バーモルの花
バーモルの花が咲く季節。私達は、長旅を終えてターランド城へ戻った。
数日の滞在の後、ダガルプ神殿へ向かい。疫病の終息を報告するだけだった。
私達は、78日を掛けて、ターランドへ帰ってきた。
ダガルプ教徒を守り、クラージツ平野の外周を廻る事で。ダガルプ神殿は、58か所の井戸により疫病から守られた。
季節は、秋頃だろうか。空が高くなり、朝晩が冷えて。ターランドの花である、バーモルが咲き誇っている。
日本に咲く、藤のような花。
「明日は、使徒様をバーモルのトンネルへ案内致しますので、朝早くからお部屋に向かいます。宜しいですね」
カリナフ嬢は、夕食を終えた後で、ニコやかに語って。部屋への帰り際に、もう一度、振り返り。
「明日は、お早いので。書物は程々になされて下さい」
私は、ターランド伯爵家の書斎へ向かうのを、カリナフ嬢に止めたれた。
小さな体ながらも、両手で本を開きながら。脇にも、本を挟んでいる。
紙や文字は、この星の色々な知識を私に与えてくれた。
歴史に天文学、占いと農耕や商才の有無。
兵法なども読んだ。ドラゴンとの戦い。
3割は、恋愛物のロマンス溢れる作品で。
貴族が書いたモノは、お下劣極まりない作品が多かった。
ポエムも、品が無い物ばかりだ。
だから、私は著者が貴族の物は、読んでなかった。
「使徒様、起きて下さい。お願いですから」
私は、カリナフ嬢に起こされた。
早くに寝たつもりだったが。
「もう、朝ですか。まだ、寝たりない気がします」
私は、ベッドの揺れで目を覚ました。
「いえ。夜は、まだ明けてません。ですが、人々が集まる前に。使徒様と一緒に、バーモルのトンネルを歩きたいのです」
カリナフ嬢は、私のお腹に布団越しで跨り、可愛く微笑んでいる。
サライテは、その様子を見ながら。部屋中のロウソクに火を灯している。
この頃になると、サライテも何も言わなくなている。
ナガールッツ子爵との、婚約破棄が決まり。カリナフ・ターランドは、名を失い。ダガルプ教の神殿の許可を、取り付けている所だ。
主従関係は、そのままに。褒美が増えた分、何も言わなくなった。
褒美とは、私のドロワーズだ。
カリナフ嬢のモノは、勿論の事。使徒様のドロワーズも、綺麗な布に包み。日付を記入して保管されている。
「本日のお召し物は、お嬢様と合わせまして、白で統一しました」
私は、2人の前で全裸になり。ドロワーズを脱ぎ捨てた。
カリナフ嬢が、服を拾い上げる前に。サライテが素早く動き、カリナフ嬢のドロワーズが入ったポケットと、違うポケットに収められた。
「何ですか、今日は。コルセットが必要なのですか」
お子様の体に、コルセットは駄目だと訴えようとした。
「そうではございません。慣れて頂くためです」
「コルセットは、嗜みです。いずれ来る時の為に、慣れて下さい」
カリナフとサライテが、硬い革のコルセットを、締める。
元々、カリナフ嬢の服のお下がりですので、胸の辺りは、ガラガラに空き。ウエストは、締め付けたせいか、ドレスがゆるい。
服を着て、部屋を出ると。まだ、外は暗かった。
別の侍女が、客室へ入り。ロウソクを消す。
サライテが、2人の足元をランタンで、照らしながら先導する。
外へ出ると、更に気温が下がり、羽織るものを渡すサライテに、感じをして。
「マフラーも、準備できています」
布で、ぐるぐる巻にされた。
私は、2人にハメめられたのでは。
馬車の中では、サライテが私を膝に乗せた。
「揺れますので、私の腕を掴んでで下さい」
レンガで舗装された道で、そんな揺れるのか。
この言葉にも、突っ込みを入れないカリナフ嬢。
絶対に、裏取引が行われている。
内心、穏やかでは無い表情のカリナフ嬢が、可哀想にも思えたが、読めない。
『何が始まるのか』
周りが、明るみ始めて。輪郭を表し。やがて色を付けた。
「もう、宜しいですよね。使徒様を解放して下さい」
サライテは、名残惜しそうに。胸を揺らし。私の頭は、左右に揺れた。
「分かりました。お召し物当番を、代わって頂く条件ですので。使徒様を、お返し致します」
まるで着せ替え人形のように扱われている私は、何も言い返せずに従っている。
