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14 新しい距離 〜 Michiru side


 覚悟ができなくて、一旦はお付き合いを断った。

 でも、それでも、とアオは食い下がって……本当に面倒くさい私を、救い上げてくれた。


 付き合って、それから。


 またこれまでのように、すぐ壊れてしまうかもしれなくて、アオが好きなぶん、余計に怖い。


 怖いけど、でも、やっぱり、アオが好き。

 気がつけば、アオのこと。アオのことばかり、考えて、いて。


 今までのお付き合いとは違う。だから、一歩ずつでも進んでみようと思えた。




 日曜日は、いつかアオが送ってくれた駅での待ち合わせ。大学最寄り駅だと、出かけるのに少し不便だから。


 西から地下鉄で来る私と、東からJRのアオ。

 アオの提案で、京都まで足を伸ばすことになっている。


 改札前の、モニター横。ドラッグストア前に傾いた柱があって、その辺り……柱裏の壁面に持たれている長身が見えた。

 

 白のオフタートルニットに黒のワイドパンツ、チャコールグレーのテーラードカーディガン。

 容姿がいいので、ファッション誌から抜け出てきたみたい。見とれてしまって、声を掛けられなかった。


「みちる」

アオは、でもすぐに私に気づいて、眩しいものを見るように笑う。


 ……どうしよう。

 そんな顔されたら、心臓がぎゅって鳴って。


「おはよう、みちる」

「おはよう」

「朝早くから、ごめん」

「ううん、大丈夫」

 遠出するのと、できれば少しでも混雑を避けるために、朝早く出ることにしたのだった。


「行こう」

アオがそう言って、手を差し出す。

「うん」

手を繋いで、改札へと向かう。


 アオと手を繋ぐのは、無理じゃない。

 無理じゃないけど……なんだか胸の奥がきゅっとなる。



 京都まで、特急列車を乗り継いで、一時間と少し。


「着物街歩きっていうの、予約してて」

アオが、切り出す。

「あんまり日がなかったけど、朝イチならキャンセル枠があって、こんな時間になった」


 え? 聞いてないよ、っていうのが顔に出ていたのか、

「言ってなかったから」

とアオは、いたずらっぽく笑う。

「二人で遠出するの初めてだし、何か記念っぽいこと、してもいいかと思って」


 付き合って、初めてのデートだから? そういうの、考えてくれてるんだ……。


「嫌だった?」

ごめん、勝手に決めて、とアオが少し気にした素振りをしたので、慌てて首を振る。

「……そんなこと、ない」

「そっか」

じゃあ、着物着て、いっぱい写真撮ろう。アオが、そう言って笑った。



 京都について、すぐに着物レンタル店へ。

 二人分の予約済みで、まずは着物を選ぶところから。


 私は深みのある赤紫の葡萄色(えびいろ)の着物に、白に近い薄墨の、銀にも見える帯を選んだ。

 何枚か、気になった色の着物を肩に当てていって、その中でアオが、

「あ、それ……」

と反応したもの。

 一方のアオは、江戸紫の着物に茄子紺に金糸の帯。

 私の髪は、緩い感じの編み込みにして、小さな銀のリボンを幾つかつけてもらった。


 それぞれ着替えが終わって、対面した時は、なんだか無性に恥ずかしくて。


「あら、お二人で(かさね)みたいやねぇ」

私を担当してくれた店員さんが、破顔してそう言った。


 着物男子って、普段目にしないし|(まだ女子の着物とか振袖、袴は見慣れていたりするけれど)……すごく新鮮で、しかもアオなので、なんだかやけに色っぽいというか……格好良すぎて困る。


 いつもと違う、アオ。そして私も。

「行こう」

「うん」

そして二人で、古都の街へ歩き出した。


  

