16 君の隣で 〜 Michiru side
アオが、甘い。
初めての遠出デート、だから? なんだか、どんどん甘さがグレードアップしているような……。
着物から着替えて、お昼ご飯を和風カフェで食べて。
それから、二年坂三年坂、京都らしい観光通を写真を撮ったり、お店を覗いたりしながら歩いて。
清水寺まで行って。清水の舞台も回って。人が多くて、だからってずっと手を繋いでいて。
これは、ちょっとわざと? かもしれないと思ってしまう。
でも、嫌じゃなくて。
好きなひとと、一緒にいるのって、びっくりするくらい楽しくて……。
「ねぇ、アオ」
清水寺から、今度は予約してくれたチョコレートフォンデュのお店に向かう。
「無理、してない?」
あまりにも、私が楽しくて、だから、もしそれがアオが頑張りすぎてのことだったら、申し訳ないと聞いてみた。
「ぜんぜん?」
「ほんとに?」
「うん。どうして?」
「私が、楽しすぎて、アオが、凄く気を遣ってくれてるのかと思って」
「それは、ない」
アオは、きっぱり言い切って、さらに、
「むしろ、俺の好きに付き合わせて、みちるが楽しめてるなら、凄く嬉しい」
そう言って笑った。
ゆっくり歩いて四半刻くらいかかって、チョコレートフォンデュのお店についた。アオと二人でいると、ただ歩いているだけでも、特別な時間に変わるから不思議。
チョコレートのようなこっくりした焦げ茶のドアを開けると、甘い香りが一気に漂ってきた。
店に入ってアオが予約していることを告げると、すぐに窓際の二人席へ案内された。
「バイキングになっておりますので、お好きなものを選んでフォンデュしてください」
店の真ん中の壁には大きなチョコレートの滝が設えてあって、その周りにフォンデュするためのフルーツやパン等がたくさん用意されていた。
私たちの席には既にフォンデュ鍋がセッティングされて、後は、食材を選ぶだけ。
飲み物は二人ともホットコーヒーを選び、バイキングへ。
「何にする?」
「いちご。いちごはマストでしょ」
フルーツは、生も缶詰もドライもあって、クッキーやプレッツェル、スポンジケーキ、パンケーキ、パウンドケーキ、パイやクロワッサンなどなど……一口大にしてあって、どれを選ぶか迷ってしまう。
「いちごにパイン、オレンジ。りんごと洋梨はドライフルーツにして……」
声に出してしまい、アオに笑われる。
「ゆっくり選んでいいよ」
そういうアオは、いちごと、プレッツェル数本、ミニパンケーキをお皿に乗せて、席へ戻った。
バイキングだからと最初から欲張るのも恥ずかしいので、私も席に着く。
「じゃあ、さっそく……」
いちごをフォンデュして、少し冷まし、食べてみた。
『……!!』
二人同時に顔を見合わせる。
なにこれ、すっごく、美味しい……!
「……うま」
「……美味し」
いちごの甘酸っぱさと温かいチョコレートが凄く合う。
同じものを同時に美味しいと思える、そう言えば……。
「前にも、あったな、こんなこと」
そう……、あ!
