表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/15

兄妹 ― 二つの忠義

【Scene 1:月下の独白】


 砂海を越えるオーシャンライナー《アウロラ》の甲板に、月光が静かに降り注いでいた。

 二つの月が空に浮かぶこの世界の夜は、どこか神秘的で、そして冷たい。


 エルティナ・オルレアンは、手にした細身の騎士剣をじっと見つめていた。鋼の刃は白く輝き、まるで彼女の迷いを映し出しているかのようだった。


 風が、静かに髪をなでる。帝国の勢力下を離れ、一安心したからか考えることが多く、彼女は眠れず甲板で風を浴びていた。


 ――兄さん。


 まだ王国が平和だったころ、突如姿を消した兄。その背中を、私は忘れられなかった。


 誰よりも正義感が強く、理想を語り、妹である私にも剣と誇りの意味を教えてくれた兄。 一緒に王女を支えていくものと思っていた兄。

 その兄が、王国の陥落後、占領下の王都で帝国の人間といた――そんな噂を、地下組織の仲間から耳にした。


 信じたくなかった。あり得ないと否定し続けた。

 でも。


 あのとき、王都陥落があまりにも速すぎたこと。

 誰かが、手引きしたのではないかという噂。

 その“誰か”が――自分の兄ではないかという、黒い想像が、胸の内に巣食っている。


 リゼ様は、私を信じてくれている。

 でも私自身が兄が王都陥落、王家滅亡にかかわっていたとしたらこのまま仕えていいものか、わからなくなってくる。


 剣を鞘に戻し、彼女はひとりごちた。


 「……“帝国”にいるの? 兄さん……」


---


【Scene 2:鉄の男】


 帝都アルキイア、国家憲兵総局第七部――通称〈レクス〉。

 その司令室には、数多くの魔導端末と情報員たちが行き交っていた。


 ホログラフ水晶に映し出されたのは、ベルネスの市場暴動の映像だった。

 群衆の怒声。煙。投石。突入する憲兵。そして何かをきっかけに爆発的に拡大する混乱。


 モニター係の一人が報告する。


 「群衆行動に不自然な同調が見られます。……第三者の誘導痕跡ありと判断します」


 静かにそれを聞いていた男が、手元の書類を伏せた。


 マティウス・ラインフェルト大佐――

 その正体は、かつてラルナスタ王国の名門オルレアン家に生まれた、エルティナの兄。

 祖国を捨て帝国に帰属した今では、旧名を捨て、憲兵総局で異例の抜擢を受けた謎多き存在となっていた。


 その目には、冷徹な光と、何かを押し殺すような陰が同居していた。


 「……暴動は自然発生ではない。誰かがいたな」


 報告では、同じ頃にある一行が国境を越えたとの報告があった。

 ――リゼリア。


 妹の幼馴染であり、また彼自身も幼い頃から知る、あの王女。


 今回の騒動では、群衆側にも被害が出ている。

 誇り高き彼女が、意図的な暴動を引き起こすとは思えない。だが、あのタイミングで彼女があそこにいて、包囲と追跡がことごとく失敗した――それを偶然と片づけるには、あまりにも出来すぎている。


かつて彼は、彼女にこう語った。

「王族とは、民に道を示す者。……その覚悟がなければ、剣を持ち王座に座る資格はない」


――だがその覚悟は、どこまでわかっていたのだろうか。


愚かな民と、無為な王政。

その両方が、この星を蝕んだ。

だが彼らは、その意識すらない。


……必要なのは、強き意志だ。

導く者の、選ばれた者の、冷酷でも正しき判断だ。

星は――もう、限界にある。

 

我々は、帝国はやるべきことをやっている。

またそのためには、王女の持つ力が必要だ。


一緒にいるであろう妹は、元気だろうか。許してくれとは言わない。

 「……“妹よ”元気でいてくれ……」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