偽りと炎
夜。風が冷たくなり始めた頃、一行は小高い丘の陰に、風を避けるように野営地を設けていた。枯れ草を踏む足音が、静寂を破る。
まだ帝国領で砂漠に入る前なので、草木は豊富だ。枯木を集めて火を起こし、最低限の警戒線を張ると、それぞれが無言で座り込む。
パチ…パチ…と焚き火の音が、静かな夜を切り裂く。
タナベは一歩離れた位置に腰を下ろし、煙草を口にくわえながら周囲の温度と風向きを確認していた。それは、敵襲に備えるための、彼の習慣だった。戦術支援AIアークは、ステルスのスフィアモードで野営地の周囲を巡回し、マルチセンサーで警戒に当たっている。夜間なので、即応モードに切り替え、異常があれば即座に脅威を除去する。
「このまま夜明けまで頼んだぞ。アーク」
『問題ありません。大尉こそパワードスーツを着たままで一晩お過ごしで大変ですね』
(くっそ……ジャングルの潜入任務では数日くらいは着たままだから問題ないが、ベッドで寝たいな。。。)
そんなやり取りをしていると、焚き火の向こうから声がかかった。
「なあ、さっきから気になってたんだが」
話しかけてきたのはスタンピートだった。
「お前、旅人って言ってたが、前は騎士か冒険者だったのか?ずいぶん手慣れてるな。剣じゃないし、魔術師でもない。あの道具……何だ?」
「ただの旅人の護身用の魔道具さ」
タナベは肩をすくめて答える。火に照らされた顔は影になっていて表情は読めない。
「まさか帝国製なのか?」 スタンピートの声には、疑念と警戒が滲んでいた。
「帝国?一緒にするな。」
「どちらにせよ、名乗り直してもらおうか。“ただの旅人”でないことくらい、もう分かってる」
今度はエルティナが静かに言った。探るような目つきだ。
「そうだな。――俺の名は“タロウ・ヤマダ”。海の向こうの機械都市〈トキオ〉の出身。元は軍関係の技術者だった。……ある時、戦争に巻き込まれて海を越えて逃げてきた」
タナベは、少しだけ自嘲気味に笑った。そして、どこか悲しげに、しかし強がるように言った。
タナベは煙草の灰を指ではじく。
「トキオ……聞いたことないな」
「そりゃそうさ。遠いからな」
タナベの口調は軽かったが、嘘を語る男の目は笑っていなかった。
「じゃあ、“あの武器”は?」
「元々、魔導機械を修理してた。研究用の試作機を持ち出したってとこだ」
「……なら、その道具の名前は?」
「EMPグレネード。……“エンチャント・マジック・パルス”の略って聞いたな」 タナベは、苦し紛れにでたらめを口走った。
『……違います、大尉。Electro-Magnetic Puls—』
(黙れアーク)
タナベは焚き火の火を細く突いてごまかす。スタンピートとエルティナは顔を見合わせたが、それ以上は何も言わなかった。
しばらく沈黙が続いた。
やがて、リゼが言った。
「私は、リゼ。ラルナスタの……」 彼女は言葉を詰まらせ、目を伏せた。「……いや、今はただの冒険者。わけがあって帝国に追われてる。決して犯罪者ではない。それだけは信じてほしい。それだけだ」
それ以上のことは語られなかった。だが、名乗りと共に宿った覚悟は、彼女がただの逃亡者ではないことを示していた。
「俺はスタンピート。リゼ様を守る騎士だ。それだけだ」
「私はエルティナ。護衛兼……女官のようなものかしら」
言葉は少なかったが、それぞれが背負うものの大きさが、火の揺らぎに照らされて見えるようだった。
「まあ、そういうことにしておこう」
タナベがふっと笑った。
「でも……焚き火を囲んで話すと、多少は仲間って気がしてくるから不思議だ」
「……仲間か」
リゼが呟いた。
火は燃え続け、誰もそれ以上は語らなかった。夜は静かに深まっていった。