い。ちゃんと女の子受けしそうなところを選んでくれてるし。
そして、グループ全員でやって来たカフェ『Dote'n』。
住宅街の一軒家の一階、外観もおしゃれだし、濃茶の木を使った内装も可愛い。小物や花がセンスよく飾られていて、入るだけでテンションが上がった。
住宅街にあるだけに、並んで待つような状況でもなく、五人連れでも運よく奥のテーブルが空いていた。
壁際に窓側から大林さん、一佳ちゃん、私と女子が並んで座り、向かいの窓側に北野くん、一佳ちゃんの正面に成沢くんが座った。
大林さんが、お店の名前について店員さんに確認していた。『Dote'n』って、溺愛って意味なんだとか。
メニューを見ても、凝っていてワクワクする。
『ラディベリー…過激にベリーベリー』『サンディミリオン…ココアの砂漠に溺れる生ホイップ』『スゥイービー…甘くて苦いアップルシナモンカラメル』………それぞれのパンケーキに名前がつけられていて。
どれにするか……迷ってしまう。
それぞれがパンケーキと飲み物をオーダーして、最後に、
『サンディミリオン』
オーダーが成沢くんと被った。
驚いて成沢くんを見ると、一瞬、目が合った気がした。
オーダーで成沢くんと声が揃ってしまったことを茶化されたり、大林さんが実は情報創作系のオタクだって暴露したり。
パンケーキがサーブされるまでの時間。大林さんは、結構喋るひとだった。そして、大林さんは、私が松田将暉と別れたことも、成沢くんが遥香さんと別れたことも知っていた。
一佳ちゃんが、「みちるはもうしばらく付き合わない」なんて言ってしまったので、大林さんが突っ込んで来て。
これまでいつも私が、無理だからって別れて来たことを話す羽目になってしまった。
話したり一緒にいるのが楽しい、その状況で告白されたら、お付き合いも大丈夫かもしれないって、思ってしまったり。
あるいは、向こうが強気で、これまでの延長だから、このまま付き合おうみたいに押し切られたり。
でも……。
恋人として触れ合えない。
それまで大丈夫だった肩に触れたりする軽い接触も、付き合い始めると、なんだか気持ち悪く感じてしまう。
手を繋ぐ、抱き寄せるといったことでも、もう悪寒が走る。
……キスなんて、絶対無理。
いわんや、その先も。
そんなの、付き合っていけるわけがない。
馬鹿みたいに繰り返して……ほんと馬鹿。
接触が無理、って呟くと、一佳ちゃんと大林さんは、仕方ないと頷いてくれた。
自分から好きになったら。好きな人なら、大丈夫なんだろうか。
もう、何人かとお付き合いしてきたのに、結局、私は誰も好きになれずにいる。
五人分のパンケーキが運ばれて来ると、食べるのがもったいないくらい、壮観だった。
何枚かパンケーキを写真に納めて、それから、大林さんが名前呼びを推奨して、グループ内の名前呼びが決まった。
そして口に入れた、……サンディミリオン!!
なにこれ。美味しい。
ココアパウダーがほろ苦いけれど、優しい甘さのホイップが後から包みこんできて。美味しい!
美味しさに幸せになって、ふと同じパンケーキを口に運んでいる成沢くんが目に入った。
成沢くんの、フォークとナイフの使い方が綺麗。
なによりカトラリーを持つ手が大きくて……長い指、少し骨ばった関節と手の甲に浮き出る筋が、男のひとなのに、綺麗な手。
嫌だ、ひとの手元凝視して、変に思われそう。
慌てて視線を逸らしたけど、大丈夫だったかな。
北野くんが、優羽の情報を蒸し返し、成沢くんが彼女と別れたことを突っ込んで。
彼女……遥香さんが、アオに「無理」って言って。
「それで、アオ、そっかわかった、って言ったんだろ」
和哉が言うと、
「だから無理って言われるんでは」
と優羽が続けた。
「ちょっとわかるかも。……遥香さんの気持ち」
一佳ちゃんが呟いた。
「好きな人にずっと好きになってもらえないのは、辛いから」
あ、れ?
一佳ちゃん……。彼氏、いるって言ってたよね。一佳ちゃんも、あんまり上手くいってなかったりするんだろうか。
「結局、アオは」
和哉が、少し忌々しそうに、
「本気じゃなかったってことだろ」
と言うと、
「そうだな」
成沢くんは、受け流すように薄く笑った。
成沢くんの笑顔が、胸に刺さる。
……ぜんぜん、大丈夫なんかじゃない。
「……本気じゃなかったら、付き合ったらダメなの?」
「みちる?」
思わず、声に出てしまってた。
だって、いつか、って食い下がって来られる。これから好きになってもらったらいいって。
だから、いつか、って自分でも期待して。そうして、始めるのに。
「……ごめん、用事思い出した」
席を立つ。
いたたまれなくて、無理。
「みちる!」
一佳ちゃんの声が背中に聞こえたけれど、そのままレジに向かう。
「あの、サンディミリオンのセット、一人分のお会計」
精算をしていたら、
「もう一人分」
横から、声がかかった。
サンディミリオンのセットの分だけを二人で会計する。
「出よう」
淡々と告げた成沢くんについて、店を出た。
秋の日暮れ。
住宅街の、車通りの少ない道に二人分の長い影が伸びている。ほのかな金木犀の香りが、影に寄り添って。
黙って、しばらく駅までの道を並んで歩いていた。
「成沢くんまで、出なくても」
ぽつりと言うと、
「……パンケーキ、残して?」
成沢くんは、もったいなかったな、とパンケーキを惜しんだ。
「まだ半分以上あったのに……」
すっごく美味しかったのに、残念なことをしてしまった。
「……これ」
成沢くんは、ジャケットのポケットからカードを取り出した。
“特別貸切ご招待”
「レジで、よかったらどうぞって、くれた」
”サンディミリオンを選んだカップル限定! 定休日の貸切にご招待“
印刷されたカードの裏には、手書きで日付が書かれていた。
「これ……来週の、祝日」
「空いてたら、行くか? パンケーキ、ちゃんと食べ損ねたし」
来週は、ゼミのある日が祝日で。
「カップル限定、って」
付き合ってもいないペアでも、いいのかな。
「別に、男女だったら、いーんじゃね?」
気にしなくていいと、成沢くんは言う。
「そうだね」
「じゃあ行くか」
「うん」
成沢くんの隣は、なんだか息がしやすい。
駅まで送ってくれた成沢くんは、
「さっきの店に予約確認したら、また時間連絡する」
と、言ってくれた。
「ありがとう」
「ん」
見上げると、成沢くんはちょっと目を細めた。
「まあ、あれは、俺のことだから」
だから藤崎が気にしたり、傷ついたりすることはないんだと、言葉に含めて。
「うん」
どうしても上手く恋にならない私たちは、どこか似ているのかもしれない。
いつか、誰かをちゃんと好きになったりできるのか、今は想像もできないけれど。
Dote'nで。パンケーキリベンジの約束をして、私たちはそれぞれの帰路についた。