13 新しい距離 〜 Ao side
みちるを送ると車に乗せて、寄り道にも了承してもらった。うんと言うしかない状況にしたのも俺だけど。
目指したのは海沿いのカフェ。免許を取ってから、割とあちこちドライブしているので、市内くらいなら土地勘もある。隙間時間に調べていて、良さそうだな、と。
賭けに出よう。
パーキングに車を入れて、外に出た。
このカフェは、外階段で登って二階が出入り口になっている。パーキングから海岸ヘ降りる事も出来る。
寒いと店内、そうでもなければ海ヘ。みちるに寒いかどうか聞くと、大丈夫との返事だったので、テイクアウトに決める。
注文と支払いを済ませ、二つのカップを持って店の外に出る。みちるの分のカップを渡して、外階段。
空いた手を繋ぐ。
手を繋いだままで、夕暮れ前の海ヘ。
みちるに、無理そうな素振りは見えない。
だけど、念の為、
「大丈夫だった?」
と聞いて。
手を繋ぐのが、大丈夫なら。
伝えようと決めていた。
砂浜に沿って回り込むように続く舗道の縁に並んで腰掛けて、ゆっくりコーヒーを飲み干した。
空と海が、傾いた陽の橙色に変わっていく。
カップを置いて立ち、みちるの正面から立ち上がらせる。
「みちるが、好きだ」
初めての告白は、意外と、勇気がいる。
「俺と、付き合って欲しい」
俺を見上げるみちるの目が、大きく見開かれて。柔らかいオレンジの光が揺れていた。
みちるの無理は知っている、それでも。俺は、言葉を重ねた。
だけど……重ねるほど、みちるには響かなくなっていくようで。
「今は、無理でも」
そう言った俺の言葉が、引き金を引いた。
「だって! だってみんな最初はそう言って、でも!」
……泣かれると、困る。
抱きしめたくて。……できなくて。
そっと、伸ばした手を。だけど、止めて。
「みちるは、どう思ってる?」
せめてそれだけは。
「みちるの、気持ちは?」
言葉を一つずつちゃんと、届けられるように。
「もし……俺に少しでも、好きになってもらえる可能性があるなら。無理だからって、諦めたくない」
「どう、して……?」
「みちるが、いいんだ」
「アオ……」
「だから、みちるが俺のことそんな風に思ってないとしても。好きにさせるから」
「どう、やって?」
「さあ? どうやっても」
どうやっても、好きになってもらえるまで。
俺は本気で言ったのに、みちるは急に破顔した。
「何、それ」
いいよ。
「ほら。そうやって。笑ってて」
みちるが、笑ってくれるなら。
「……もう、好き」
今、みちる、なんて……?
「アオが、好き」
「だったら!」
付き合って欲しい、と食いつくと、
「無理、だよ」
と一蹴された。
「……今までとは、違うだろ?」
そう言っても、
「……うん」
それでも、みちるの壁は厚い。
「ごめん……なさい」
謝られても。
「みちるが、なんでそこまで無理なのかはわからないけど」
俺は、もう引かない。
「だけど、いくら触れられなかったとしても、俺は、みちるの彼氏になりたい」
彼氏、じゃないと、みちるの一番側にいられないから。
「アオ、どうして……」
そんなに、拘るのか?