 最近は肌寒い朝も増えて、木々の色づきも進んでいた。紅葉の八坂神社へ。


「ゆっくり行こう」

アオはそう言って、私の手を引く。着物だから、足元が少し覚束ない。


 西楼門を抜け、手水舎までやって来た。

 手水では黙って手を洗う。きちんとお清め。私も、アオに習って手を洗った。


「本殿にお参りして、それから、縁結びしよっか」

「え?」

「縁結びの神さまのところに因幡の白兎がいるらしい」

「調べてくれてるんだ」

せっかくだしね、とアオは笑う。

「あと美の神さまとか」

「あ、それ行きたい!」

私が食いつくと、

「みちるは、もうじゅうぶん……」

言いかけて、口を噤む。


 少し照れたように片手で口元を押さえるアオ。こんな表情初めてだったから、知らずじっと見てしまっていたらしい。

「……見るな」

と、ぜんぜん怖くない声で言われた。


 そうして、本殿にお参り。着物で二人でいることもあって、なんだか背筋が伸びる。

 二礼二拍手一礼、きちんと拝礼するアオは、とても綺麗だった。

「なんてお願いしたの?」

「内緒」

「みちるは?」

「秘密」

……私の無理が、アオには、当てはまりませんように、って。


 美御前社(うつくしごぜんしゃ)では、鳥居の横の美容水を肌につけると身も心も美しくなるという。

 美容水を掬って、

「アオ」

呼びかけて、こちらを見たアオの額にちょんと指をつける。

「アオは、これ以上いらないけど!」

 不意打ちで額を濡らされたアオは、

「お返し」

と私の額を、ほんの少しだけ指で濡らした。

「みちるがこれ以上綺麗になったら、困るんだけど」

……なにそれ。

 アオが。アオが、なんだか……甘すぎて、困る。


「因幡の白兎……」

大国主社(おおくにぬししゃ)の鳥居の横には、お話のままウサギと大国主命(おおくにぬしのみこと)の像があった。

 ハート型の絵馬が沢山かかっていて、縁結びの神さまらしい。

「絵馬にする? うさぎにする?」

アオが言った。

「……うさぎにする!」

ハートの絵馬も捨てがたいけど、願掛けうさぎが可愛くて。

 うさぎに名前をつけて、願い事をかみに書いて、うさぎの中に納めて、奉納。沢山のうさぎが並んでいて、可愛くも壮観。

 うさぎの名前は、こっそり(あおい)って書いた。アオには、見えないように奉納。アオも、私のうさぎの隣にアオのうさぎを並べていた。



 八坂神社を出る頃には、どんどん人出が増えてきた。紅葉シーズンの京都なので、予想はしていたけれど。

 海外からの観光客も多く、多言語が飛び交っている。


 そんななか、欧米系の女性グループに呼び止められた。

「※※※※※※キヨミズ?」

たぶん……清水寺への道を尋ねたいようで。

「みちる、ちょっと待ってて」

アオがそう言って、女性達に何か説明している。スマホもあるから、活用して貰うよう伝えてる……?


 アオの背中を見ていると、突然、後ろから声を掛けられた。

「How beautiful……※※※※※※※!!」

欧米系の、男性二人組が、早口で何か捲し立てて。


 距離が……近い……!!


 大柄な男性に両脇から挟まれて、何か話しているのも圧が強くて理解できず。

 更に近寄られ、肩を掴まれそうになりパニックになりかけたとき、ぐいっと後ろから抱き込まれた。


「※※※※※※!!」

アオが、何か言って。

「※※※※※※※※※※※※※※※」

「※※※※※※※※※※」

「※※※※※※※※※※※※※※」

物凄く早口の応酬。


 すると、男性たちはわざとらしく肩を竦めて、立ち去って行った。


「あ、ごめん、みちる」

慌ててアオが、抱き込んでいた私を解放して、

「大丈夫?」

そっと、遠慮がちに聞かれた。

「……ん」

ちょっと、ううん、かなり怖かったけど、アオが来てくれたから。


「ごめん、目を離して。迂闊だった」

そんな、こと。

「それでなくても引き寄せるのに、今日は着物だし、非日常スポットだしな……」

アオは悔しげに呟いた。

「アオのせいじゃないよ」

「だけど、みちるに嫌な思いさせた」

「アオがいてくれたから、大丈夫だから」

私が言い募ると、

「……うん。ありがと、みちる」

やっとアオが少し笑った。


「一旦着替えに戻ろうか」

アオが言った。

「え、でも……」

早すぎないかな?

「まだ結構歩くから、足が痛くなったら困る」

アオは、まだ今日が終わりじゃないことを伝えてくれる。

「着替えて、昼ごはん食べてそれからまた見て回ろう」

……写真も結構撮ったし、それがいいかも。


 ゆっくりと、もと来た道を戻る。

「アオ、凄く話せるんだね」

そう、さっき。まるで、ネイティブみたいだった。

「あー……中一まで、ニューヨークにいたから」

……帰国子女だったんだ。知らなかった。

「私、アオのこと、ぜんぜん知らない……」

「うん、だから。これからお互い知っていける」

楽しみだな、とアオが言うから。

 先があることに、嬉しくなった。

 少しずつ、新しい距離に変わることも。


 

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