18 変わる温度 〜 Michiru side
「ねえ、二人っていつから付き合ってるの?」
化粧室に入って来て、声を掛けてきたのは、別グループの女子二人連れ。
プレゼミのグループ発表が終わり、大学近くの居酒屋でお疲れ会をすることにになって。
アオがなんだか付き合っているアピールをするし、そばにいさせたがるので、甘くてくすぐったい気持ちでいたところだった。
何度かは話したこともあるような……。別グループだったし、あんまり接点もなかった子たち。
「……最近?」
私は、場を保たせるために適当な返事をした。
「前に成沢くんと一緒にゼミに来てて、聞いたときは、藤崎さん、たまたまって言ってたのにね」
一方が言うと、
「あ、そうだね、あのときは」
応えようとしたら、被せるようにもう一方が言う。
「グループ一緒だとそういうこともあるんだ」
やっぱりこういう女子って、苦手かも……。
手を洗い終えた私が、軽くお先にと言って化粧室を出ようとすると、
「今度は長続きするといいわね」
とにっこり笑って言われた。
長続きしない、藤崎みちる。そう呼ばれていてることは知っている。
今度は大丈夫、そう思ってお付き合いして、やっぱり「無理」を繰り返してきたから。
アオは、違う。今までとは違う。
好きになって、告白して貰えて、すぐには頷けなかったけど、それでも。
一緒に、いたい。
アオが、好き。
アオも、すごくすごく大事にしてくれる。
でも、私は……?
アオに、ちゃんと返せているのだろうか。
お疲れ会がお開きになり、アオと帰る。
私は駅までのつもりだったけど、アオは、また反対方向になるのに一緒に電車に乗って、地下鉄の駅まで行くと言ってくれた。
「今日はいいよ?」
と言うと、
「俺が、離れがたいから」
って。
繋いだ手に、一瞬だけ。きゅっと力がこもって。本当に離れがたいと、伝えてくれようとしてる。
嬉しくて、胸がきゅうっとなって。
「ありがと」
私は、そう言うだけで、精一杯だった。
「ディクルーズと続くけど」
「うん」
「二十四日も、空いてる?」
「……うん」
「じゃあ、空けておいて。クリスマスイブ」
「うん」
二十三日のディクルーズに続いて、イブの約束をした。
イベント事もちゃんと押さえてくれるアオ。そんなアオに、クリスマスプレゼントはどうしよう。
「そんなの、ねえ」
一佳ちゃんは、隣に座る優羽ちゃんの顔を見る。
「あー、ベタだけど」
うんうんと頷く優羽ちゃん。
昼下がりのカフェは、大学近くということもあって、平日でも割合混んでいた。
お付き合いしたことは何度かあっても、いわゆる彼氏にプレゼントということをしたことがない私。そして、相談できる女友達も他にいなくて、結局、一佳ちゃんに泣きついてしまった。
「振られた女に聞く話じゃないわよ」
と、文句を言いつつ、なぜか優羽ちゃんも呼び出して、私に付き合ってくれる一佳ちゃん。
「アオは、一緒にいられるだけで満足そうだけどね」
優羽ちゃんは、屈託なくそう言ってくれた。
「何かあげたい、っていうなら」
アイスコーヒーに入れたストローで氷を突きながら、
「みちるのステップアップが一番なんだろうけど」
と一佳ちゃん。
「無理はしなくても。……とすると、手作り系?」
「私だったら、パスかな。アオは、みちるからだったら、きっと何でも喜びそ」
「うーん、一緒に何か買いに行って、お互いに贈り合うとか」
「コスメとか小物とかね。まだ好みとか把握しきれてないだろうから、その方がいいかも」
……なるほど。参考になります。
「ちなみに、まだ無理そうなの?」
一佳ちゃんが、聞いてきた。
付き合ってあげてるんだから、それくらい教えてもいいでしょう、とでも言いたそうな圧で。
「あー、それそれ。手は繋いでたよね」
「ばっちり恋人繋ぎしてた」
優羽ちゃんが盛り上がり、どこまで大丈夫なのかと突っ込んでくる。
「ハグは?」
「……まだ」
正面からは、ない。京都のときは、帯越しだったし。
「あー、アオ、ヘタレ」
「や、私が」
「うんうん、大事にされてるよね」
「うん……」
私が言葉を濁すと、
「嫌じゃないんでしょ?」
と一佳ちゃん。
「……わからない」
手を繋いでも。指を絡めても、嫌じゃなくて。でも、それは、アオが、すごく気を遣ってくれているからだと思う。
「ま、後は、きっかけ次第でしょ」
「だねー。また、聞かせて」
優羽ちゃんは、ふんわり笑った。
「でも、無理は禁物だよ?」
そう言って。
いよいよディクルーズの日。
待ち合わせは、地下鉄とJRの駅がある京都に行ったのと同じところ。
アオが、何かにつけ送ってくれたりするので、会うのも別れるのもここ。