「嫌なんだ。みちるが、他の誰かのそばにいたり、そういうの」
だから、立場が欲しい。
「付き合って……それで……いいの?」
ようやく、泣き止んだみちるに迷いが見え出した。
「いいよ」
押し切る。
「そばに、いて。みちる」
こんな風に、思うのは。どうしようもなく。
だから。
みちるの手が、ゆっくりゆっくり俺の手に、重なった。
「……今は、これで精一杯」
「うん」
……ありがとう、みちる。
それから。
日が暮れるまで、二人で海を眺めていた。
車に戻って、みちるにカーナビ設定してもらい、彼女を家まで送って。
「次の週末、空いてる?」
「土曜日は、バイト」
「じゃあ日曜日、どこか行きたいところ、ある?」
「一緒に行くの、確定なんだ?」
「そ。特になければ、俺が決めるけど」
「うん」
「じゃあ、またメッセージ入れる」
「うん」
「じゃあ」
次の約束をして。
いよいよプレゼミのグループ発表が近づいて来た。
水曜、週の中日のゼミは発表前のパワポの作成も大詰め。なんとか形になりそうで、それぞれの分担も順調に進んでいた。
「みちる、駅まで一緒に帰る?」
ゼミ終了後、一佳がみちるに声をかけた。
「あ、えっと」
みちるが、一瞬俺の方を見て口籠る。
何やら察したのか、一佳は、
「あー、やっぱりいい、私も駅周りせずに帰る」
と誘いを撤回して、
「じゃあ、お先ー」
慌てて教室を出ていった。
「だったら、みちるちゃん」
一佳が消えたら、今度は和哉か。
「俺と一緒に駅まで」
和哉に最後まで言わせず、間に体を割り込ませる。
「ないから」
和哉とみちるが一緒には。
「え、アオ、何?」
「いつかのご祝儀? 上乗せしろ」
「え?」
和哉は、俺の顔を見て、隣で俯くみちるを見る。
「えーーー何、それ。いつの間に? アオ、ひどくない? 俺が、みちるちゃん推しなの、知ってたよね?」
だからだよ。
「……ごめんね、和哉」
小さな声でみちるが言った。
「えー、それ、みちるちゃんの返事? ……あーもう。アオ!」
いちいち賑やかな奴だな。
「アオ! 今度なんか奢れよ!」
言い捨てて、和哉も教室を出ていった。
「そういうことか」
一佳、和哉とのこれまでのやり取りを見ていた優羽が、にんまり笑う。
「収まったのね。うん……なんか尊い……」
いや、何が。
「優羽ちゃん、でも……」
みちるが言いかけると、
「大丈夫。みちるの壁は、アオに壊してもらったらいいよ」
優羽は、やけにきっぱり言って、去り際に俺に、
「無理、すんなよ?」
とみちるには聞こえない、けれど、やけにドスのきいた声で囁いていった。
グループメンバーが次々といなくなったので。
「帰ろっか」
「うん」
二人で、教室を出る。
「アオ、こうなるの見越してた?」
学内を歩きながら、みちるは言った。
「見越すと言うより、狙ってた」
そう答えると、みちるが睨んで来た。
睨まれても可愛いだけだからな。
大学を出て、駅までの道を下る。
隣で、歩く。ただそれだけ。
晩秋の夕暮れは早く、薄紫の空が海まで続いている。住宅の庭先で、薄暮の中コスモスが揺れていた。
四限後の、学生で溢れた道はいつも通りの光景だけど、隣の彼女のペースに合わせて歩くのは新鮮だった。
ちらちらと、視線が気になる。
彼女を、見ている。
気がつくと、どんどん気になってくる。学生の人混みで、やっぱり彼女は目を引く存在で。
「アオ?」
気がそぞろになった俺を、気遣うようにみちるが、名を呼んだ。
「どうかした?」
「……」
なんとも言いにくい。
「なに?」
無言も、心地良いものとそうじゃないものがあって、今は、そうじゃないよな。
わかっているけど、対処法としてこれぐらいしか思いつかない。
「無理じゃなかったら」
そう言って、手を差し出す。
みちるは、ちょっと戸惑って、でもそっと手を添えてくれた。
手を継いで、歩く。
今日から、この距離で。
どこに、行こうか。週末の約束を思い巡らせる。
さっき、駅で別れたばかり。
大学から、駅まで歩いて。二十分程の、どこか浮かれた時間を過ごした。
プレゼミの後は、予定を入れてないので、このままどこかへ誘うのもアリだったけど……流石に自重した。
彼女が、自然に楽しめそうなところ。車を出してもいいし、電車で動いてもいい。
研修旅行のとき、ちょっとした動物との触れ合いを楽しんでいた様子だったから、動物園でもいいけど……学校から近すぎる、か。
近場だったら、水族園? 結構ベタな感じかな。
紅葉狩りにもいい季節だから、電車で遠出も有り。
幾つかピックアップして、彼女に選んで貰うか……。
考えつつ、ネットを検索したりしていると、京都で着物街歩きというフレーズが出てきた。
着物、似合いそうだな……。
観光スポットだし、よさそうなスイーツカフェも多い。
……提案してみるか。