15 君の隣で 〜 Ao side
京都について、予約していた着物レンタル店へ。
着替え終わったみちるが、また綺麗で可愛くて、予想以上だった。秋の深い色合いで合わせた葡萄色と灰銀の帯。緩く編みおろした黒髪も似合っていた。
着付けやヘアメイクをしてくれた店員たちが、素材がいいとやりがいあるわぁと囁きあって。心のなかで何気に拳を握ってしまった。
俺は、みちるに合わせるように、江戸紫の着物にした。ほとんど着物なんて着ないから新鮮。
襲みたいねぇ、と言われたけど、狙ってたので。みちるが気に入ってくれたらいいなと。
二人で、ゆっくり歩いて八坂神社へ。女子の好きそうな御利益があるのはチェック済み。紅葉も進んで、いいロケーションだと思う。
手水でお清めする、みちる。
参拝する、みちる。
紅葉の神社という場所の力と着物姿も相まって、見惚れてしまう。
本殿での参拝後に、
「なんてお願いしたの?」
とみちるに聞かれたので、
「内緒」
と答えた。
もともと、神頼みは当てにしない。ただ、今、みちるの隣にいられることを感謝した。
「みちるは?」
と聞いてみると、
「秘密」
と返って来た。
結構熱心に拝んでた気がしたけど、深追いはしないでおく。
美御前社の鳥居横にある、つけると美しくなるという美容水。みちるは、その美容水を掬って、躊躇いもせず俺の額につけた。
こういうとこが………なんというか。
仕返しに俺も同じように、みちるの額を濡らしてやった。これ以上、綺麗になってもらっても困るけど。
そして、因幡の白兎に因んだ大国主社では、大国主命とうさぎの石像がお出迎え。
ハート型の絵馬と、うさぎの中に願い事を入れて奉納する願掛けうさぎ、どちらにしようかと、みちるは結構悩んでいたが、なんなら両方やってもいいと俺は思っていた。
結果、みちるは「うさぎ!」と言い、可愛いらしいうさぎに名前をつけて、奉納することにした。
みちるは隠していたけど、うさぎに碧って書いてたのを確認してしまった……。
そんなの、可愛い過ぎだろ。
俺は流石にみちると書く勇気はなく……願掛けなので、「祈」にしておいた。
八坂神社を出るころには、人出が増えて外国からの観光客も多くなっていた。紅葉の季節だというのも大きい。
観光客の女性グループに呼び止められて、清水寺までの道を聞かれた。
今どき、スマホがあったら経路検索して行けるはずだと思うが、上手く使えてなさそうで。
女は地図が読めないっていうのは昔の偏見かと思っていたけど、そういう女性も多いのかもしれない。
その道案内に気を取られている間に、今度は外人男性二人がみちるに絡んでいた。
着物美人に浮かれているようで、一緒に写真を撮ろうだの、この後京都を案内しろだの、ご飯奢るだの、言いたい放題。
早口の英語とオーバーアクション、体格的な圧に、みちるがパニックになりかけていた。
『彼女に何か御用ですか』
こっちも最大限威嚇して話しかける。『男連れかよ』
『一緒に写真くらいいいだろ』
勝手なことを言うので、みちるの腰を引いて後ろから抱え込む。
『不可能です。他の男と写真に納まるのも、見られるのも、俺が嫌だから。俺の大事な人なので』
早口で言い切ると、男のうちの一人が、ちょっと感心したように、
『日本人の男がそういうの、珍しいね』
と小さく口笛を鳴らした。
『そんなに大事な彼女なら、ちゃんと見張っとけよ』
もう一方がまだ不満気に言ったが、
『まあ、もういいじゃん。すげえお似合いだし。いいもん見せてもらった』
と一方が宥めてくれ、男たちは肩を竦めて立ち去った。
「あ、ごめん、みちる」
慌てて抱き込んでいたみちるを解放して、
「大丈夫?」
と聞いてみると、
「……ん」
みちるは、小さく頷いた。
帯越しとはいえ……後ろから抱き込んでしまったから、みちるが更にパニックになったり気持ち悪くなったりしていないか、気になったんだけど、大丈夫のようだ。
「ごめん、目を離して。迂闊だった」
みちるといるのに、彼女を待たせて。
それでなくても、みちるは人目を引くし、男が放っておかないのに。今日は着物だし、非日常スポットだし。迂闊過ぎだろ、俺。
