2 「無理」が重なる。 〜 Michiru side
急に決まったゼミの懇親会。バイトも入ってなかったし、参加した。
大勢でワチャワチャしている方が、今日はいいかもって。
一佳ちゃんもいるし。
最初はやっぱり、女子同士で固まっている。女子の集団は苦手なんだけど。
「今日、藤崎さん、成沢くんと一緒に来てたでしょ?」
テーブルの向かいに座った女子に聞かれた。
「ああ、ちょっと意外。前から接点あったっけ?」
その隣の子が相槌を打つ。
「ううん、ほんとにたまたま……」
「なんだ、そっか」
「うん」
説明する気も起きない、居心地の悪さ。
しばらくして、ゼミのグループワークや研修旅行に向けての連絡とか必須ってことで、コミュニケーションアプリのID交換をすることになった。
「ちょっと待って、電源入れるから」
焦ってスマホを操作していると、
「みちる、電源って、また?」
一佳ちゃんが、呆れたように声を上げる。
一佳ちゃんは、中学からずっと一緒で心強い友達。ベリーショートの見た目はボーイッシュで、性格も男の子みたいにサバサバしている。
電源を入れた途端、振動が続く私のスマホを横目に一佳ちゃんは、
「もう、さっさと消去しとけばいいのに」
と仕方のない子を叱る親みたい。
「そうなんだけど、すぐゼミで懇親会でって、そんな時間なくて」
言い訳をすると、
「もしかして、今日別れたの?」
一佳ちゃんは、少し声を落とした。
「うん……お昼に」
「まあ、そろそろ無理そうかなって思ってたけど。でも向こうは、すんなり納得しなかったでしょ」
「うん、なんか言い合いになっちゃって」
「それで、よくゼミに来れたよね」
「偶然、成沢くんがいて、振り切ってそっちに」
カフェ前での顛末を簡単に説明した。
「あーー成沢かあ」
いいところに適材がいたね、と一佳ちゃんは続けた。
「成沢の前で、あんまりみっともないところ見せたくないよね」
成沢くんは、結構目立つ。長身で手足が長くてスタイルがいい。サラサラの薄めの茶髪は、たぶん天然。
そして何より……顔がいい。
ファッション誌のモデルとか、実はやってますって言われても納得しちゃうくらい。
今は元カレ、の将暉に、別れ話をして、食い下がられて。
二限後の昼休み。カフェの外のオープンスペースで、ちゃんと話すつもりだったのに、向こうは、納得できないって、そればっかり。
ちょっとヒートアップして来て、もう不味いなって、そんな時。
成沢くんが目に入った。
プライドの高い将暉なら、きっと、成沢くんの前で醜態を晒し続けるのは許せないはず、と。
成沢くんのスペックを、利用させてもらった。
起動したスマホには、メッセージの通知が幾つも入っていた。
最新のは、やっぱり将暉からで、
『何がダメだった?』
……そういうとこ。
「なになに? 二人で」
他の女子から声がかかる。
「あー、別に」
一佳ちゃんが誤魔化す。
ID交換を終え、食べ物も幾つか出てしまうと、席を立って移動する子が増えて来た。
「今度は、みちるが好きになった人と付き合いなよ」
一佳ちゃんが言った。
そう、いつも何故か押し切られて付き合って。結局、やっぱり無理になる。その繰り返し。
「うん」
わかってるんだけど、な。
「楽しんでる?」
旗振り役の北野くんがやって来た。
「飲み物、大丈夫? フリーだから、どんどん頼んじゃって」
豆々しい。
一佳ちゃんが、お手洗いに立って、北野くんが来て、そうしたら、いつの間にか周りが男子ばかりになっていた。
「グループ分け、どうするかな」
「やりたいテーマに手を挙げるのがいいんじゃね?」
「発表、結構大変って、先輩から聞いてる」
みんなが、真面目にゼミのことを話し合っていて。
女子ばっかりで、探り合いみたいな状況よりは、ずっと楽だった。
お手洗いに立って、元のテーブル席の部屋へ戻ろうとしていたとき、廊下で成沢くんと鉢合わせした。
外から戻って来た様子の成沢くんに、
「出てたの?」
と尋ねると、スマホを翳して、
「電話」
と返された。
成沢くんの雰囲気が少し、陰っているような気がした。
しかも、急な通話の後。何かあったのかと心配になった。
「大丈夫?」
と聞いたら、濁されたので、不幸なお知らせではなさそうと少し安心したんだけれど。
「無理って言われた」
え、それ……って。
「別れた」
いっそなんでもないことのように、成沢くんが溢した言葉。
「……そっか」
なんにも、言葉が見つからず、ただ。
