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評議員たちの夜会

【Scene 1:ロラン公】

自由都市ローフォンハイム。石造りの重厚な建物が立ち並ぶ一角に、ロラン公の執務室はあった。磨き上げられた調度品、積み上げられた古文書、そして窓の外に広がる喧騒とは隔絶された静寂が、この部屋を包んでいた。古くからの自治と自由な商取引によって築かれた都市の歴史と繁栄が、この静謐な空間にも息づいているようだった。


ロラン公――リゼの叔父にして、かつてはロラン・ノワール・ド・ラルナスタの名で王国の王子、そして王弟として知られた人物。同盟強化という大義のもと、自由都市に身を移して叙爵され、現在は評議会議長として都市の命運を担っている。


王国が帝国の侵攻によって滅びたその日、自由都市の有力者たちは、帝国の圧倒的な軍事力を前に右往左往して、気づいたときにはすでに終わっていた。その結果が、あまりにも早い王国の崩壊であった。


だがロラン公は、決して諦めてはいなかった。帝国の目を欺きながら、彼は密かに王家にのみ伝わる秘術――古の召喚の儀を執り行った。それは、王国再興の鍵となる“勇者”の償還。数週間前、誰にも知られぬまま儀式は実行に移された。


本来、この術は王家の直系の血を持たぬ者には成せぬもの。ロランもまた、その制約を知らされてはいなかった。だが、奇跡が起きた。


召喚された勇者、コウ・タナベはロランのもとには現れず、王家の直系たるリゼリアの元へ――異世界からこの地へと、導かれるように転移してきたのだ。


儀式の終盤、意識が薄れていく中でロランは見た。眩い光がリゼリアの方向へと伸びていく幻影を。その瞬間、彼は確信した――リゼリアは、生きている。


帝国の監視をかわしながら、表向きは自由都市の繁栄に尽力する彼の胸に、静かに、そして確かに燃え続ける炎があった。


【Scene 2:ローフォンハイム評議会・地下会議場】

ローフォンハイムの行政区にある由緒ある評議会の議場では、かすかな灯火が壁面に揺らめいていた。帝国の耳目を避けるため、厚い扉は厳重に閉ざされていた。


テーブルを囲むのは、自由都市の運命を左右する有力者たち。自由都市の独立維持を何よりも優先すべきとする者、帝国の脅威を前に他国との連携を主張する者――それぞれの立場は交錯し、空気は張りつめていた。


その出自もまた多様で、生粋の都市市民、帝国に併呑された諸国の流民、旧王国の遺臣――まさに、自由都市の縮図そのものであった。


登場評議員たち:

・ロラン評議会議長

 (王女の叔父であり元王族。自由都市の舵取りを担う公爵。疲労の色を隠せぬ表情の奥に、燃えるような信念を宿している)

・ヴァレム評議員

 (豊かな髭をたたえた実利主義者。傭兵ギルド長も兼ね、軍事と治安に通じた冷静な戦略家)

・ベルデ評議員

 (華美な衣装に身を包む女性商人ギルド長。かつての繁栄の記憶に囚われつつも、商業の安定を何より重んじる現実主義者)

・シュタイナー評議員

 (簡素な制服に身を包む護民官。市民の声と正義を代弁する理想家であり、都市の倫理を体現する存在)


沈黙を破ったのは、ベルデ評議員だった。


「ロラン公。我らが堪え難きを耐え、帝国に備えるというのは聞こえはいい。しかし、実際には何に備えているのです? 帝国が我らに牙を剥かぬ限り、わざわざ火種を焚きつける必要などない。むしろ同盟関係を結び、貿易と安全保障を確保すべき時では?商業ギルドとしては限界にきている。」


彼女の声には苛立ちと皮肉がにじんでいた。


「あなたは王国の再興などという幻想にすがっておられるようですが、それは自由都市の理念とは相容れぬ。私たちが守るべきは、過去や理念ではなく生活です。」


ヴァレム評議員が口を開いたのは、その直後だった。


「ベルデ殿、あなたの懸念は理解できる。しかし―備えは必要だ―」

低く落ち着いた声が、石造りの空間に重く響く。


「我々は万が一に備え、旧王国領や抵抗勢力との連携を模索してきました。だが現実は厳しい。彼らは烏合の衆。統一された指導者も旗印もなく、戦略なき希望だけが漂っている。」


ヴァレムは視線をロランへと向けた。


「だからこそ問いたい。ロラン公、あなたはその“旗印”になる覚悟があるのか? 自由都市と王国の名の下に、再び血を流す覚悟が。」


ロランは視線を逸らさず、静かに答えた。


「……心配には及ばない。」


その短い言葉に、場の空気が一瞬止まった。


シュタイナー評議員が、静かに目を細めて口を開いた。


「――まさか。リゼリア王女がご存命だと……そういうことですか?」


その問いに、ロランは口を閉ざしたまま、ただ頷いた。


ベルデ評議員がわずかに身を乗り出し、震える声で続けた。


「それは……確かなのですか? 王国の正統な後継者が、本当に……?」


ロランは席を立ち、ゆっくりと壇上に歩み出た。全員の視線が彼に集まる。


「……我らが王女、リゼリア・ド・ラルナスタは、生きておられる。直にわかるだろう」


その言葉が告げられた瞬間、沈黙が場を支配した。


まるで誰もがその事実を、信じたいがために、言葉を失ったかのようだった。


シュタイナーがつぶやく。


「自由都市の市民の間には、王国との同盟時代を懐かしむものが多く、そこに血の正統性があればついてくるでしょう。だが、それを掲げる覚悟は、我々にも求められる。」


ヴァレムがうなずく。


「ならば、戦局は変わる……いや、変えねばなるまい。自由都市、旧王国、その他諸国を結集して立ち上がらなければ。」


ロランは静かに語る。


「その覚悟を問うため、今夜ここに集まっていただいた。」

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