「アオのせいじゃないよ」
みちるは、そう言ってくれたけど。
「だけど、みちるに嫌な思いさせた」
「アオがいてくれたから、大丈夫だから」
「……うん。ありがと、みちる」
まだ自分を許せないけど、そう言ってくれる、みちるの気持ちが嬉しかった。
それから、一旦着替えに戻ることにした。もともと、着物で長時間動き回るのは厳しいと思っていた。
着替えてから昼ご飯にして、清水寺か高台寺へ足を伸ばしてもいいし。
ゆっくりと、もと来た道を戻る。
「アオ、凄く話せるんだね」
さっきの英語でのやり取りのことか。
「あー……中一まで、ニューヨークにいたから」
「私、アオのこと、ぜんぜん知らない……」
「うん、だから。これからお互い知っていける」
大学に入って、みちるのことは認識していたけど、話すようになったのは後期授業が始まってから。まだ、二か月にもならない。
「アオは……私のどこがよかったの?」
みちるが、少し言いにくそうに切り出した。
「美人だから?」
「……そう言ってくれるのは嬉しいけど、アオは……これまでも綺麗な人とお付き合いしてきてるし」
「これまでは、向こうから言われて付きあってきたから。自分からは、ないよ?」
それは、たぶんみちるも。
「男に対して距離感バグってるくせに、いろいろ無理、で終わるとこ」
あえて、それを挙げてみる。
「それって、面倒くさいだけのマイナスポイントでしょ?」
「そういうの、覆せる男になれたら嬉しい」
本心から言ったんだけど。
みちるが、俯いてしまった。耳が、赤い……? 両手で顔をぱたぱたと扇いでいる。
あーーー、もう。
ほんとに、俺をどうしたいの?
ぎゅっとしたくなるけど、そこは、我慢。
着物を脱いで、元の服に着替えて、また改めて京都の町に繰り出す。
まずは腹ごしらえと、和風カフェに入った。
「湯葉あんかけ丼かな……でも、牛カツ飯も気になる……」
メニューを見ながら、声に出して迷うみちる。
「じゃあ、牛カツ、俺が頼むから少し分けるよ」
「アオ、甘やかしすぎ」
でも、湯葉あんかけも少し食べてね、と笑うみちる。
ぜんぜん甘やかしすぎなんかじゃなく、ただ俺がそうしたい。
なんだろう……一緒にいて、凄く、心が満たされるというか……。
どこがよくて、好きになったかなんて、実際のところよくわからない。
気づいたら、落ちていた。そんな感じ。自覚するのも遅かったし。
ただみちるといると、楽しい。無理がない。
「多かったら、残して。食べるから」
「いいの?」
「そういうの、気にする?」
「んん、へいき」
「じゃあ貰う」
「アオは、いいの?」
「うん」
息をするように、自然に、いられる。
「あ、後でデザート」
「え?」
「ちょっとまた観光してからだけど」
「うん」
「チョコレートフォンデュ」
「え、なにそれ」
「好きそうかな、って」
「うん」
「予約しといた」
少し遠いけど。と言うと、ぜんぜん平気、楽しみ、と返ってきた。
更に、みちるは、
「むしろ、食べるから、歩かなきゃ」
と力が入っていた。
「じゃあ午後からも、動くぞ?」
「おう」
二人で気合いを入れて。
二年坂、三年坂。気になる店があったら入って、見て。
観光客で混んでいたけど、だからはぐれないようにと、ずっと手を繋いでいた。
清水寺まで歩いて、時に写真を撮って。
着物姿も凄く綺麗だったけど、今日のみちるは、また可愛いを再認識。
薄いグレーのタートルニットに、黒のストレートロングのジャンパースカート、白いモヘアのベレーと同じく白いオフショルダーのモヘアニットカーディガン。
偶然だけど、お互いモノトーンの綺麗めで、隣にいてしっくりする。
着物の時の緩い感じの編みおろしで巻いてもらっていたせいか、髪を解いた今も緩くウエーブがかかっていて、普段のサラサラストレートとまた違う雰囲気になっている。
「なに?」
みちるを見ていたら、聞かれた。
「髪、綺麗だなと思って」
「巻いてもらったから」
「うん。でも、いつものストレートも綺麗だけど」
「……アオ、甘すぎ」
みちるの照れた顔が見られるというのもあって、俺は思ったまま言ってるだけなんだけどな。