婚約破棄
地獄の入り口だった。
視線で相手を威嚇する化け物がいた。
2人も。
私達は、ターランド伯爵家へたどり着いた。
道のりは、いたって普通とは言い難い。
私は、厚手の布で全体を包み。カリナフ嬢にお願いをして、横に座ってもらった。
これで、馬車のバランスは保てる様になったのだが。
「カパード、揺れを何とかしなさい」
車輪が、乗り上げたり、轍に落ちたりすると、馬車の中から、怒号が飛ぶ。
「すみません。気を付けてますが、林道の木の根は、同仕様もありません」
「こら、カパードを虐めては、いけません」
馬車が揺れる度に、カリナフ嬢が、大げさに揺れて、私に体を寄せて、時にはぶつかり、膝の上に、頭を乗せたりした。
「カリナフ様、お行儀が悪いですよ。使徒様が、困っておられます。自重して下さい」
この時の私は、カリナフ様のお召し物をお借りしていて。大分大きいのだが、裾を引きずりながら、黄色のドレスを着ていた。
「違います。馬車が揺れるのです。ほら」
カリナフ嬢は、起き上がる度に、倒れてきた。
何度も、眠らす訳には行かないと思う。
夜だけでも、完全に寝て欲しい。
だから、眠らず魔法は、夜だけに使いたい。
魂を削りながら、屋根の上で漏らすか。
この痴態な状況に耐えるか。
それよりも、先程からサライテと言う女が、この女の目が怖い。
会った時からそうだが、異常過ぎる。
私に、何を求めている。
何も、されていないが、全身を舐め回すように見られている。
厚手の布を纏っているのに、圧が強すぎるんだけど。
何故、カリナフ嬢は、平気でいられるのかが、理解できていない。
サライテが、眼鏡を直す仕草だけで、『ビクッ』となってしまう。
見られているだけで、カロリーが消費されて行く。誰か、誰か、いないのですか。
ターランドへ着いたら、教会へ行き。洋服を買ったもらおう。
男の子みたいにズボンを履こう。
黄色のドレスを着せられた時点で、殺気が増したんだよ。
きっとそうだ、ドレスを着たからいけないのだ。
男の娘に、なっては駄目なのだ。サライテの前では。
「あと、どれくらいで、ターランドに着きますかな」
「使徒様、問題ありません。2日は掛かります。なので、今度は、私の髪とお揃いの、紫のドレスを準備してございます」
「仕方ありませんね。紫の後は、白にしましょうか。白なら、カリナフ様と2人並んでも素敵だと思います」
「それは、良いですね。白で決まりです使徒様」
私は、4日の苦行を耐えきった。
ターランドへ着いたら、井戸を薬に変えて、次の街へ直ぐに出立しよう。
グマーザラー14世の言いつけを、守るべきだった。
「私は、ここで失礼いたします」
ターランドの街に入った。
高い城壁こそが、ダガルプ教の防壁にして、玄関である。
木造の家など無く。全てが石だった。
最初に、目的の井戸に通された。
私も、カリナフ嬢も白いドレスを着ている。
予定が変更された。
2人で、白いドレスを着て、街の皆に喜んでもらいたい、祝ってほしかった。少女の淡い夢だった。
私は、井戸の前で、儀式を行った。
そこには、ダガルプ教の司祭服を着た者もいた。
白のベールを上げて、白い肌を晒して。二の腕まで隠れる左手のグローブを脱いだ。
「皆さん、これからする事に、驚かないで下さい。それと、真似なさらないで下さい」
「行方不明の使徒様では」
「間違い無い。早馬で言伝が有った」
「男子だと聞いておったが」
儀式を、知らなかった。特に2人は。
「カパードさん、ここへ来てもらえますか」
ここの井戸は、3段の階段が付いていた。
カパードが、所定の位置に立つと。
手をかざし、『眠れ』と唱えた。
カパードの腰から、短剣を奪い。井戸の階段を登った。
「何を、なさるのですか。使徒様」
カリナフが、ベールを上げて尋ねた。
「大丈夫です。動かないで下さい。騒ぐのも厳禁です。ここの井戸水を、疫病の薬に変えます」
私は、ダガルプ神殿の井戸でした事と、同じ事をした。
左手の薬指を、短剣で切り落とした。
子どもの目を覆う母親。
悲鳴を上げる女性。
心配する司祭。
私は、短剣を井戸に捨てて。血が止まると、両手を高々と上げた。
左手の薬指が、目に見えるスピードで再生した。
「ここの水を、1日1杯お飲み下さい。疫病が防げます。ダガルプ教を信じてお飲み下さい」
私は、ベールを下げて、グローブを着けた。
ロズウェル事件のように、手を引っ張られて。そのまま、ターランド城へ招かれた。
「極秘の旅では、ないのですか」
「極秘だと困る。皆に薬を飲んでもらわないと」
「取り合えす、今日は、ここの客間をお使い下さい。それでは、失礼いたします」
私は、客間のドアに鍵をかけて休む事にした。
夕食まで、多少の時間が有る。休める時に、休もう。ここのベッドも、位置が高いが。だが、靴を脱ぐ椅子が付いていた。
私は、布団に入り、枕に頭を乗せた瞬間に寝たようだ。白いドレスのまま。
「いいか、カリナフ。心して聞けよ」
イーガージ・ターランド伯爵が、娘のカリナフを書斎へ呼んだ。
母親のマルーリは、口を押さえて、顔を背けた。
「お母様まで、何があったのですか」
「お前に。いや私宛だが。書状が届いた」
「どちらからですか。お父様」
「バタマーザ・ナガールッツ様からだ。要約するが、一方的な婚約破棄の書状だ」
「まぁ、なんて素敵なお手紙なのでしょうか。私は、喜んでお受けいたします。お父様、それで、何と書かれているのですか」
ターランド伯爵は、丸められた羊皮紙の書状を、広げて読んだ。
『イーガージ・ターランド伯爵様へ。
この度は、御息女のカリナフ・ターランド様が、不治の病に冒されたようで、ご冥福をお祈り申し上げます。
つきましては、当方、婚姻の儀を終えておりますが、本人が、亡くなられたのでは、正妻の者が亡くなった事になりますので。
婚姻の儀を、無かった事にして頂きたく思う。
カリナフ・ターランド様の魂が、迷うこと無く旅立たれますよう、お祈り申し上げます。
バタマーザ・ナガールッツより』
「まぁ、良い事を、思い付きました。お父様、お母様。私は、カリナフ・ターランドを辞めます。カリナフ・ターランドは、ダガルプ教の神殿で亡くなられました。私は、聖女となる為に、ダガルプ教の神殿で暮らします」
カリナフは、少し考え。打ち明けることにした。
「お父様と、お母様に、合わせたい人がおりまして、実際、客間に来てもらっています。夕食の時に、会ってもらえますか」
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