19 きみに解ける 〜 Ao side
プレゼミのお疲れ会から、みちるの様子にちょっとした気詰まりを感じていた。
メッセージもするし、なんなら通話もしたりしているけど、必修のテストがあったりで会えない日が続いて。
ディクルーズが、ちょっと久しぶりの対面で、しかもお洒落したみちるに俺は、どこか緊張していた。
船内に入って、コートをクロークに預ける。みちるの白いコートもちょっと妖精めいて可愛いかったけど……!
……ドレスは、反則だろ。
「みちる、……ドレス似合ってる」
それだけ言うので、精一杯。
シャンパンゴールドのドレスは、上半身は綺麗な身体の線に沿って、スカート部分が幾重にか重なってボリュームを出すタイプ。
「あー、このまま降りて、二人でどこか行こっか」
いつも以上に綺麗なみちるを誰にも見せたくなくて、思わず口にしていた。
「まだ出航前だから……今なら」
俺が呟いていると、
「タラップのところに、和哉と受付の人たち、いるよ?」
みちるは不思議そうに返してくる。
「……冗談。本気だけど」
思わず、手を伸ばしかけて……。危ない……抱きしめたいけど……意志の力を総動員して、その手を止めた。
「ごめん、ちょっと制御緩くなってる」
俺は言い訳しつつ、エスコートの体でみちるの手を取った。
クリスマス仕様のメインダイニングで、パーティーは進んだ。内実は大規模な合コンなんだろうが、そういうのは無視してみちると離れずにいる。
こういう時には、泡よくばって輩がいるものだし、牽制しておいて悪いことはない。
それでも、流石に化粧直しには着いて行けず。廊下まででも、と言ったけど、みちるにやんわり断られた。
みちると離れてしばらくして、
「碧センパイ」
と、声をかけられた。
上原か……。
「彼女って、藤崎サンなんですね」
上目遣いで、俺を見上げてくる。いかにもな露出の多い赤いドレス。
「……それが?」
「だって、藤崎さんじゃ、何もさせてくれないでしょ」
ああ、そういうことを言いたいのか。
俺が黙っていると上原は、勝手に話し続けた。
「長続きしないって有名だし? 元カレって人が、なんにもヤラせてくれないまんまってボヤいてましたよ?」
……聞き出したコイツもだが、そういうことを話す相手も大概だな。
まあ、今までの付き合いは……向こうから、で。そういうのも込みではあったけど。
だけど、今の俺は。
「だから、私だったら……! 碧センパイを満足させてあげられると思うんです」
上原は言いながら、抱きついてこようとした。
咄嗟に、上原の両手を掴んで突き放す。
「センパイ……」
「ごめん」
謝るのも、どうかと思うけど。
とにかく、いらない。
俺が欲しいのは、みちるだけ。
「ずっとお預けでいいんですか?」
……言うね。
いいってことはないけど。
「本気だからね」
上原が、それ以上絡んで来ないよう、釘を差した。
みちるの戻りが遅い。
気になって、尚も何か言いたそうな上原に、
「とにかく、彼女以外はいらないから」
きっぱり言い切って、メインダイニングを出た。
廊下に和哉がいたので、声をかけた。
「休憩中?」
「おう。スタッフ大変だわ」
「みちる、知らない?」
「みちるちゃんなら……さっき、ダイニングに戻ったけど?」
さっき、って、いつだ?
少なくとも上原を振り切った後は、みちるの姿を見ていない。
だったら……!
俺はメインダイニングに戻り、右手の扉からデッキに向かった。
冬の午後の海は、晴れていても冷たく見える。彼女は、一人そんな海を眺めていた。
「みちる」
そっと声を掛ける。
「冷えるよ」
上着を脱いで、デッキの手すりに両手をつくみちるの肩に羽織らせる。
「アオが、寒くなるよ」
みちるは、こっちを向かない。
「いいから」
「……ありがと」
みちるが何も言わないので、俺も黙って傍にいた。
冬空の下、今日はあまり風がないとはいえ、少しずつ冷えてくる。
「アオ」
「ん?」
「さっき……ボブヘアの赤いドレスの女の子と」
上原のこと? 見てたのか?
