17 変わる温度 〜 Ao side
月末の月曜三限は、所属しているイベントサークルの定例で、次月の計画を立てるため、サブキャンパスのコワークスペースに集まることになっていた。
と言っても、緩い集まりなので、もともと登録メンバーの割に参加する人数は少ない。イベントにだけ参加するメンバーがほとんど。
俺も後期に入ってからは、ほとんど参加出来ておらず、定例どころかイベントにも出ていなかった。
「碧センパイ、なんかお久しぶり、ですね」
声を掛けてきたのは、一年の、確か上原だったか。
「もう十二月ですよ? 来月は絶対来てくださいね」
そう言いながら、俺の顔を見上げてくる。
あーーー、こういう、タイプ、ね。
面倒になった俺は、
「和哉、悪いけど、後の手続き任せる」
近くにいた和哉に言って、鞄を持ち上げた。
「え、手続きって」
食い下がる上原に、
「サークル、辞めるから」
俺が言うと、ワークスペース内がざわついた。
「え、碧センパイ、辞めちゃうんですか?」
「最近来られてなかったけど、でも」
一年の、女子の塊が次々と声を上げた。
「これからは、もう来れそうにないから」
講義と課題、バイト。来年からは、就活も。その中で、自由にできる時間の使い途は、もう決まってる。
「はい、アオ、自分で書いて」
和哉は俺に、自分でやれと届出用紙を投げてきた。
「アナログ」
「ワザとだろ」
まあ、デジタルで済ませられるなら、こんな風に顔出しすることもないからな。
俺は、引き留めようとする喧騒の中でさっさと書き終えると、和哉に渡した。
「じゃあ、アオちょっと来て」
三年は就活もあるから、今の運営は二年中心、和哉がサブリーダーになっている。
和哉は、俺を連れ廊下に出た。
「アオ、辞めるの、来月末な」
は? 既にほとんど参加できてないのに? 納得できず和哉に顔を向けると、
「来月二十三日、イベントやるから」
和哉は、コワークスペース横の壁に貼られたポスターを指差した。
「手伝わなくてもいいから、参加だけして」
それから声を落として、
「最後に、女子集め協力して。参加費も無料でいい。なんなら、みちるちゃん連れて来ていいから」
と、一気に頼み込んできた。
クリスマスディクルーズ。引退したはずの四年生主導で企画されたらしい。大学中に告知している、要するに、出会いイベント。
「アオは、絶対参加させろって言われてるんだ」
はあ……。
「……わかったよ」
和哉には、まあ少しばかり気持ち的に借りがあるし。
一旦、和哉とコワークスペースに戻る。
「アオ、ディクルーズは参加してくれるって!」
と、和哉が声を張ると、悲鳴のようなざわめきが広がった。男子部員は背に腹の体で、苦笑混じり。
「それで最後ってことで」
と、俺は伝えた。
コワークスペースを出て、図書館に向かって歩いていると、
「碧センパイ!」
上原が、追いかけて来た。
結構大声で呼び止められたので無視するわけにもいかず、立ち止まる。
「あ、あのっ」
「なに?」
「遥香センパイとは、もう終わったって」
遥香も同じサークルだったから、な。だけど、だから?
「それ、上原に関係ある?」
自分でも、割と冷たい言い方になったと思う。だけど、
「あります!」
上原は食いついてきた。
「私、ずっとセンパイのこと……」
皆まで言わせず、
「俺、彼女いるから」
と伝えた。受けられないものを引き延ばしても仕方ない。
一瞬、目を見開いて固まった上原だったが、
「いいです、それでも。時々でもいいから……」
は? それでも、いい?