無理だから、って、私の別れ話に偶然巻き込んでしまった成沢くん。彼が、同じ日の夜に同じことを言われて、彼女と別れることになるなんて。
「そういうの、わからん」
成沢くんが言った。
たぶん、何が無理で、こうなったのか。それとも、付き合うってことが、どうして上手く行かないのか。
私にも、わからない。
だから、また繰り返して。
見上げた成沢くんが、ちょっと無理して笑っているように見えた。
「……ね、ちょっと」
「なに?」
お願い、
「屈んで」
届かないから。
居酒屋チェーンの廊下。飲み会の喧騒は、変わらず響いているのに。私の耳には、どこか遠いスクリーンの向こうの音のようで。
突然の指示に、
「なに」
と言いつつも従って、成沢くんは廊下の端にしゃがんでくれた。
そっと。
成沢くんの頭を撫でた。
成沢くんの髪は、想像以上にさらさらで柔らかくて。
ずっと撫でていたいくらい。
でも、それは、ほんの数秒。
成沢くんは、慌てて立ち上がった。
「なん……いったい」
背を向けた成沢くんの耳が、赤く染まっていた。
「藤崎」
呼びかけて来た成沢くんの声が硬い。
「むやみに触るな」
「あ、ごめん」
そうだよね、急に撫でられたら、びっくりするよね。
「いや、俺は別に……」
成沢くんは振り向いて、言いかけて口籠った。
「ほんと、ごめん」
「も、いい」
成沢くんが、小さなため息をついて、
「戻るぞ」
とまた背を向けた。
成沢くんと少し間を空けて、元の席に戻った。
「そろそろ、お開きでーす」
北野くんが、声を上げている。
「二次会行くひとー」
わらわらと賛同するメンバーがいて。
「あれ、アオ、行かない?」
成沢くんの側にいた男子が、彼を小突く。
「んー、今日は、いいわ」
成沢くんは、あっさり。
「お前が来ないと女子が減る」
「……アホか」
軽く小突きあって。
男子同士は屈託がなくて、羨ましい。
「みちるは?」
「うん、帰るね。一佳ちゃんは?」
「今日は、パスかな」
一佳ちゃんは、お家の都合で春から大学近くに下宿している。元の実家だと家が近かったんだけど。
帰る子たちも家の方面が違うから、地下鉄に向かうのは、一人かな。
店を出て、二次会に向かう集団を送り出し、帰宅組はそれぞれ自分の使う駅に向かう。
地下鉄の駅は、何気に一番遠くて、ぼっちで帰るのはちょっと辛い。この時間の繁華街は、結構絡んで来るので。
できるだけ、早足で歩く。
「あれー、お姉さんひとりぃ?」
「ねーねー、ちょっとだけ」
酔っぱらい。
「入って行かない? お姉さんなら大歓迎されちゃうよー」
「今なら半額!!」
客引き。
「ねぇ、ちょっとだけでいいからさ、お茶でも付き合ってよ」
酔っぱらい? ナンパ?
「無視しないでさあ」
……ついて来る。しつこい。
いい加減、しつこい。
「藤崎!」
後ろから、聞き覚えのある、声がして。
本当に絡まれそうになっているところに、成沢くんが走って来た。
「なんだ、男連れか」
「……期待もたすんなや」
捨て台詞がかかる。持たせてないし。
「送ってくよ」
荒い息を無理やり押し込めて、成沢くんは言った。
「え、と。成沢くんは、確かJRだったんじゃ……」
促されて、一緒に歩き出したものの、なんで成沢くんがわざわざ来てくれたのか、混乱した。
「二次会じゃなくて、お茶しよって」
帰り際に成沢くんを囲んでた女子たちが言っていたし。
「本気で帰るから、って、置いて来た」
「だったら、何もこっちに……」
JRとは逆方向なのに。
「藤崎、ひとりだったから」
そういうの、気づくんだ。
「でも、わざわざ……」
「いいから。駅まで、行く」
この話は、終わりとばかりに成沢くんは言い切ったのだった。
地下鉄の改札への入り口まで来て、もう充分だったのに、成沢くんは、先に階段を降り始めた。
成沢くんが追いついて来てから、ここまで、ほぼ無言。
重い沈黙ではなかったけれど。
そして、改札前の広い空間に出た。
「余計なことかもしれないけど」
成沢くんが、言った。
「藤崎、距離近すぎ。男に勘違いされても仕方ない」
前に、一佳ちゃんにも指摘されていたことだけど。
「……美人なんだから、自覚しろよ」
言いながらちょっと笑って、成沢くんは私の頭を軽く撫でた。
「じゃあ、気をつけて」
その言葉に背中を押され、私は改札を抜けた。
「成沢くん!」
振り返ると、まだ彼はそこにいた。
「ありがとう」
今日は、ずっと。
微かに頷くと、成沢くんはJRの方へ歩いて行った。