「何もないよ」
「……嘘。だって、抱きつかれて……」
「あー、全力で拒否した」
俺が言うと、みちるはやっと俺を振り向いて、
「全力で、って……」
なにそれ、とくすりと笑った。
「思い切り避けたから」
重ねて言う。
「俺は、みちるしかいらないから。そう言った」
「そ、んなこと……」
一気に顔を赤くする、みちる。
あー。耐えろ、俺。
「ごめん」
「え?」
「みちるを不安にさせたかもしれないのに……」
嫉妬してくれたのかと思うと、
「不謹慎だけど嬉しい」
正直に言ってしまった。手を出せないぶん、せめて言葉では。
と、その時。
……え?
……嘘、だろ。
みちるが、俺に身体ごと飛び込んで来た。
「アオ」
小さく震える声で。
「……ぎゅ、ってして」
そんなことを、言う。
「……みちる?」
抱きしめて、いいってこと?
「……だいじょうぶだから」
言いながら震えるみちるを、そっと抱きしめる。
「みちる、冷たくなってる」
「うん」
「寒くない?」
「……さっきまで、寒かったけど……いまは」
「無理、してない?」
「……アオなら、平気。だいじょうぶ」
俺の腕の中で、俺のジャケットを羽織って、俺を見上げてほんの少し涙目で見上げてくる、みちる。
どうしよう。
……ほんとに、どうしたいの。
落ち着け、俺。とりあえず、頑張れ俺の理性。
だいじょうぶ、って言われたからって、がっつくのは、無し。みちるが引かないよう、少しづつ、だ。
自分に言い聞かせつつ、腕に力が入り過ぎないようにする。
「……いや」
みちるが腕の中で俯いて、
「あんなふうに、アオが触れられるのは、嫌」
小さな声で言った。
「うん」
ごめん、気をつける。
「ずっと自分で無理って言ってたのに、こんなこと思うなんて……って、本当にどうかと思うけど」
伝えようとしてくれる、みちるの言葉。
「だけど、アオは、違う」
「うん」
「手を繋ぐのだって、気持ち悪くなったりしない。ずっと大丈夫だったし、むしろどきどきして……」
「アオが、好き」
……みちる。
「ずっと、一緒に、いたい」
俺も。
どこか吹っ切れたようなみちるの、破壊力が半端なくて。
腕の中で、見上げられたら。
……もう。
そっとみちるの髪を撫で、頬に手を添えて。
気がつけば、
唇を重ねていた。
柔らかな感触に、我に返り、
「あ……ごめ……」
しでかしたことに焦って謝ろうとすると、みちるは小さく首を振って、
「謝らないで」
と言った。
みちるは離れようともせず、逆にそのまま俺の背に手を回して胸に顔を埋めた。
「……みちる?」
「恥ずかしい、だけだから」
「……うん」
……あー、なんだ、これ。
ほんの一瞬、軽く触れ合っただけなのに。
まるで、初めてのような。
こころが、震えて。
……言葉に、できない。
ぎゅっとみちるを抱きしめる。抱きしめて……もっと閉じこめたい。
「……アオ」
「ん」
「ちょっと、くるし……」
なんとか身じろぎしようとするみちるを慌てて解放する。
「ごめん、なんか……思いあまって?」
「思いあまって?」
みちるが不思議そうに俺を見上げてくる。
「あー、もう。いいから」
照れていたはずのみちるに、くすりと笑われ。
「俺も、好きな子と……こんなふうになるの、初めてだから」
こどものように伝えると、みちるは綺麗に微笑んで、
「初めてどうし、だね」
と言った。
「そろそろ、戻ろうか」
本当は、ずっとこのまま……抱きしめていたいけど。
これきり、じゃないよな?
みちるから、大丈夫って言ってくれたんだし。
「もう少し」
「もう少し?」
「ふたりでいたい」
あーーー。また、そんなことを。
「みちる」
「うん」
「俺を試したいの?」
「え?」
やっぱりわかってないよな……。
「明日も、会えるんだし。その格好でこのままデッキにいたら、風邪ひく。中に、入ろう」
ディクルーズも、あと少ししたらお開きのはず。そう言って、俺は、暖かいダイニングにみちるを促した。
これからは、そばを離れないと決めて。