シャンパンベージュのワンピースとワンストラップのパンプスに、白いコートを着て来た。
インフォーマルだから、お洒落してきてね、と、主催側の和哉が言っていたので、髪も巻いてハーフアップに華やかめのリボンバレッタをつけて。
アオは……。アオは黒のロングコート。ボルドーのロングマフラー。足元は黒いパンツと革靴。たぶん、ブラックスーツなんだろう。
「お待たせしました」
アオが格好よすぎて、何故か丁寧語になってしまった。
「なに、それ敬語?」
アオが、くしゃっと笑う。
「行こっか」
ここから南に歩いて、港へ向かう。
プレゼミのグループ発表の結果は、三位で、悪くないって感じ。その後、単位のかかったテストが続いていて、アオに会うのもちょっと久しぶりだったりする。
「寒くなったねー」
十二月も終わりが近づいて来て、急に寒くなって来た。
クルーズ船の波止場には、お洒落した学生達が集まっていて、すぐにディクルーズの船がわかった。
タラップの手前で受付ブースを作っていて、主催のサークルメンバーがチェックして参加者を通している。
「アオ! みちるちゃん! こっち」
和哉がこちらに気づいて、手を上げた。
アオと二人、受付のチェックは無しで、
「タラップ上がって、船内、突き当たりにクローク用意してるから」
と、和哉が通してくれる。
「楽しんで!」
コートを脱いで、クロークに預けると、アオがこちらを見ていた。
「みちる、……ドレス似合ってる」
目を細めて言われ。
アオも、ブラックスーツを着こなしていて、非日常な雰囲気にドキドキする。
「あー、このまま降りて、二人でどこか行こっか」
アオが言う。
「まだ出航前だから……今なら」
「タラップのところに、和哉と受付の人たち、いるよ?」
「……冗談。本気だけど」
そう言いながら、アオは、私に手を伸ばして、……でも、その手を止めた。
アオ?
「ごめん、ちょっと制御緩くなってる」
アオは苦笑混じりで、今度は私の手を取った。
船内のメインダイニングは広く、キラキラしたクリスマス仕様に飾りつけられていた。
ランチとデザートのビュッフェは品数も多くて豪華。
参加型のクイズやゲーム、プレゼントをかけたビンゴなどで盛り上がった。
その後は、クルーズ終了までフリータイム。
化粧直しでアオから離れて、ダイニングへ戻ろうとしていたとき、
「藤崎さん」
声を掛けられた。確か、去年語学で一緒だった……、
「時田だよ、覚えてる?」
思い出そうとしていると、先に名乗られた。
「あ、うん」
将暉ともよく話してたから、何度か話したこともあったはず。
「藤崎さん、ずっと成沢といるよね。付き合ってるの?」
「あ……うん」
返事をすると、時田くんは、ふうんと頷いた。
「将暉と別れたの秋だったよね。もう別の奴と付き合ってるんだ」
何が言いたいんだろう、この人は。
「じゃあ、俺、成沢の次でいいから」
な……!
「うん、同時でもいいけど、どう?」
と近寄って来るので、悪寒がした。
「結構です。そういうの、無理だから」
きっぱり言うと、
「そっか……まあ、想定内だから、いいけど」
時田くんは、あっさり流した。
「ごめんなさい、じゃあ……」
彼の横を抜けて、ダイニングに戻ろうとすると、時田くんは体をずらして、私の前を遮った。
「もうちょっと、おしゃべりしようよ」
……何、どういうこと?
「できるだけ引き止めてって言われてるんだ。まあ、俺もあわよくばって思ってたけど」
「……通して」
「まだだよ」
「通して」
押し問答していると、
「みちるちゃん?」
和哉がダイニングから出てきた。
時田くんが和哉に気を取られた隙に、さっとダイニングへ戻る。
時田くんの舌打ちが聞こえたけれど、無視した。それ以上絡むつもりもなさそうだし。
和哉、何故かいつもタイミングがいい……。助かってる。
「いつもありがとう」
小声で、和哉に感謝を伝えた。
ダイニングでアオを探すと、アオの傍にボブヘアの女の子がいた。
「だって、藤崎さんじゃ、何もさせてくれないでしょ」
彼女が言うのが聞こえてくる。胸元を強調する結構大胆なドレス。
「だから、私だったら……! 碧センパイを満足させてあげられると思うんです」
言いながら、抱きついて……!
いや……!
嫌だ。アオに、触れないで。
アオは……。
見ていられず、私は即座に回れ右して、ダイニングからデッキへ出た。さっきの出口は、まだ時田くんがいるかもしれないし。
彼女の時間を作るために時田くんが動いてた?
なんだか、もう。
私の、「無理」とか。これまでの「長続きしない」レッテルとか。そのせいで、今、アオと一緒にいても外から、あんなふうに言われてしまう。
人気のないデッキで、収まるところのない気持ちを抱え、私は冷たい青の海を眺めていた。