「だって。碧センパイ、サークル辞めちゃったら、接点なくなちゃうし」
「悪いけど、そういうの、無理だから」
結構グイグイ来るので、すっぱり切るしかないかと断った。
「ごめん」
それで、上原は黙り込んだので、この件は終わったと思っていた。
この時は。
いよいよプレゼミのグループ発表。
マーケティングは対象を自分たちと同じ大学生にしぼり、ネットアンケートをもとにして行った。
CMSで大学のサイトに挙げられるウエブコマーシャルもなんとか作成、アナウンスはみちるが担当し、いい感じに仕上がったと思う。
発表の後は、次週までに、それぞれの感想や採点などをレポートに仕上げて提出することになっている。
それに教授の点数が加算されて結果が出されるので、次週は提出だけで終わり。十二月二週目が結果でプレゼミ最終日とのことだった。
「結構、頑張ったよね」
メンバーで自賛しつつ、
「これはもう、お疲れ会でしょ」
と和哉が声を上げる。
お疲れ会賛成の輪が広がって、結局、ゼミ生ほぼ参加の宴会へとなだれこむことになった。
お疲れ会は、大学近場の大手居酒屋チェーン。早めの時間とはいえ、この人数が入れるところは限られてくる。
和哉のいるうちのグループは、全員参加。プレゼミ後は予定を入れてないのが、バレているし。
「みちる、こっち」
隣を指定して、みちるを座らせる。壁際で、隣は俺。
「え、藤崎さん、なんで、そんな奥に」
どこからか声が上がる。もちろん男。だから、もう。
「うわ、アオ、分かり易すぎ」
和哉が囃す。
「え、なに?」
「もしかして」
「そういうこと?」
みちると俺が付き合っていることを、むしろ周りにわからせたくてやっている。
「みちる、バレても、いいよな?」
ごめん、事後承諾だけど。
「あ、うん」
少し恥ずかしそうに俯くみちる。
あー、そういうの、他に見せないで。
「うわあ、そうなんだ」
ゼミ生に伝播して。できるなら、みちるを気にしている奴ら全員に伝わって欲しい。
「なんか、アオ、ちょっと変わったね」
苦笑混じりの一佳に、
「まあ、ちょっと余裕なくて面白いね」
と優羽。……好きに言ってろ。
「クリスマス前に、イベントやるよ! SNSやポスターで知ってるかもしれないけど、クリスマス・ディクルーズ!!」
和哉は、お疲れ会を利用してのイベント周知に余念がない。
「非日常!! オシャレして、船上パーティー! 絶対楽しいって」
和哉の押しの強さに苦笑しつつ、プレゼミのメンバーたちも結構惹かれている様子。
「ちなみに、アオは、参加です!」
和哉がドヤる。
いや、それ……ここで付き合ってるアピールしている俺が参加したところで、起爆剤にはならないんじゃ。
「いつ?」
イベントの日程を隣のみちるから聞かれる。
「あー、来月の二十三日。みちる、空いてる?」
「……うん」
「できれば……みちるも来てほしい」
「うん」
クリスマスは、このイベントとは別に二人で過ごしたいんだけど、な。ここでそれを言うのも憚られ、ディクルーズだけ了解を得ておいた。
宴が進み、みちるが、席を立った。「廊下まで、行こうか?」
声をかけたけど、
「アオ、過保護」
と断られた。
動くメンバーが増えて来ている。お手洗いまで付き添うのもどうかと思うが、変なちょっかいを出されないか心配なわけで。
しばらくして、みちるが戻って来た。
「大丈夫だった?」
「うん」
「ほんっとに、アオ、過保護だね」
いつの間にか近くに来ていた優羽が、横槍を入れてくる。いちいち観察して、楽しそうだが。
「過保護なんじゃなくて、心配なだけ」
俺が言うと、
「一緒じゃん」
と笑われた。
「そういうの私は大好物だから、もっといただきたい」
「げ。もうやらん」
優羽をいなしていると、みちるの様子がさっきまでとは少し違うことに気づく。
その後も、なんだか口数が少ないような……。みちるが何も言わないので、こっちも聞きづらい。
お手洗いで、何かあった……?
少しの違和感を抱いたまま、お疲れ会はお開きになった。二次会は……有志で好きにしてもらおう。
「みちる、送ってく」
「あ、うん」
さっとみちるの手を引いて、他のメンバーと離れる。
みちるは、ちゃんと一佳や優羽に帰るねと断っていた。和哉は……やっぱり二次会だな。
「今日は、駅まででいいよ」
歩きながら、みちるは言った。
大学の最寄り駅は、もうすぐそこだった。帰るなら俺は、上り線、みちるは下り線。
「地下鉄の、駅まで行くよ」
みちるは、途中で地下鉄に乗り換えて更に西へ向かうから。
「今日はいいよ?」
「俺が、離れがたいから」
本当は、もっと……夜の電車も気になるから、家まで送り届けたいくらい。だけど、そこまでしたら、みちるが気にしてしまうだろう。
繋いだ手を、一瞬だけ。きゅっと力を込めた。
「ありがと」
みちるは俺を見て、小さく口角を上げた。
「ディクルーズと続くけど」
「うん」
「二十四日も、空いてる?」
「……うん」
「じゃあ、空けておいて。クリスマスイブ」
「うん」
約束はした。
だけど、少し、みちるが寂しそうに見えた。