3 「無理」の意味。 〜 Ao side
グループワークの選択は、週末までにネットでエントリー。各々自分がやりたいと思うテーマを、第一希望から第三希望まで選ぶようになっていた。
ゼミは水曜日で、週明けには教授からグループの発表が送られて来て。
三度目のゼミでは早速、グループに分かれて準備を始めることになった。
……こんな、偶然。もういいだろ。同じグループに、なるとか。
「改めまして、北野和哉です! グループでもよろしく!」
相変わらず、テンション高めな和哉。
「大林優羽です。よろしくお願いします」
と丁寧な大林は、女子の集団で後ろにいそうな、大人しそうなタイプ。
「野々宮一佳、よろしく」
さらりとクールな、野々宮は、よく藤崎とつるんでいる。
「藤崎みちるです。よろしく」
そして、どんな偶然か、藤崎。
「成沢碧。よろしく」
言いながら、内心は、ちょっとどころじゃなく気まずい。
電話の後、居酒屋で醜態さらした自覚があったし……。
いや、それでなんでひとの頭撫でるんだか、意味わからん……。
その後、一人で夜の繁華街の中を帰ろうとしていたのには若干焦った。野々宮あたりと一緒だろうと思っていた。
気になって、お茶しようと誘う女子たちを適当に放り出して、後を追ったら、案の定男に絡まれてるし。
送るって言ったら、昼間は別れ話を切り上げるために使ったくせに、居酒屋じゃ頭撫でて来たくせに、妙に遠回りだとか遠慮するし。
既に遠回りになってたし、なんなら走らされたし。いや、俺が勝手に走ったんだけど。
別れ際には、つい、距離近すぎ、とか、美人なんだからとかいらんことを口走って。
……俺は、何してるんだか。
「……アオ。アオイ!」
和哉の声に我に返る。
「お前、聞いてる?」
ゼミは、始まったばかりだった。
「ごめん、聞いてなかった」
割と正直に言うと、
「はあ? さっき自己紹介したところじゃん」
和哉は呆れ顔。
「悪い、それで?」
「だから、マーケティングによるキャッチコピーとCMSでのウェブコマーシャル作成にしようか、って」
和哉……盛上げ隊だけじゃなく仕事もできる奴。
藤崎がいて、張り切ってるのが見え見えだが、呆けていた俺の言えることじゃない。
方向性は、真面目な女子たちと和哉の協調で滞りなく決まっていた。
気まずいっていうのも、単に俺の気分。彼女の方は特に変わりなく、淡々としていた。
まずはコマーシャルする対象を何にするか。それからマーケティング対象の絞り込み。方法の選択。
決めることは、山程ある。
「マーケティングの手法も対象も、今から、俺たちだけでやるとしたら限られる。だったら逆に、やりやすいマーケティング対象を絞って、それをターゲットにしたモノにする方がいいんじゃないか」
「おお。アオもやる気を出してくれて、俺は嬉しい」
和哉は、何目線なんだか。
その後も意見を出し合って、その日のゼミは終了した。
「お嬢さん方、この後のご予定は?」
和哉が、やけに気取って尋ねる。
「駅向こうに、おいし~いパンケーキの店ができてるんだが、ご一緒して?」
「それ、もしかして『Dote'n』?」
大林が、食いついた。
「そー。女子がいないと入りにくい」
だから、お願い、と手を合わせる和哉。
くすくす笑いながら、
「私は、いいよ?」
藤崎が言い、
「私も」
と野々宮が首肯した。
「んじゃ、行くぞ、アオ」
いや俺が行くのは、決定事項なのか?
まあ、いいけど。
結局、グループメンバー全員で欠けることなく、パンケーキが美味いという店に行くことになった。
お目当てのパンケーキ屋は、駅向こうの住宅街の一角にあった。
自宅の一階部分を改装したのか、こじんまりとしたレトロカントリー調で、ウォルナットのテーブルや椅子が落ち着いた印象。花やアンティーク小物がセンスよく飾られ、確かに、男だけでは少々入りづらい。
「めっちゃ可愛い」
「可愛いね」
「うん」
女子は、店の様子だけでテンションが上がっていた。
そんな女子の様子を見て、俺に向かってこっそりピースする和哉。何がしたい。
それほど広くない店内だが、幸運にも一番奥の大きいテーブルが空いていて、そこに案内された。
メニューを見ると、うーん、写真と材料が書かれているから、選べるが……
「いらっしゃいませ。そちらのメニューから選んでいただくか、ご用意できるものでしたら、オリジナルも可能ですよ」
店員が、人数分の水のグラスを置きながら言った。
「パンケーキにネーミング、されてるんですね。素敵です」
大林が食いついて、語る。
「Dote'nって、溺愛って意味ですよね。メニューも、凄くそういう感じ」
キャラが変わってないか?