『……サンディミニオン!』
また、同時に。二人で、くすくす笑い合う。
同じパンケーキを選んで、グループでの話がいたたまれなくて店を出て……そしてまた二人でリベンジしたんだった。
「また、カフェDote'nにも行こっか」
「うん」
チョコレートフォンデュのお店を出て、またゆっくり歩いて来た道を戻る。
秋の日暮れは早くて、古都の景色が変わって行く。
「この後、どうする?」
四条河原町の駅方面には向かっているけれど、さて。
「みちるは、時間、大丈夫?」
「うん」
京都からだと帰るにも結構時間はかかるけど。今日は、一日空けているので。
「じゃあ、晩ご飯も、一緒に食べる?」
「うん」
「京都で食べて帰る? それとも神戸に戻って食べる」
「せっかくだから、京都がいいかな」
「だったら……」
「湯豆腐とか?」
「いいね」
「お店、探そう」
「うん」
それから、また京都の街を歩いて途中でお店を見て回ったりしながら、四条河原町まで戻った。
駅から少し離れた通りで、京都のおばんざいのお店を見つけ、そこで夕食にした。
「今日一日で、凄く食べた気がする」
「そのぶん、かなり歩いたと思うけど」
「うーん、食べた方が多かったらどうしよう」
しかも、好きなものばっかりだったから、余計に。
私が、カロリーオーバーを気にしていると、
「みちるは、幸せそうに食べるから、食べさせたくなるんだけど」
とアオが、笑う。
着物レンタルとチョコレートフォンデュはアオが支払っていたので、お昼ご飯は払わせてもらったんだけど、まだまだアオの負担の方が大きい気がして、晩ご飯も払おうとしたら、割り勘にされた。
「じゃあ、また今度。みちるがプラン決めて払って」
と言われてしまう。
でも、そういう風に「今度」を確かなものにしてくれる言葉が嬉しい。
京都からの電車は、二人で並んで座ることができた。
「みちる」
耳元から聞こえたアオの声で覚醒する。
朝早くから一日動いていたので、疲れていたのか、アオの隣で安心してしまっていたのか、寝落ちしてしまっていた。しかも、がっつりアオに持たれて。
「ご、ごめんね、重かったよね」
焦って離れると、
「ん、平気」
となんでもないことのように返され、
「ただ、みちるは、もうちょっと危機感とか持った方がいいよ」
と、別方向で咎められた。
「俺だからいいけど……」
小さく呟くアオに、
「アオ以外には、こんなことしないから」
私が言い切ると、今度はアオがちょっと言葉に詰まっていた。
「……なら、よし」
照れ隠しのように、アオは、私の頭をぽんぽんと撫でた。
「もうすぐ、着くよ」
それで起こしてくれたんだ。
「うん、ありがと」
寝顔が不細工じゃなかったらいいんだけど……今さら遅いかな。アオが幻滅している様子はなさそうなので、ちょっとほっとした。
電車を降りて、今さら気づく。
「アオ、ここまで来ちゃったら、乗り越ししてるんじゃ……」
待ち合わせをした駅。でも、アオは、ここより東に住んでるので、もう少し手前で最寄り駅になるはず。
「ん、いいよ。どのみち乗り換えるから。地下鉄の駅まで行くし」
そう言って、アオは私の手を取り歩いていく。
行きは、待ち合わせだったから、ここにした。でも、京都まで行って、夕飯も食べてきたから、もうそれなりの時間なのに。
「家まで送ってあげたいくらいだけど」
アオが言うので、慌てて、
「ううん、大丈夫。地下鉄の改札までで」
とお願いした。
でも、もう。今日も、終わる。
すごくすごく、楽しくて、あっという間だった。
地下鉄の改札まで、お互い無言で。名残惜しくて、なんだか言葉が出ない。
改札前。日曜日の夜、改札をくぐってホームへと向かう人込みの中で、立ち止まる。流れを避けるように、駅売店の端の方で。
「みちる、今日……」
言いかけて、アオが、口籠る。そして、
「大丈夫、だった?」
と尋ねられた。
「帯越し、だったけど……」
あ……!
外国人の男性に話しかけられたときの……!
「あ、あのときは、ちょっとパニックっていうか」
「うん」
「怖かったから……むしろ、ほっとして」
アオに後ろから帯越しで抱き込まれた。嫌じゃなかったし、気持ち悪くなったりもしなかった。
「そっか。だったらいいんだけど」
やっぱり、アオに、すごく気を遣わせてしまってる。
「アオ……」
「そんな顔、しない」
アオが、私の額を突いた。
「大丈夫だったら、いいんだ」
「うん……でも」
『無理』を気にする私に、最後まで言わせず、
「今度は、来週のゼミ発表、かな?」
アオは次に会える日の話をする。
そう、いよいよ来週は、発表の日だった。そのためにグループで準備もしてきた。
「メッセージも、するし」
「うん」
手を、繋いだまま。離れ難くて、こんな気持ちは、初めてで……。
もしかしたら、本当に、アオなら。好きなひととなら、大丈夫なのかもしれない。
「みちる」
呼ばれて、知らず俯いてしまっていた顔を上げる。
「これから、少しづつ。無理しないでいいから」
「うん」
アオは、どこまでも、優しい。
「……じゃあ、気をつけて」
アオが改札へと私を促して、軽く手を振る。
改札を抜けて振り返ると、アオは、そのままそこで見送ってくれていた。
ホームへのエスカレーターに乗って、また振り返る。やっぱりそこで見送るアオに、見えなくなるまで小さく手を振り続けた。