邂逅
偽装しながら辺境の小さな村に潜入したコウ・タナベは、しばらく村での生活を観察していた。戦術支援AIの支援を受ければ、現地の言語のリアルタイム解析も容易だ。
村には石造りや木造の家々が並び、露天市場では穀物や果実、肉類、織物などが売られていた。ガスランプが通りを照らし、遠くからは小さな内燃機関の駆動音が聞こえる。郵便局には手回し式の電報装置が備えられ、また街頭ラジオもあるようだ。また売店では、帝国による旧王国の帝国化を称える号外が売られており、村人たちは複雑な表情でそれを眺めていた。
つまりこの世界――アルテナでは、蒸気技術と電気技術が混在する科学文明が根付いていた。しかしそれだけではなかった。
街角では子供たちが教本を手に呪文のような言葉を唱え、小さな光の球を浮かべて遊ぶ姿があった。診療所では、白衣を着た医師と並んで、法術師と思しき人物が手をかざして傷を癒していた。街路の護衛兵らしき者は、剣と共に腰に小さな魔導装置を携えていた。コウの目から見て、それは「魔法」としか言いようのない、未知のエネルギー現象だった。
科学と魔法が並立するこの生活は、コウの知る常識では到底説明できないはずだった。
だがなぜか、妙な懐かしさが胸の奥に湧き上がる。
学生時代、熱中していたファンタジーゲーム――いや、それだけではない。
言葉にできない既視感が、頭の奥をずきずきと刺激する。
経済制度も物々交換に頼らず、銀貨と銅貨による貨幣流通が主流のようだ。街には銀行らしき建物もあり、帳簿式の貸付や手形も行われている。コウは生活のためナイトストーカーのマルチプリンター機能で貨幣の偽造に手を染めながら、原隊への連絡手段を模索しつつ、情報収集を続けた。
そんな生活を数日続ける中、彼はうっすらと、星間戦争の最前線ではなく、どこか違う世界に来たという現実を受け止め始めていた。戦術支援AIアークはすべての通信チャンネルを監視していたが、データリンクは一切できない。ナイトストーカーズの自己修復システムはわずかに稼働しているものの、修復には時間と、この世界にあるかどうかわからない資源が必要となる。
そろそろ次を考えるか、と少し焦りが出てき始めたころ、その夜も村の酒場で、一人で飲みながらコウ・タナベはこの世界の生活を観察していた。
突如、荒々しい足音と怒声が村の奥から響く。帝国の地方憲兵を名乗る高圧的な一団が、酒場へと踏み込んできた。
周囲の空気が凍りつく中、憲兵たちは村人を威圧し、粗野な命令をたたきつけ、密告の奨励や賄賂の請求などを始めた。ここは帝国に接収された元王国の辺境の地のため、これが彼らの日常なのだろう。
その時、憲兵の視線が一つの席に集まった。そこには粗末な旅装をまとっているが、ただものではない風格がにじみ出ている3人組、少女を中心に、堂々たる騎士、鋭い眼光の女騎士がいた。少女は旅装に身を包んでいたが、目元にのぞく気品と気迫は隠しきれない。タナベの観察眼は、その覚悟と冷静さを読み取っていた。――なぜか、懐かしさと、助けなければいけない気がした。
地方憲兵も、場違いな集団に本来の役割を思い出したのか、また金蔓になると判断したのか、近づこうとしていた。
酔いからか、焦りからか、気まぐれか、タナベは酒を傾けるふりをして立ち上がり、ふらつく足取りで近くのテーブルをわざとらしく倒した。
「おっと、飲みすぎたか……」
食器の割れる音と酒の匂いが立ち込め、騒然とする酒場内で、憲兵の視線が一気に彼に集中する。
「貴様、何者だ」
隊長の怒声に、タナベは肩をすくめてみせた。
「たかりとは随分とご立派なご趣味ですなあ。」
その挑発的な言葉に、憲兵たちの顔が険しくなる。「こいつ、連行しろ!」隊長の命令一下、2人の憲兵がタナベに襲い掛かる。
だが、次の瞬間には、彼らの怒号は悲鳴に変わっていた。鍛え抜かれた宇宙海兵隊仕込みのマーシャルアーツで憲兵二名は数秒の内に床に沈み、残る隊長は逃げ出した。駐屯地に仲間を呼びに行ったようだ。酒場全体に緊張が走る中、少女がコウ・タナベを見据える。
「礼には及ばないさ。気まぐれだ」
少女――リゼは、わずかに眉をひそめ、冷静な声で言った。
「……私だけで、どうにかできたわ。あなたを必要としたつもりはない。けれど、ありがとう。」
周囲では村人たちが怯え、遠巻きに見ている。地方憲兵の報復を恐れ、誰もが目で出て行けと訴えている。
もはやこの村には、彼らの味方はいない。コウ・タナベとリゼ一行は、顔を見合わせ、夜の闇に紛れるように、足早に村を後にした。