「使徒様。バーモルの花が、見えてまいりましたわ」
暗くて良く見えないが、紫の花が枝垂れる。
馬車の四角のランタンは、5m先も映し出せない、輪郭もハッキリしない。
だが、馬車の両サイドに咲き誇り。無限に連なるように、トンネルは続いた。
馬車のスピードが、落ちたのもあるが。
十数Kmに渡り、このトンネルは続く。
ターランドの花であり、家紋にも使われている。
段々と日が昇り、紫の花が光り出した。
朝露が、先へ先へ落ちて行き。大きな雫となり、風に吹かれて、揺れ落ちる。
紫とキラキラの光の中、ターランドの馬車はゆっくりと。時間を止めるように、花のスレスレを通過する。
御者のカパードは、馬上で馬を操っている。
私は、窓から離れる事が出来なかった。
凄いモノを見せられている。感動でしか無い。
「これだけでは有りません。サライテ、お願いします」
サライテは、ゆっくりと進む馬車のドアを開けた。
冷たい風と共に、バーモルの花の匂いが、車内に舞い込んだ。
私は、この匂いを知っている。
カリナフ嬢の香りだ。カリナフ嬢は、いつもこの香りを漂わせている。
「嬉しいです。使徒様が、私を見つめてくれて。気付いて貰えただけでも、本当に嬉しいです」
それだけでは無い。髪の紫も同じなんだ。
私は、不器用だと思う。女性の扱いも知らないが。手が伸びていた。
横に座る、カリナフ嬢の髪を、グローブ越しに触れていた。
「私の自慢なんです。この髪は」
髪の毛を触れる手の上から、カリナフ嬢の手が触れた。
そこへ、気持ちの悪い視線が飛ぶ。
私とカリナフ嬢は、身の毛が弥立つ程の悪寒を覚えた。
丸メガネの奥は、やらしい目で、こちらを見ている。
「サライテ、気分が削がれます。向こうを向いてて下さい」
私は、急いで手を戻し。膝の上に置いた。
「サライテ、どうしてくれるのです。使徒様が、機嫌を損ねてしまいました」
「私のせいでは有りません。私でなくとも、マルーリ様も、同じ事をしたと思います」
サライテは、メガネの位置を直した。
「お母様は、関係御座いません。ここで、ベール越しに、キスをする流れだったのに」
私は、俯いていたが。カリナフ嬢の方を向き。疑いの目で見つめた。
感動と動揺をしていると、私たちは、トンネルを抜けている。
折り返しの地点なのか、馬車を停車させる場所や、ゆっくりとターンが出来るスペースが、設けられている。
カリナフ嬢は、馬車が止まると。
カパードを急かして、台座を要求した。
「カパード、急ぎなさい。人々が集まってしまいます」
こんな朝早くから、人々など。
朝日が、トンネルの中を照らし始めている。
馬車の中からは、暗くて遠くの方が見えなかったが。
光が差し、人々の影がチラホラと見えている。
泊まり組がいるようだ。
朝露に濡れた、テントをいくつか見つけた。
「聞いた事が有る。思い出した、花見だ。お酒やご馳走を持ち寄り、花を愛でる。そう言う、異国の文化が有るそうです」
「それは残念です。今日は、ご馳走を頼んでいません。使徒様」
カリナフ嬢は、申し訳無さそうに、頭を下げた。
「また、来年訪れた時にでも、ピクニックをしたら宜しいのでは無いですか」
「私の決心を、揺るがさないで下さい」
カリナフ嬢は、意を決して打ち明けた。
「私は、外界を捨てて、ダガルプ神殿の奥に入る身です。ここで、バーモルのトンネルを最後に、使徒様へ身を捧げる、覚悟を決めないと行けないのです」
カリナフ嬢が、真剣なのは理解できるが。
背中からの、視線が怖い。
「私たちが、神殿に着く頃には、神殿の奥で暮らす許可も下りているでしょう。バーモルの花が咲く季節で。私は、恵まれた女性だと、自負しました」
その後は、純白のドレスで、カリナフ嬢と手を繋ぎ、バーモルの花の下を、見上げながら歩いた。
衛兵が、庶民を端に寄せたが。
2人は、独自の世界を作り出している。
サライテには申し訳ないが、馬車で寝てもらった。
読んでいただき、有難うございます。
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