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国境の町:前編

風に巻き上げられる砂が、町の輪郭をかすませていた。


国境の町ベルネス。かつて旧王国ラルナスタの通商の要だったこの地は、今や帝国の前線拠点となり、憲兵の目が通りを睨み、緊張した住民と密偵と行商人が混在する占領地の空気に包まれていた。


コウ・タナベはフードを深くかぶり、通りの喧騒の中を無言で進む。背後には、旅装を纏ったリゼ、スタンピート、そしてエルティナ。武器の持ち込みと女性の出国には厳しい監視が敷かれており、帝国兵の視線が女性であるリゼとエルティナに注がれるたび、スタンピートが一歩前に出て、その視線を遮った。


「……入り鉄砲と出女には目を光らせているってわけか」


タナベは低く呟いた。


帝国軍は、この町で“何か”を探している。

前線補給の強化が進む一方で、町には失踪者の噂が絶えない。

そして、帝国による軍票導入が控えているという未確認情報が、町の空気を一層不安定にしていた。


砂漠越えの手段はふたつ。キャラバランという護送隊に加わるか、高額な定期船のチケットを手に入れるか。どちらも帝国の監視下にあり、軽率な行動は即座に拘束へとつながる。


「宿も見つからんな……」


スタンピートが漏らしたそのとき、王国系の風貌をした女将が声をかけてきた。


「宿なら紹介するよ。見たところ、旅人さんたちだろ?」


その言葉に導かれ、一行はようやく身を落ち着ける場所を得た。


ーーーーーーー


その夜。

タナベは宿の一室で、ランタンの灯りの下、地図と流通表を広げていた。

戦術支援AI・アークが、軍と市場の動向を照合して報告する。


『分析完了。目標対象、商業ギルド所属の薬商および雑貨商。影響範囲、指数関数的に拡大中。』


「混乱が起きるな……。よし、利用するぞ」


タナベは情報を町のいたるところでまるで偶然のようにそれを撒いていった。


「帝国軍が流通を締めつけ始めたらしいな」

「明日には軍票が届くらしい。今の通貨、使えなくなるかもな」

「医薬品? もう軍が買い占め始めてるって話だ」


アークが各会話の反応を監視し、誰がどの噂に強く反応したかを記録していく。


翌朝──市場はざわついていた。


噂を信じた商人たちが、一斉に売り控えまたは価格を引き上げる。

保存食や飲料水、燃料、医療品……すべてが数割高くなっていた。だがそれでも、商人は買い続けた。

「明日にはもっと値上がる」と、誰もが思っていた。


そして市場の裏では、タナベが前夜に仕入れた物資を、すでに売りさばいていた。


「いいぞ、アーク。三倍の利幅が取れた」


『目標達成。資金残高、当初比+270%。分析どおりです』


「次は装備と脱出ルートの確保が目的だ。」


アークが応じる。


『軍票導入によるインフレを演出し、事前に仕込んだ物資の高値での売却での資金調達。戦闘行為なしに戦果を得る。さらに敵性勢力の協力者にもダメージを与え敵の現地調達網を破壊するとは。……まるで本職の情報将校です、大尉』


「・・・・」


ーーーーーーー


その日の夕食時。


宿の女将は、リゼの姿に目を細めて言った。


「……あたしゃ忘れないよ。いまはこんな時代だけど、あの時代のことを。今日は王国の代表料理だよ。たんとお食べ。」


出された料理は、香草を纏った仔羊のロースト、魚介のブイヤベース風煮込み、バケット、そして黄金色のコンソメスープ。銀食器には、新鮮なエキゾチックな果実が盛られている。


懐かしい香りに、リゼは目を閉じた。


久々に口にする故郷の味、かつて賑わっていた王都の光景が走馬灯のように脳裏をよぎる。そして、今はもういない家族の笑顔……


「この味、アーク。成分スキャンして保存しとけ」


(いや、これは異文化調査の一環だ。アーク、しっかり記録しとけよ)



『了解。分析開始。成分データ記録中。』


ーーーーーーー


食事の後の団欒で、一行の見る目に変化が見られた。


スタンピート「……ずいぶん器用な真似ができるもんだな」


エルティナ「あなたのやり方は好きじゃない。でも、目的には有効ね」


リゼ「剣を抜かずに戦ったのね……」


タナベは笑わずに答える。


「戦場ってのは、剣を振るうだけじゃない。誰かが扇動して、誰かが踊らされる。俺は……そうしてきた」


その夜。部屋に戻る途中で、リゼがぽつりと話しかけてきた。

彼女の声には、かすかに緊張と躊躇が混ざっていた。


「……あなたは、こういう旅に慣れてるのね」

「まあな。色んな所を回ったからな。似たような国も……戦争も」


「ありがとう。あのとき、酒場で助けてくれたのも、昨日の夜も。私は……ずっと疑ってた。でも今は、少し……信じてもいい気がしてる」


沈黙の中、タナベは返す。


「信じてもいい。けど俺はお前の部下じゃない。――いうならば旅の同行者だ」

「……なぜだか分からないが、お前を放っておけない気がするんだ。初めて会ったはずなのに、どこかで……いや、気のせいか」


リゼが笑う。「それで十分よ」


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