「ありがとうございます。お決まりになりましたら、お呼びください」
「……迷うなあ」
藤崎は、真剣な顔でメニューを睨んでいる。
「私はラディベリーに、ホットカフェラテ」
大林が決めると、
「私は、スゥイービーかな」
野々宮が言い、
「あ、俺も! アップルシナモン鉄板」
和哉が追随した。
俺は……、
『サンディミリオン』
藤崎と被った。
「うわ、なに、声揃えて」
「たまたまだろ」
「うん、成沢くん、意外に甘党?」
「……悪いか?」
そんなやり取りをしつつ、店員にオーダーを伝える。
「けど、店の名前の意味とか、よくわかったよなー」
和哉が何気に感心していると、
「あー、私、創作情報系のオタクなんで」
大林は、けろりと暴露する。
「こういうの、大好物。ちなみに、このグループも大勝利って感じなんだよね」
「大勝利?」
意味がわからん。
「うん。藤崎さん野々宮さんって、タイプの違う美人で、一緒に何かできるのってラッキーだし。ほんと目の保養。さらに藤崎さん、先週松田さんと別れたでしょ? で、成沢くんも遥香っちと別れたよね? なんかさっきのメニュー重なりとか、もうすっごい推せるって感じ」
弾丸のような大林の喋りに若干引きはしたが、堂々としていて、嫌な感じではない。
ただ、メニュー重なったくらいで、推せるって言われてもな……。なんなら、野々宮と和哉のメニューも被ってるし。
「めっちゃ情報入れて来たね」
「結構アンテナ張ってるんで」
「みちるはしばらく、付き合ったりしないと思うよ」
「野々宮さん、そこんとこ詳しく!」
大林が食いついたので、野々宮は藤崎を見た。
「ごめん、口が滑った」
「いーよ、一佳ちゃん。あのね。無理だってわかったから」
藤崎は、ちょっと気持ちを切り替えるように、言葉を切った。
「お付き合いしても、やっぱり無理って、ほんと申し訳ないことしてたな、って」
「でもさ、付き合ってみないとわからないってことないかな?」
和哉が、目が無くなるのを防ぐためか、食い下がる。
「うん、そう思って、今までオーケーしてたんだけど、ね」
まあ、その結果が、長続きしないレッテルだからな。
「ね、何が無理なのかって、聞いていい?」
大林も食い下がるな。
「……接触?」
藤崎の声は、ほとんど聞き取れないくらい小さかった。
「あー、それは、無理」
女子二人、うんうんと頷く。
「だから、みちるは、みちるが好きになったひとと付き合わないと」
野々宮が結論づけた。
女の「無理」は、男の事情とは違うよな。けど、俺が言われた「無理」も、藤崎の「無理」とは違うんだろう。
それぞれの前にオーダーしていたパンケーキと飲み物が置かれた。
「食べるの、もったいないね」
そんなことを言いながら、スマホで写真に撮って。
「大林さんのベリーは、やっぱり一番華やかだね」
野々宮が言うと、
「あー、もうオオバヤシじゃなくて、優羽でいいよ」
呼びにくいでしょ? と大林。
「じゃあ、私も一佳で」
「私も、みちるで」
「俺も、いい?」
そこへ便乗する和哉。
「北野くん、名前なんだっけ?」
「ひっどいなあ、もう。和哉だよ」
「ごめんごめん、和哉ね」
野々宮にいじられている。
「コイツは、アオね」
勝手に言うな。
なし崩しに、グループ内の名前呼びが決まった瞬間だった。
パンケーキ『サンディミリオン』は、トッピングに生ホイップが乗り、その上からこれでもかとココアパウダーがかかっていた。
ココアの砂漠に溺れるホイップ、ってコンセプトらしい。
それほど甘くもなく、ココアのほろ苦さの方が若干強め。結構好み。
……うま。
「そういえば、アオ」
それまでアップルカラメルシナモンに黙々と食いついていた和哉が、不意にこっちを向く。
「さっき優羽ちゃんが、遥香っちと別れたとか言ってなかったっけ」
……優羽ちゃんで遥香っちって。また和哉は、いらん情報を蒸し返す。
「俺、聞いてないんだけど」
「いちいち言うか」
「さては、振られた?」
「……」
「図星か」
「俺も、無理って言われた」
仕方ない、話題提供に回るか。
「遥香っちに?」
突っ込む大林に、だからなんで遥香っちって友達かよと心で突っ込み返しつつ、
「そ」
適当に答える。
「それでアオは、そっかわかった、って言ったんだろ」
和哉が言うと、
「だから無理って言われるんでは」
大林が繋ぐ。
「……ちょっとわかるかも、遥香さんの気持ち」
いやいや野々宮まで。
「好きなひとに好きになってもらえないって、辛いから」