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11 そのさきの覚悟 〜 Ao side


 懇親会の後。

 コテージヘ帰る面々とは逆行し、一佳と本棟のティールームヘ入った。


 窓際の席に案内され、飲み物を頼んむ。

「ごめんね、急に」

一佳は、言った。

「こういう時でないと、なかなか二人で話せないから」

そうだな、と頷いて……先を促すわけにもいかず。


 窓の外に目を向けると、懇親会の会場だった中ホールから出ていく人の波が見えた。建物の形状がL字に折れ曲がっている。

 つい、探してしまう。

 さっきまで、近くにいたのに。……重症だな。


「お待たせしました」

ホールスタッフが、二脚のティーカップを運んで来て、テーブルに置いて行った。

「アオも、紅茶なんだ」

なんかコーヒーのイメージなんだけどと一佳。

「んー、オススメって書いてたから?」

アールグレイの香りに癒されたらいいけど。


「あのね」

まだ一口も飲まず、一佳は言った。

「アオが、好き」

そして、

「付き合って欲しいって、思ってる」

とまで一気に。


「……ごめん」

そう言うしか、なくて。


「うん……」

一佳は俯いて、

「なんとなく、わかってた」

と言った。

「ちょっと前だったら……彼女がいなかったら……オーケーしてくれてたんだよね」

「そう、かもな」


 でも、今は。


「好きな人がいるんでしょう?」

一佳は、静かにカップの持ち手を回した。

「わかるよ。……ずっと、見てたから。でも……もしかしたら、まだ自覚してないのかなって。だったら、まだチャンスはあるかもって、思ってた」


「なんで……」

「だって、アオ、中座したみちるをすぐ追いかけたでしょ」

ああ、パンケーキの店で。そんな頃から?

「それに……ずっと、見てたし」

「俺が?」

周りでわかるほど? 

「あー、私が、アオを見てたから、わかっただけ」

「そ、……っか」

「みちる、面倒くさいよ?」

「知ってる」

「……だね」


「……なんで、俺か、聞いても?」

一佳は、たぶん容姿からとかそういうタイプじゃないだろうから。

「……ひどいなあ。それ、聞く?」

そう言いながらも、一佳は笑った。

「春に、ね。前の彼と別れたんだけど、ちょうど別れ話を近くにいたアオに聞かれちゃったみたいで。で、アイツが席を立って出て行こうとしてた時に、アオが、『見る目ねえな』って」


 そう、言えば。大学近くのカフェで、別れ話を聞いたような……そう、君は強くて大丈夫みたいなことを本当に言う奴がいるんだと思って……。

 それで興味を引かれ、視線をやると、彼女のグラスを持つ手が、震えていて……つい、そんなことを溢した、気がする。

 

「あれで、ちょっと救われて。アオを認識して、それから、かな」


 ……そっか。そういうの、きっかけになったりするんだな。


「アオ、それ飲み終わったら」

一佳は少し微笑んで、

「出て行ってもらっていいかな?」

ここでもう少し、気持ちを落ち着けてから戻りたいと言った。


 俺がいたら、泣けない、か。

 

 俺は、さっと紅茶を飲み干し、会計を済ませてティールームを出た。


 応えられないことに、心が痛まないわけじゃない。だけど、それは、どうしようもなくて。

 せめて、気持ちを整理すると言った一佳の邪魔にはならないように。


 ……明日から、どうする、かな。




 朝市に来ている。

 早朝、次々と車が入ってきて、ヴィラの本棟前広場に、次々と露店ができていく様は壮観だった。

 一方で、本棟の中小ホールでは、朝から物産展の絶賛準備中。


 弓削教授は、こっち出身で、マーケティング理論の推進の傍らで、地域興しを狙っているらしい。

 朝市も物産展も毎年続けて、昨日講演会に参加した学生たちだけでなく、最寄り駅からも送迎バスが出ているくらい盛況なイベントに育っている。


「みちるちゃん、マスカットのフルーツサンドだって」

「わ、おいしそう」

みちるに侍る和哉。

 昨夜のようになるのをガードしているのかもしれないが……。


「アオ、眉間にシワ」

不意に一佳が横から口を出す。

「え?」

 普通に、笑っている。一佳、プライド高いな……。

「そんなだったら見てないで、行ったら?」

簡単に言うなって。


 海が近くない高原地帯ということもあって、フルーツやパン、乳製品などがメイン。割と女子ウケしている。

 

 和哉が、ガッツリチーズパンの触れ込みに、

「みちるちゃん、ちょっと待ってて」

と、買いに走った後。

 みちるは、今度は白桃のタルトの前で固まっていた。朝からデザート? 別腹と葛藤していそうだ。


「一人でいるのと、大勢でいるの、どっちがいい?」

一佳に聞いてみた。

「……時と場合によるけど。今は、大勢、かな」

一佳がそう言うので、

「優羽!」

隣の露店にいた優羽に声を掛ける。

「なーに?」

「一佳も一緒に周りたいって」

「おっけー」

優羽の了解を取り、

「まるで保護者ね」

と言う一佳の背中を押す。

「心置きなく、動きたいからな」

俺は言って、デザートの露店に向かった。


「いつまで悩んでんの」

声をかけると、みちるにひどく驚かれた。

「アオ、なんで……」

「なんで、って。朝からデザート食べていいのかって、葛藤してるのを見に」

「一佳ちゃんは……?」

「一佳なら、優羽と回ってる」

横目で見遣ると、一佳は優羽たちと楽しげに露店巡りをしているようだった。


「白桃タルト一つ」

さっさと露店から購入すると、ちょっと無理やり半分に割って、

「はい」

みちるに差し出す。

「……ありがと」

「半分なら、罪悪感も半分だろ」

自分の手に残ったタルトを食べる。うん、イケる。

 みちるは、そんな俺をしばらく見ていたが、意を決したようにタルトを口にした。

 ……美味しい。って聞こえてきそうな、顔をして。


「みちるちゃん、ガッツリチーズ美味いよーー」

和哉が戻って来た。

「あれ、なんでアオいるの?」

悪かったな。

「みちるが白桃タルト欲しそうに、葛藤してたから」

「えー、みちるちゃん、言ってくれたら俺買ったのに。あー、じゃあチーズパン、食べる? めっちゃ美味しいよ」

和哉が、騒々しい。

「ありがと。でも、もうお腹いっぱいだから」

みちるは気持ちだけ、とやんわり断っていた。


 物産展の方は、食べ物ももちろんだが、焼き物やガラス、布製品など工芸品や実用品なども揃えられていた。

 物産展も朝市に続いて、和哉とみちると俺、三人で回った。途中で気になるものがあったら、適当に留まったり抜けたりと、緩い感じで。


 それから、一佳たちとも合流し、物産展の中のご当地グルメコーナーで昼食を取った。

 これで今回の研修旅行のノルマはオールクリア。

 一旦コテージに戻って荷物をまとめ、俺たちは帰路に着いた。



 帰りの運転は、先に和哉にしてもらった。

 一佳は、もう帰るだけだから酔ってもいいし、むしろ寝たいからと、今度は後部座席をキープした。

 助手席のみちるは、最初一佳をずいぶん気にしていたが、次第に割り切ったようだった。


 行きと同じサービスエリアで休憩し、和哉と運転を交代した。

 何故かみちるが、俺の手ばかり見ているような気がして……気になってきた。

「俺の手、どうかした?」

聞いてみると、

「え、ううん、なんでもないよ」

明らかに挙動不審。


 高速の運転は、気は遣うけど単調で、後ろの二人は、少し前から静かになってしまっていた。

「ずっと、見てない?」

「……ごめん」

「いいけど、なんでまた」

「凄く綺麗な手だなって思ってて……ずっと」

「……綺麗って言われてもな」

なんだかビミョー。俺が不服そうに言ったからか、みちるは慌てて、

「ううん、すごくかっこいい……」

と言い直した。


 ……あやうくハンドル滑りそうになった。しっかり握り直したけど。


「アオの手、すごく好きだなって、ずっと思ってて」

手、な。まあ、何もないより、いいけど。

 ちらりとみちるを見ると、言い過ぎたとばかりに頬を染めていた。


 ……ほんとに、もう。


 手を見づらくなったせいか、今度は窓の外ばっかり見ている、みちる。

 それも、なんだか面白くなくて、

「手でもいいから」

とあえて言う。

「こっち、向いてて」

 みちるは、ちょっと笑って、

「じゃあ、せっかくのイケメンを拝むことにします」

と茶化した。


 どう、するかな……。


 みちるの、「無理」は十分わかっているつもりだけど。

 今は、「好き」にならないと付き合わないと思っていても、これまでのこともあるしな……結構流されやすいところがありそうで。

 みちるがフリーだと周知されつつあるのも面倒だし、身近なところでは和哉もそろそろブーストかけてきそうだ。

 

 そうなると、みちるに「好きになってもらう」一択しかない。

 

 譲れない、なら。覚悟を。



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